79.『これが聖覧大祭だ!』

 王城の図書室にて、わたしとココロは『エスメラルダ』の聖女たちと聖覧大祭について話を聞いていた。


 聖覧大祭とは、聖女を祝福するための競技祭であり、毎年この時期に行われていたという。帝都全体を使って、様々な催し物があるのだとか。

 ブラックデッドなうえに、八年間引きこもっていたわたしにとって縁のない祭りだった。

 例年は派閥同士が勝敗を競うだけの競技祭だったが、今年は大聖女の座が空席のため、本来の聖覧大祭が開催されることになった。


 すなわち、次代の大聖女の決定である。

 三日間ぶっ通しで行われる聖覧大祭で、一番競技で活躍してポイントを集めた者が次代の大聖女になれるという。


 派閥で参加した団体は、そのリーダーにポイントを譲歩することが出来る。

 聖女は人から信頼され、導かねばならないとのこと。だからポイント譲渡が許されているのだ。


 まとめてシリルが解説してくれた。


「まずは『競争』ですわね。三日間、それぞれの日にマルクタ山の頂上まで登り、ルートに沿って走る必要があります。その距離約五十六キロメートル」


「……なんで聖女が走る必要あるの?」


「『兵は走るもの』だかららしいですわ。戦場は機動力が重視されるのだとか。聖女といえどのろのろしていては置いていかれます」


 この国は聖女に何を求めてるんだ? バカじゃないのか?


「妨害あり、協力あり、殺しありのめちゃくちゃですわね。──毎年『ナイチンゲール』の圧勝です」


「そりゃあいつらバーサーカーだもんな……」


「所詮体力しか取り柄のない猿ですわ」


 メイスやらモーニングスターやらを抱えて全力ダッシュしているのをラーンダルク王国で見たことがある。

 あの聖女たちなら峻厳なマルクタ山でも余裕だろう。たぶん。


「続いての競技は『決闘』です。これは時間も開催場所もありません。帝都全域が『決闘』の範囲内にして、三日間が『決闘』の期間です」


「……? よくわかんない……」


「つまるところ、聖覧大祭中はどこから魔法やら拳が飛んできてもおかしくないということです。三日間は一瞬も気を緩めることは出来ません。『ナイチンゲール』にぶっ殺されます」


「はあ!?」


 世紀末かよ。


「『決闘』で殺される、あるいは相手に降参を認めた場合は持ちポイントを全て奪われてしまいます。この国らしい野蛮極まりないルールですわね。──毎年『ナイチンゲール』が参加者を狩りまくっています」


 どうしよう。参加したくなくなってきた……。


「……聖女がなんで戦う必要があるんだ?」


「『常在戦場の心構え』……とからしいですわ。聖女といえど、油断大敵──」


「意味分かんねぇよ! なんで例えが全部戦場前提なんだよ!? このルール考えたの絶対脳筋だろ!」


「全くです。しかし、『エスメラルダ』は寄り集まって奇襲を避けることで、そこまでの損害は被っておりません」


 まるで岩陰に隠れるダンゴムシのようだった。余りにも惨め。やっぱり世の中暴力が全てなのか。滅びちまえ、こんな国!


「最後に『回復魔法』。ルナニア帝国中から帝都に集まった怪我人を持ち前の回復魔法で治癒していくというものです。この競技が最もポイントを稼ぐことができます」


「ようやくまともなのが……!」


「『聖女たるもの人を癒やし、守り抜け』……とのことです」


「そうだよ! それでこそ聖女だ!」


「そして、わたくしたち『エスメラルダ』は回復魔法が大の得意分野。毎年大差をつけて圧勝していますわ!」


「回復魔法バンザイ! 回復魔法バンザイ!」


 回復魔法しか勝たん!

 後は知るか! 勝手にやってくれ!!


「というわけでして、今回リリアスさんにはわたくしたちの代わりに『競争』と『決闘』を任されて欲しいのです」


「…………ん?」


 冗談だろ。

 え、待ってくれよ。


「わたくしたちは毎年『ナイチンゲール』に苦渋を舐めさせられてきました。『競争』に負けて『決闘』では狩られて……『回復魔法』でそのポイント差を取り返してきたのです。しかし、リリアスさんがいるのでしたら『競争』も『決闘』も余裕ですわよね?」


「どうしてそんな」


「だって、あのブラックデッドですもの! 『ナイチンゲール』のようなエセバーサーカーではなく、純度二百パーのバーサーカーですわ!!」


「わたしはそんなんじゃねぇよ!」


「全てわたくしたちの調査網が調べ上げた事実ですわ! ということですので、よろしくお願いいたしますね? リリアス・ブラックデッドさん?」


 シリルは言いたいことだけ言ってからそそくさと派閥の聖女たちのところへ行ってしまった。

 そして、


「先週のロリタース家の舞踏会はいかがでしたか? あそこのお屋敷の大広間には様々な彫刻が並んでいてまるで美術館だとか」


「それがロリタース家は皇帝陛下の不興を買ったとかで、取り潰されたみたいでして……舞踏会そのものが無くなりましたわ」


「まあ……それは、残念でしたわね」


「でもその代わりに帝都のホールでミュージカルを鑑賞いたしまして! ちょうど令月劇団がルナニア帝国入りした日でしたの! 本当に素晴らしかったですわ」


「まあまあ! あの令月劇団ですか!? 世界を回って劇を上演してるという……」


「そうです! 特に団長樣の勇姿は忘れられません! 華麗な舞踏に幻想的な魔法……わたくしファンになってしまいました……!」


 すっかりミーハーは会話に興じている。

 ココロはずっと黙っていたが、わたしの背中を擦ってくれた。


「ココロぉ……」


 そんなに元気のなさそうに見えたんだろうか。わたし。

 正直ミジンコになりたい気分だった。


「『競争』とか絶対無理だって……王城の階段を登るだけで息切れするんだぞ……『決闘』とか真っ先にミンチになる未来しか見えない……」


「今から筋トレと走り込みする? レオネッサ女王をトレーナーとしてつけて」


「間に合わないだろ! それに筋肉痛で余計動けなくなるよ!」


 わたしの未来は絶望一色だ。


 どうする?

