80.『裏切り者ちゃん』

 ココロは少し前に皇帝に呼び出されてしまった。今日はわたし一人だ。どうせ外に出ても『エスメラルダ』の連中につきまとわれるし、何より逃げようにも逃げられない。

 ストレスマッハでハゲそうだった。


「もういいもん……だったらわたしにも考えがあるからな……!」


 扉に二重に鍵をかけて、窓にはカーテンを全面に引いておく。久しぶりの完全防備態勢だ。

 今日は面倒なことは全部ほっぽりだして、読書ざんまいといこうじゃないか!


 ベッドの下に備え付けられた本棚から『雪色恋色クリーム少女』を取り出す。ふふんっ、最新刊はまだ読んでなかったのだよ! これで時間を潰させてもらう!


「……えーっと、前回は主人公の恋人がマッドサイエンティストによって化け物に改造されて……涙ながらに主人公が化け物になった恋人を殺して……? 今回から新章突入、蘇生黒魔術を見つける大冒険……」


 わくわくが止まらない。

 一応当初は恋愛小説という枠に収まっていた『雪色恋色クリーム少女』なのに、ついに蘇生魔術を見つけるための超スペクタクル大冒険になってしまった。


 あらすじに目を輝かせながら、一ページ目を開こうと──


 コンコン、とノックの音がした。


 自室に籠もっていても邪魔してくるのかあいつらは……!

 怒りに任せて叫んでやる。


「入ってますっ!!」


「え……?」


 扉の向こうから困惑する声が聞こえる。


 あ、間違えた。

 そうじゃない。居留守を使うべきだったと気づいたときには時すでに遅し。


「……助けて……! お願い……っ!」


「お前誰だよ」


「私はイリヤ・アステリット……お願い、部屋に入れて……! 追われているの……っ!」


 まるで命の危機かのように扉越しに叫んでくる。いやいや、ここは平和な王城……訂正。殺人が日常茶飯事でもきちんとした秩序がある場所だ。

 そんな場所でここまで喉を枯らすほど叫ぶなんて。


 今度はガチャガチャとドアノブを揺らしてきた。めちゃくちゃ怖いんだけど。こんな状態ではまともな読書なんてできない。

 ばいばい、『雪色恋色クリーム少女』。またいつか読んであげるから……。


 ガチャリ、と扉を開けると転がり込むようにしてボロ布をまとった少女が転がり込んできた。

 怯えたような目を扉の外に向ける。


「追手が……来るはず……!」


「はいはい。取り敢えずクローゼットの中にでも隠れてなー」


 焦るイリヤをクローゼットに押し込めた瞬間、ノックの音が。

 本当に追手来ちゃったよ。食堂のプリンを一つ多く食べちゃったとかか?


 扉を開けると、そこには灰色の長髪のメイド服の女が幽霊のように立っていた。ギロリとわたしに死んだ目が向けられる。


「あれ? エルタニアさん。どうしたの? またうちのアリスが誰か殺した?」


「今回は急を要する案件です」


 いつも通りのクソ真面目。しかし、どこか焦っているように見えるのは気のせいだろうか?


「イリヤ・アステリットを見かけませんでしたか?」


「見てないけど、誰なのそれ?」


「数年前、国家転覆の疑いにより辺境に追放された聖女です」


 あの野良犬少女、本当にヤバい犯罪者だったらしい。


「当時は千年塔に勤務しており、色々な研究に携わっていましたが……他国に千年塔の機密を金と引き換えに流した。そういった類の告発があり、辺境へと追放されました。現在彼女は監視下で孤児院を運営しています」


「……そんな人が聖覧大祭で戻ってきた?」


「はい。地方からの列車に紛れ込んだかと。警察と帝国軍で網を張っていますが……昨日の夜、図書室で不審な動きをしていると通報が入りまして、やっと見つけました」


 十中八九、通報したのってシリルだよな……。あいつ、嫌がらせのためにここまでするのかよ。

 ちょっとぐらいボロい服を着てるだけなのに。これだから貴族ってのはろくなもんじゃない。


「少し部屋の中を見てもよろしいでしょうか?」


「い、今は見ちゃダメ! 散らかってるから!」


「気にしません。短時間です」


 そのままずかずかと部屋に入り込んでくる。腕で力いっぱい押してもびくともしない。本当に同じ人間か?


