第3話 タイムトラベルシステム、人体実験記録

 日記にはこう記されていた。


 『■月■日。久々に●●と食事に行った。彼は今、第4研究室でタイムトラベルシステムを研究しているらしい。タイムトラベルだなんて馬鹿げた話だと言いたいが、どうやら理論は確立できているようだ。それに、死者の魂を見た私がタイムトラベルを馬鹿にはできないな』


 時間遡行タイムトラベル

 時間をさかのぼり、過去へ行くという技術のこと。

 この施設は、そんな事まで研究を行っていたのだ。

 何十年も追い求めていたソウルタイダウン装置の事なんて頭から吹き飛ぶくらい、その単語の出現は私を動揺させていた。


 日記はそこから当たり障りのない内容が続き、唐突に終わっている。

 日記を閉じた私の体は、自然と部屋を飛び出していた。


「第4研究室って……どこ……!?」


 もしソウルタイダウン装置と同じく、タイムトラベルシステムも完成していたとしたら。

 建物内を駆け回る私の頭の中は、その妄想で頭がいっぱいだった。

 もしも過去へ行けるのならば……。


 兄さんに会う事ができるかもしれない。

 この世界がこんな状態になることを、なんとかして防ぐことができるかもしれない。

 

 そんな事を考えているうちに第4研究室を発見し、走っていた勢いのまま飛び込んだ。

 

「はあ、はあ……」


 部屋、大型車を5台並べられるくらいの広さをしている。

 暗く埃にまみれていたが、どこか清潔感を感じるほど白い床や壁で構成されていた。


 部屋の手前にはデスクや資料の残骸が落ちていたが、奥の方には何もない。

 僅かな残骸が落ちているだけで、その空間だけが切り取られたように空っぽだった。


 部屋に散らばる資料をかき集めてみる。

 一部は朽ち果てて読めなくなっており、読めるものも難しい言葉が羅列していてさっぱりだった。

 そんな中で、ある資料に目が留まる。


「『タイムトラベルシステム、人体実験記録』……」


 記されたその単語を見た私は、背筋が凍るような感覚に襲われた。

 呼吸が早くなっているのを自覚する。心臓の音が大きくなる感触が、私の胸を内側から押し上げている。

 恐る恐る資料を捲ると、概要と共に人の顔写真が並んでいた。


「『人間の持つエネルギーより多くても少なくてもいけないため、動物実験は行わず。』……」

 

 顔写真の隣には身長や体重などのステータスが載っており、その下には『実験結果:失敗 被験者:死亡』の文言が記されている。

 その下の人も、さらにその下の人も。

 次のページに並んでいた被験者達も皆、実験結果は失敗。被験者は死亡という結果に終わっていた。


「うっ……!」


 被験者の顔写真に『死亡』という残酷な末路の記載を重ねてしまい、吐き気がこみ上げてくる。

 急速に気分が悪くなってしまった私は外の空気を吸うため、研究室を飛び出して廊下の窓に駆け寄った。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ!!」


 胸に溜まった気持ち悪さを投げ捨てるように息を吐き、外の新鮮な空気を取り込んでいく。

 この数十年で何度も見た白骨死体の姿が、フラッシュバックしてしまったのだ。

 

 物心ついた頃から生きている生物を見たことがない私にとって、そこに確かに生きていたという証明である死体を見ると、おぞましくて仕方が無いのである。

 しばらく深呼吸をしていると、吐き気はかなり落ち着きを取り戻した。

 俯いていた私は、顔を上げて窓からの景色を眺める。


 その時だった。


「……!?」


 建物の外。

 このビルの敷地と思しきスペースの中心に、巨大な装置が置かれている事に気が付いた。

 さっき研究室で見た、専門用語の多い資料に描かれていたものと酷似している。


 それに気付いた私の体は、考えるよりも先に動いていた。


 建物を飛び出し、窓から見た装置の元へと駆け寄る。

 手元の資料に描かれている絵と見比べると、多少の違いはあれど同じと言って良い物だった。


「やっぱり……」


 これは、タイムトラベル装置なのだ。

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