『競争』も無理。『決闘』なんてなおさら無理。

 かといって今からヒメナに派閥を抜けるとか言えば、医務室送りのクロエと同じ目に会うかもしれない。


 ……やっぱ逃げるか。

 帝国全土がエスメラルダ家の影響が及んでいるとすると、やっぱり逃げ込むならラーンダルクかな。レオネもいるし。

 レオネのそばでぐうたらするのも悪くない。


 どう今から逃避行に走るか考えていると──


「あらあら、誰かと思えばイリヤさんじゃありませんか。相変わらずそのお召し物は王城にふさわしくありませんわね」


「……? 誰?」


 声が聞こえて、その方向に目を向けると『エスメラルダ』の聖女たちがボロ雑巾のような服を着た一人の女の子を取り囲んでいるところだった。

 さっきまでいなかったのを見ると、図書室に入ってきたタイミングで捕まったらしい。

 というか、シリルは誰かに絡まないと生きていけないのかよ。


 小柄でおどおどしているのを見ると、まるで野良犬のような印象だった。小さなメガネを鼻にかけていて、顔にはそばかすが散っていた。灰色の髪は手入れをしていないのか、肩まで伸びたそれがギザギザに広がってしまっている。


「この図書室は現在わたくしたちが使っておりますの。とっとと出て行ってくださる?」


「……でも……王城の図書室は……誰にでも、開放されていて……」


「だからぁ、ここはわたくしたちが使っておりますのよ? 『エスメラルダ』の名をご存知ではなくて? もしかして、わたくしたちの横でその薄汚れた布をはためかせる気かしら?」


「……っ」


 イリヤは俯いて、シリルや他の聖女の高圧的な視線から逃れようとしていた。カサカサの唇をぎゅっと噛み締めているのが見える。

 わたしの目を見ると、ぱっと目を逸らした。


 ……まじかぁ。

 普段からこんなことしてんの? あんたたち。

 こんな連中の仲間だと思われるの普通に嫌なんだけど……。


 これだから貴族ってのはろくなもんじゃないんだ。


 しょーがないなぁー。

 いっちょ助けに行ってやりますか!


 わたしはココロに向かって軽く頷いてから、ゆっくりと立ち上がった。


「ひっ……」


 立ち上がったわたしを見て、彼女は顔を真っ青にする。


「え、ちょっと──」


「……ご、ごめんなさい……!」


 逃げるように走り去ってしまった。


「まあ、お手数をおかけしまして、リリアスさん。お陰で面倒な女が消えてくれましたわ。そうです、お礼にスコーンはいかがかしら?」


「……口の中パサパサ系はそんな好きじゃないんだ」


「残念ですわね」


 あれ? 助けようと思ったのに……逆効果?

 というか、この展開なんか見たことあるんだけど。

 わたしの心はクロエのときと同様、深く傷ついた。


「……ねぇ」


「あの人のことですか? リリアスさんの気にすることではありませんわ。むしろ、あの人には近づかないほうがいいと思います」


「なんでだよ。仲良くしようよ」


「無知は滑稽ですわね」


 ハッ、と鼻で笑われた。

 思わず拳をシリルの顔面に叩き込みそうになったが、ココロが必死にわたしの手を抑えてくれた。どうどう、落ち着けわたしの拳。


「イリヤ・アステリットは、裏切り者ですから」


「裏切り者……?」


 どうにも釈然としない。

 しかし、あの弱々しい瞳からは『裏切り者』なんて印象はまるでなかった。むしろ……。


「……」


 小さい頃のわたしのような、そんな感じだ。

 いじめられて、心が今にも砕けそうな……。


「リリアスさんも気をつけることですわね。いつ頭からバリバリ食われるか分かりませんから」


「え!? あの子人食べるの!?」


「比喩も分かりませんの!?」


  


 それからというもの、わたしとココロの周囲には常に『エスメラルダ』派閥の聖女たちがたむろするようになり、まともなプライベートの時間さえなくなった。


 あのイリヤとかいう野良犬少女も度々見かけたものの、陰キャなわたしに話しかける勇気はなく、そもそも見かける度に誰かに絡まれているため、近づくことすらできなかった。

 メイドに聖女に師団長、軍人……なぜか皆積極的に絡みに行っている。


 大人気だ。

 少しはその人気をこっちに分けてもらいたい。

 十中八九身にまとっているボロ服のせいで目立っているのだと思うのだが、なぜか彼女は毎回絡まれながらも王城に足繁く通っているのだ。意味が分からない。


 肝心のわたしは、国外逃亡の算段もつかぬまま、ついに聖覧大祭前日を迎えていた。


「うーあー」


 ゾンビのような声を出して布団に包まっている。

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