第5話 甘く辛い誘い
「つまり私をスカウトしに来たの? お前が開催するデスゲームに?」
冗談で言っているのか、それとも頭がいっちゃてるのか。どちらにしても真面じゃない。
それは見た目から既に言えるけど。
人は見かけで判断しちゃいけないけど、人の印象なんて第一印象でほぼ決まる。だから私は常に最高の笑顔を忘れない。
私のような人でなしの殺人鬼でも笑顔でいれば大抵のコミュニティで受け入れられるから。
逆に言えば第一印象の良くない人は、人に寄り添う努力を怠っている怠惰で自分本位な人間だ。お近づきになりたい理由がない。
「はい、そして、いいえにございます」
彼岸祭はハキハキとタマムシ色の答えを口にした。なんだこいつ。
「正確に申しあげますと、わたくしは開催ではなくあくまで運営です。参加者の確保からゲームの進行その他もろもろの雑事等をこなすしがない雇われにございます」
「ふーん。どうでもいいや。それよりデスゲームなんてものがこの平和な日本で本当にあるっていうのが驚きだね」
驚きと言うか普通に信じていないだけだけど。
現実的にというツッコミはこの際無視するとして、何を置いても彼岸祭の胡散臭さが尋常ではない。
もし彼岸祭がカラスは黒いリンゴは赤い空は青いと断言するなら私はそれすら疑う自信がある。
一見理不尽のように見えるけど、見た目が胡散臭い人間は言動全てを疑われる覚悟をするべきだ。
それが嫌ならまともな格好をすればいい。それでも我を通すなら文句を言う資格はない。
「平和だからこそ、人はスリルとドラマを求めるのです。殺し合いが常習化された世界では殺し合いは娯楽とはならず、人の命が尊ばれる平和な日常があってこそ
「皮肉のつもりかい?」
というか事実無根。いい加減その風潮やめてほしい。風評被害もいいとこだ。
瞳の奥をキラリと光らせ問いかけると、彼岸祭は急にあたふたとし始め弁解をする。
「むしろ賛辞と感謝を。貴方様のおかげで我々の仕事は繁盛しております!」
媚びへつらうような仕草の彼岸祭。
手もみをするマネキンてシュールを通り越して普通に気持ち悪い。
「ふーん。そりゃまたどういたしまして。一応確認だけどこれって質の悪いドッキリじゃないよね?」
可能性は低いけど一応の確認。
流石に今ぐらいの知名度になれば無茶なドッキリとか事務所がNGを出してくれるけど、駆け出しの頃は割と酷かった嫌な記憶が脳裏をチラリ。
「無論違います。証拠、となるかわかりませんが、わたくしめがどこぞのテレビ局ないし個人の動画配信者ならば、このような場所で話をするより警察に電話をかけるでしょう?」
そう言うと彼岸祭は私の背後、翔平くんだった物をチラ見する。
それもそうか。
こんなの放送事故どころの騒ぎじゃない。納得の理由。
……それでも、やはり信じきれない。テレビのドッキリではないにしても彼岸祭の言動を全て信じるのは最早不可能。
そもそもデスゲームの運営てなによ?
