第4話 数十回目の実験結果

 私はさっき見た資料……被験者の顔写真と実験結果が記された資料の、3ページ目を捲った。

 最初に全体を見た時、あることに気が付く。


「あれ、この人……」


 一覧の最後に写真が載せられている女性の被験者。

 その顔写真が、2つ連続で載せられているのだ。

 1つめの実験結果は失敗と書かれており、2つめの実験結果は空欄となっている。


 単なるミスを疑ったが、どうも引っかかる。

 私はその資料を詳しく読むことにした。


 一覧の1番上に記されている男性の記録を見る。

 『実験結果:失敗 被験者:死亡』の文言の後、失敗理由の考察が記入されていた。


 『転移時にかかる負荷に被験者が耐えられず、死亡したものとみられる。次回はさらに負荷強度を上げた状態で実験を行う。』


 次の被験者も、その次の被験者も、さらにその次の被験者も。同じような理由が書かれている。

 そうして最後の2つ。同じ顔写真が載せられている女性の記録に到達した。

 2つめの記録には実験結果が記されていないが、1つめには記入が行われている。


 『実験結果:失敗 被験者:死亡。転移時にかかる負荷に被験者が耐えられず、死亡したものとみられる。』


 ここまでは他の被験者と全く同じだったが、その後にこれまでとは違う事が書かれていた。

 

 『被験者の死亡時、同期のオフィスから拝借したソウルタイダウン装置を使用。被験者の魂を現世に留めることに成功した。使用したことが発覚する前に、再度実験を執り行う。』


 この実験に携わっていた人は、ソウルタイダウン装置を人間に使用したのである。

 そして死して魂となった被験者を使い、再度の実験を行ったのだ。

 

 一度死んだ人間が、もう一度死ぬことはない。

 『転移時にかかる負荷に耐えられない』というこれまでの課題は、『負荷のかかる肉体が存在しない』ことで突破できる。

 

 では、最後の実験結果が空白なのは?


「成功したんだ、きっと……!」


 被験者が過去に戻ることができたことで、そこから先の未来は過去に戻り、実験結果が未だ記録されていない状態になったのだろう。

 実験が行われなかった可能性なんてあり得ない。

 私は、この実験が成功したことを信じる。


 そして私は、ソウルタイダウン装置によって魂を現世に留められた存在。

 奇しくも、タイムトラベルに成功した被験者と同じ条件を持っているのだ。


 つまり、私もタイムトラベル装置を使う事ができる!


 装置の存在を知った時に浮かべていた妄想が再び蘇り、私の体を装置へ誘導していた。

 装置の出っ張りに足をかけ、足に体重を乗せて体を持ち上げる。

 内部は驚くほど綺麗だった。


 柔らかい座席の前にはパネルが設置されており、どうやら動くようだ。

 電子機器の存在は知っていたが、実際に動くものを見たのは初めてである。

 座席に腰を下ろし、重い扉を閉める。

 

 一畳ほどの広さだったが、まるで別世界に来たような高揚感が私を支配していた。

 実際、別世界へ行くことができる。

 私の知り得ない、過去の世界に。


 パネルの操作は意外と簡単で、何年に行くかを設定してスイッチを押すだけのようだ。

 今は何年かなんて全く見当もつかないが、最も遡れる過去は『このタイムトラベル装置が作られた時まで』と資料に書かれてある。

 タイムトラベル装置のない時代にタイムトラベル装置が現れるのは、事実の整合性が大きく乱れるからだそうだ。


 ともかく、一番最後の年まで遡れば、このタイムトラベル装置が作られた時代に出現することができる。

 その時代であれば、まだ人類は生存しているのだろう。

 資料に記された年代から、兄さんが生きている可能性も高い。


 本当に、過去へ行けるのか。


 それを自覚した途端、手首から先の力が抜けるような感覚がした。

 過去の世界へ行くことへの期待と不安とが入り混じり、胸の奥が渋滞している。

 パネルを一番最後の年に設定すると、装置の駆動する音が響いた。


 あとはこのスイッチを押すだけ。


 正直、怖さはある。

 けど、何十年も1人で彷徨さまよい続けたのだ。

 自身の生きてる意味を、知るためだけに。

 それが判明した今、このボタンを押すことはこれまでの年月を終わらせるボタンと言っても過言ではないだろう。


 だったら終わらせよう。今まで生きてきた空虚な年月を。

 そして、私の知らない過去という新たな世界へ行こう。


 震える指で、スイッチを押下した。


「!」

 

 スイッチを押した途端、装置が激しく揺れ動く。

 駆動音は音量を増し、ガタガタと部品のぶつかり合う音が頭の中に響いていた。

 

 そうしてしばらくが経った後、装置は静けさを取り戻す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る