トンネルを掘る

松本まつすけ

とある工事現場での話

 とある土木工事で同時進行していたトンネル掘削作業が頓挫していた。

 途中までは順調に進行していたが、どうやら技術的な問題があるそうで予定よりも遥かに時間が掛かってしまう見込みだった。


 これ以上遅れが出ることは致命的であり、上の立場の人間からも圧が掛けられた。

 かといって、進行中の工事。今さら人員を補充するほどの予算もない。

 そんなときに苦肉の策として切り出されたのは、二つのトンネルの担当を交代するといったものだった。


 そうして主任同士が交代し、それぞれのトンネルの掘削作業にあてられることに。


 あまりに無茶な話であり、あまりに急すぎる異動ではあったが、交代された二人は親友同士だったということもあってお互いの技量を知り尽くしており、段取りもよく進捗することができ、無事に工事も持ち直すことができた。


 一度は遅れかけた難しい工事だったからこそ、夜間の作業もやむを得なかったが、中断、あるいは中止されるよりかはずっとマシだったといえる。


 主任らの手腕もあって再び工事は順調に進められていき、その現場では美談として語られるようにもなっていった。

 難しい工事を成功させたことも素晴らしく、急な交代にも迅速に対応できたことも並大抵のことではできない。そんな称賛の声は上にも届いたくらい。


 伝説というと過言ではあるものの、現場の人間から上層部の人間まで伝っていき、件の美談が広くに語られていったのも必然だったのだろう。


 そんなある日のこと。

 担当を交代されたトンネル工事の主任の息子が土木工事の関係者のもとに現れた。

 まだ彼は幼く、自分の父親の仕事のことをよくは分かっていない。


 ただ、ここ最近の自分の父親が帰りが遅いのを心配していた様子だった。

 勿論それも至極当然の疑問だろう。

 休憩中の作業員に、息子は純粋に訊ねた。


「ボクのパパは毎晩汗だくになって何をしているの?」


 現場を知るものは、さすがの子供には専門的な言葉は難しいと考えたが、それでも父親の功績については伝えるべきだろうと思い、簡潔に答えた。


「君には難しい話だと思うけど、君のパパは親友同士で穴を掘りあっているんだ」


 作業員の男は熱弁する。

 これがどれだけ素晴らしいことなのか分かってほしいという気持ちも込めて。


「いずれ理解できるときがくる。二人の邪魔をしないように今日は帰りなさい」


 それだけ言うと、息子は納得したのか家に帰っていった。

 自分の母親にもこの話を伝えなければ、と思いながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トンネルを掘る 松本まつすけ @chu_black

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