第2話 死者の魂を視認し、現世に留める装置

 打ち上げられた大量の我楽多がらくたが小さな堤防を形成しており、波は寄ってこない。

 代わりに、潮の香りが鼻をくすぐってくる。苦手な香りだが、もう慣れた。

 曇り空から差し込む陽の光は私を優しく照らすが、足元に影は生まれない。


 私は既に、死んでいるから。


 いつ死んだかは分からない。気付いた時には、私はこの環境に投げ捨てられていた。

 右手首に装着された、灰色のリストバンドだけが手がかりになっている。


 これは多分、私を現世に留めておくための装置なのだと思う。

 外せば徐々に体が透け、魂が消えていくような感覚に陥るのだ。

 

 これを貰った時の事も、ほんの少しだけ覚えている。

 私の年齢が、まだ二桁にも満たなかった頃だ。

 

 泣いていた私の元にある女性が現れ、このリストバンドを着けてくれた。

 前後の記憶はほとんど忘れているのに、この時の光景だけはやけに記憶に残っている。

 女性は私の肩を掴んで色々と言っていたが、当時小さかった私にはよく分からなかった。

 だが一通り言い終えた後の最後の一言だけは、よく覚えていた。


「ごめんね」


 と、言っていたことだけは。

 

 


 風化してひび割れた道路をき、沈下した地盤に生まれた池のそばを通り過ぎる。

 深緑に侵された廃墟の街を進み、何もない荒野を歩いた。

 

 ただただ歩き続ける日々。

 だが無心になって歩き続けるのは、もう慣れっこだった。


 リストバンドと同じマークを持つ会社は、とても離れた場所に会社を構えていたらしい。

 かなり歩いた気がするにも関わらず、まだまだ遠い。

 

 既に死んでいるので疲れることはないのだが、流石に飽きてくる。

 私は時折廃墟を探索したり、川で泳いだりと寄り道をすることで退屈を紛らわせていた。


 太陽が落ち、星が巡り、また太陽が昇る。

 かつてのねぐらを出発してから、実に半年以上の時が経過した。

 そしてついに、探し求めていた場所へ辿り着く。


「ここだ……!」


 倒壊したビルの下を通った先に、目的のビルが現れた。

 道中雑誌で何度も何度も見た、手掛かりとなるかもしれない場所。

 

 大きな入口のすぐ上に飾られている巨大なロゴマークは、風化していてもよく見える。

 一部が欠けているが、やはりリストバンドのマークと一致していた。

 自身の手が、初めて雑誌でここを見た時のように震えている事に気付く。


 何度も、このリストバンドを外して楽になろうと思った。

 だが真実を知らないまま死ぬのは嫌だった。

 そのためだけに、私は数十年の歳月を生きてきた。


「さあ、教えてもらうぞ。このリストバンドの秘密を」


 私は発破はっぱをかけるようにそう呟くと、崩れかけの入口から建物内へ侵入した。

 


 

 1階、2階……次々と進んでいくが、目を引くものは見つからない。

 そんな中、3階のとある部屋の扉を開けた。


「……!」


 個人の部屋だろうか。ワンルームほどの小さなスペースに、所狭しと物が置かれている。

 デスクの上に、手帳のようなものが置かれてあった。

 かなりボロボロだが、意外にも文字は鮮明に刻まれてある。

 誰かの日記のようだ。


 仕事の愚痴だとか、その日に食べた物だとか、そんな日常が丁寧な字で記されている。

 しばらくまくった所で、私の手が止まった。


「『ソウルタイダウン装置』……」


 日記には、当時この日記の著者が携わっていた研究についても書かれていた。

 その中に、そんな文字列があったのだ。


 『■月■日。ソウルタイダウン装置の試作機第1号が完成した。実験は失敗。理論上は可能なはずだが、やはり死者を見るなんてできないのではないだろうか。自信を失ってしまいそうだ』


 死者を見る……!?

 思わず息を呑んでしまった。

 やはりこの場所では、死者に関する研究が行われていたのだ。

 続けてページを捲ってみる。

 数ページ飛んだ後、またソウルタイダウン装置に関する話題が書かれていた。


 『■月■日。ソウルタイダウン装置の試作機第2号がようやく完成した。だが、実験は失敗。何が足りないのかすら分からない』


 2度目の実験も失敗に終わっている。

 さらにページを捲った。


 『■月■日。ソウルタイダウン装置の試作機第3号が完成し、実験に成功した! 死亡したマウスの魂を視認することができ、6分間現世に留めることができた。とんでもない偉業だ。研究チームの皆には感謝しかない」

 

 ソウルタイダウン装置は死者の魂を視認し、現世に留めるためのものであると記されている。

 私が装着しているリストバンドと同じ効果だ。

 やはりこのリストバンドは、ここで作られたのだ。


 『■月■日。ソウルタイダウン装置の試作機第4号が完成した。人間用だが、人を殺すわけにはいかないので引き出しの下に保管しておくことにする。本当は試してみたいものだがね』


 その文字を見た途端、私は反射的にデスクの引き出しを開けた。

 古びた資料や文房具の中に、黒い正方形の箱が鎮座している。

 開けてみると、中は空っぽだった。

 空箱の大きさは、少し余裕を持ってリストバンドが入るくらいの大きさをしている。


 やはり。

 私が今着けているこれこそが、『ソウルタイダウン装置の試作機第4号』なのだ。

 長年の謎を解明することができたことで、さっきから手の震えが止まらない。


 もう既に満足していたのだが、日記にはまだ続きがあるようだ。

 せっかくだし見ていくか。そう考えた私は、さらに日記を捲っていく。


 その先に、ソウルタイダウン装置よりも衝撃的な文字列が記されているとは、思いもしなかった。


 『タイムトラベルシステム』と、書かれていたのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る