「わたしのプライバシーどこいったんだよ!」


「公権力を舐めないでください」


「クソめ!」


 エルタニアがぐるりと部屋を見渡す。


「意外と片付いていますね。てっきり汚部屋が現れるのかとひやひやしていました」


 女の子の部屋に向かってなんて失礼なことを言うんだ。


「わたしの部屋はココロと相部屋だからな! ココロが掃除と片付けを全部やってくれるんだ! いいでしょ? ねえねえ」


「……駄犬を飼っていて可哀想に」


「何か言った?」


「いえ、何も」


 とんでもねぇことを言われたような気がするが、リリアス・イヤーは都合の悪いことは聞こえないよう出来ているのだ。気にしない気にしない。


「見たところ誰もいないようですね」


「そうだよ! これから読書しようと思ってたのに、邪魔してくれちゃって」


「読書、ですか」


 エルタニアの視線がベッドの上に散らばった小説に止まる。

 そして、閉じられたクローゼットへと視線が移って──


「開けても?」 


「絶対ダメ!」


 ばっ、と飛び出してクローゼットとエルタニアの間に挟まる。そして、歯を剥き出した肉食獣のように唸る。


「なぜ駄目だと? ここさえ調べればあなたの嫌疑は晴れるというのに」


「それは……」


 ここで追求されないようにするには、どうすればいいだろうか?

 目の前にエルタニアの冷たい目がある。それを見つめていると思考が定まらなくなって──


「あー、と。えっちい道具とかそういうのを隠し──」


「はい、どーん」 


 わたしが必死になって言い訳をしている間にエルタニアは回り込んでクローゼットを思いっきり開いていた。


「ちょっ!?」


「趣味は人それぞれですから」


「雑過ぎる!」


 ああ、さようなら野良犬少女。一週間ぐらいは忘れないぞ。

 クローゼットを覗き込んだエルタニアは、こっちを振り向いて、


「誰もいませんね」


「……へ?」


 嘘だろ?

 わたしも覗き込んで見るが確かに誰もいなかった。


「……おかしいですね。イリヤ・アステリットの生命反応は確かにこの部屋を示しているのですが。精度が悪くなりましたか」


 怖すぎる。魔法で探知されてるじゃないか。


「では、お騒がせして申し訳ありません」


「そうだよ! いきなり人にあらぬ疑いかけてきて! 訴えてやろうか!」


 わたしが怒っていると、エルタニアの視線がクローゼットに向けられる。そして、ふっと口元が歪んだ。

 え、何その顔。


「……そういう類の道具はあなたにはまだ早いかと。しかし、健全な成長をされているようで何よりです」


「…………」


 顔が燃えている。耳まで赤くなっているに違いない。

 えっちい道具なんて持ってねぇし!?

 とは言えない。なぜなら嘘ついていたのがバレてしまうから。


 イリヤを庇った代償に重い十字架を背負った気がする。


「では、良い一日を」


 エルタニアが部屋の扉を閉めた。


「……なんだよ、これじゃあわたしがバカみたいじゃん……」


「ううん……助かった……」


「おわっ!?」


 いきなり背後で声がした。

 振り向くとボロ布を被った少女がそこにいる。


 いやいや、どういうことだよ。

 さっきまでいなかったじゃん。


「この透明マントのお陰……。でも、探知魔法はどうにもならなかったから……。だから、一度誰にも悟られないよう……姿を隠す必要があったの……」


 ボロボロの布をひらひらとする。

 なんだそれ……。


「……」


「そ、そんなにじっと見ないで……」


「金貨何枚でそのマント売ってくれる? 言い値でいいよ」


「あげない、から……!」


 ……めちゃくちゃ欲しいんだけど。

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