幽霊配達員
染口
第1話 死んだはずの配達員
棚から落ちた空の段ボール箱が、力無い音を立てて足元に落ちる。
しかし私は気にすることなく、ただ一心に棚の段ボール箱を掻き分け続けた。
「お、あった」
まだ封の残っている段ボール箱を発見し、少しつま先立ちをした状態で両手を伸ばす。
金属製の棚から空箱が次々と落ちてくるが、気にすることなく目当ての箱を掴んだ。
少し力を入れただけで、重みが伝わってくる。
背中を少し傾け、体重を使って箱を引き寄せる。
腰を落として腕全体を使い、その大きな箱をキャッチした。
電子レンジ程の大きさをしたその箱は、わずかに硬いもののぶつかる音を奏でる。
音が陶器っぽかったから、食器かな?
毎度その場で中を見たくなるが、我慢我慢。
一度決めた以上、そこは徹底しなければ。
「これで、最後かな」
箱を持ったまま呟き、静かに振り返る。
電球が切れ、窓の外から差し込む黄昏の斜陽だけが照らす部屋。
書類棚は傾き、長机が倒れている。
そんな冷たい部屋の足元には、床が見えなくなるほどの段ボールの死体で埋め尽くされていた。
携帯端末の画面と景色とを見比べながら、ひび割れた道路を歩いていく。
小道に入って少し歩いた先に、『配達先』のマンションが建っていた。
深緑色の蔦がびっしりと絡み付き、外壁が風化に敗北して穴を晒している。
入口にあたる階段は欠けており、ところどころで鉄筋が露わになっていた。
そんな不安定な階段に足をかけ、マンションを登っていく。
到着したのは、恐らく4階に位置する場所。
手前から扉の数を数えて歩き、5番目に位置する扉の前で足を止めた。
カミ.....?表札は欠けて一部しか読めなくなっていたが、多分ここが『配達先』だ。
膝を下ろし、同時に背負っていた配達用のバッグを床に降ろす。
中の段ボール箱をゆっくりと持ち上げ、扉の当たらない位置へ静かに添えた。
バッグを床に置いたまま立ち上がり、扉へ体を向き合わせる。
インターホンを鳴らす。音がしている様子はない。
拳を握り、
反応は無し。
もしかすると外出中なだけかもしれない。
だが、その可能性は限りなく低いだろう。
何故なら私はここ数十年間、一度も人間を見たことがないのだから。
さて。
配達が終わったところで、届けた荷物の中身を確認だ。
下ろしていたバッグのサイドポケットからカッターナイフを取り出し、箱の封を切る。
中に入っていたのは予想通り食器類の類だった。あまり面白いものはなかったが、マグカップを一つ持ち帰ることにした。
マグカップを突っ込んだカバンを背負い、立ち上がってマンションを出る。
郵便局を巡り、まだ届けられていない荷物を届けては中身を拝借する。
これが数十年にわたって続けている、私の『趣味』だ。
マンションを出る時、建物の入り口に雑誌の束が捨てられていることに気付く。
ここの住人が捨てたものだろうか。束ねている紐を切って雑誌を開く。
ほとんどは風化してしまっていたが、まだ読めなくもない雑誌がいくつか残っていた。
パラパラと中身を確認しながら、読めそうなものをカバンに放り込んでいく。
流れ作業のようにページを
「……!」
それは、とある企業の紹介ページ。
手が止まったのは、その企業のロゴマークに見覚えがあったからだ。
私は右手首を持ち上げ、装着しているリストバンドとページとを見比べる。
リストバンドに記されていたマークは、この企業のロゴマークと一致していた。
それに気付いた瞬間。右手の震えが止まらなくなった。
ざくっ、ざくっ。
砂が小刻みに擦れる音の中、私は急ぎ足で浜辺を通っていた。
向かう先は、私がねぐらにしている場所。
「ただいま、兄さん」
到着と同時に声をかけながら、カバンを降ろす。
落ち着いた所で、兄さんに今日の出来事を話した。
「ようやく、あそこも最後の荷物を届けたよ。この辺一帯の荷物はもう、無くなったんだ」
そう話しながら、先程拾った雑誌を取り出して広げる。
ここに記されている事は、この辺一帯の荷物が全て無くなった事よりも、重大なニュースなのだ。
「それよりも見て、これ! このリストバンドとマークが一緒なの! ここに行けば、これの事が何か分かるかもしれない!」
これは永遠に続くと思っていたこの生活を揺るがす、一大ニュースなのである。
未だに震えが止まらない右手を抑えながら、私は兄さんに決意を伝えた。
「ちょうど荷物もなくなったし、これを探す旅へ出てみるよ。もしかしたらもう、戻らないかもしれない。許してね、兄さん」
私はそう言って、眼前の墓標に手を合わせる。
瞑った瞼の中で、亡き兄に別れの言葉を告げた。
行ってくる。
別れを告げた私は、兄の墓標にマグカップを供えて立ち上がる。
カバンを背負って手を振り、ねぐらを後にした。
なんで私は、
その理由を探すために。
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