よしんばそういう人たちが本当にいるとして、なぜこのタイミングで私に声をかけるのか。まったく意味不明だ。
「……普通こういうのって、ある日突然拉致されるみたいなシチュエーションでやるものじゃないの?」
「そういったケースもございます。デスゲームとひとえに言ってもその種類は数多し。本人の同意なく参加者を無理やり理不尽なゲームに巻き込む強制型。債務者などのっぴきならない事情を抱えた方々を集め会場についた後に詳細を述べる半強制型。そして、最初から全てを承知の上でゲームに参加していただく完全同意型。此度のゲームは同意型の募集をしております」
「それってどういう違いがあるの?」
無理やり連れてこられても任意で向かっても、どうせやることは変わらないのに。
「簡単に申しますと、募集の形によって難易度が変化します」
「難易度?」
「先ほど申しました通り我々のゲームはエンターテインメント。つまり、運営と参加者の他にスポンサー様とお客様がいるのです。わたくし共の最大目標はお客様の満足であり最終目標はスポンサー様の求めるノルマの達成です。その為にも難易度調整は必要不可欠!」
その説明にピンと来てないので小首を傾げる。
すると、彼岸祭は一度自分の顎に手を当てしばらく何かを考え始めた。それから唐突にパンと両手を合わせて質問をしてくる。
「雁来様は、テレビなどに出演されゲームに参加されますよね?」
「あるよ。クイズとかバラエティーとかね」
「その際、ゲームが盛り下がる行為とはどういうものがあるしょうか?」
なんの意味があるのかわからない質問。さっきまでの会話から随分と飛躍したね。飛躍というか下降かな。
まぁいいや。私も少し真剣に考えてみる。
番組の失敗と言えば事故や不祥事でせっかく撮った作品がお蔵入りすること。個人の失敗といえば放映前に不祥事を起こしたり、自分のシーンがカットされて終始空気になるとかかな。
だからと言ってただ目立てばいい訳でもないから難しい。
クイズやバラエティーのゲームだと、個人よりもチームを組む方が多い。仲間と仲良くしないと好感度が下がるし、自分だけが目立とうとすると反感を買う。
ほどよいバランスを見極めるのが難しい。
番組のゲームは競争ではなく共同作業だから。
そうなると盛り下がる行為といえば――
「無気力と自滅かな」
ゲームの勝敗に興味のない出演者は本気になれず周りに馴染めず無気力になりがちだ。割とそういうのって周りにバレてるから空気が悪くなるんだよね。そういうのよくない。
逆に熱中しすぎて勝敗が決まった瞬間に自棄になられるのも困る。
クイズ番組の定番で最後は、これまでの勝敗が無意味になるような高額ポイントが手に入るっていうのがあるけど、そういう人を牽制する意味もある。あと番組が盛り上がる。
「その通り! 流石プロ!」
パチパチパチと空虚な拍手が鳴り響く。
褒められてるのにここまで心が満たされないのも珍しい。
けど、言いたいことはわかった。
つまり多人数を巻き込むゲームと言う催しにおいて、参加者の協力は必要不可欠であり、よりゲームを盛り上げたいなら全員が本気じゃなければならない。
彼岸祭は、私の思考を見透かしたかのように捕捉する。
「強制の場合、集まる参加者は覚悟のない一般人です。死にたくない一心で奮起される方もいますが……中には他者を傷つけるくらいなら自分が異性になると覚悟を決められる方もいるのです。またゲームの内容も単純で簡単なモノでなければ生還を諦めてしまう。それはそれでリアリティドラマとして成立しますが、それでは本気の殺し合いを楽しみにしてくださったお客様を満足させるなど到底不可能。正直、わたくしとしましてもせっかく集めたのですから、皆様には無駄なく命を有効活用していただきたい所存です。
「どっちも性格終わってるね」
「コメントは控えさせていただきます!」
人でなしの殺人鬼もドン引きである。自分は安全な位置から他人の足掻きを見たいというお客様という連中にも彼岸祭にもドン引きだ。
反吐が出るほどの醜悪さ。本物の巨悪と言うのはこういう連中を言うのだろう。
「次に半強制の場合ですが、彼らの多くは生活に困窮し、首を括るか犯罪に手を染めるしか活路の見いだせない瀬戸際の方々。当然、強敵に集めた参加者より覚悟も決まっています。また、他人を蹴落としてでも自分が助かりたいと思考する人の割合が多いです。デスゲームに参加させれば期待通りの活躍をしてくれます。ですが、あくまでそれは期待の範疇を超えません」
「別にそれでいいじゃん」
「目の肥えたお客様がお求めになられるのは期待通りの活躍ではなく、期待を超えた躍進なのです。それに先ほどと同様に一定数の方々は途中で諦めてしまわれます。ただ諦めるだけならまだしも自害されては全体の士気にも関わります。デスゲーム参加者の皆様にはすべからく殺し合いをしていただきたい」
「やっぱり性格終わってるね」
「ノーコメントで!」
「で、最後が同意型って」
今の私であり、恐らくもっとも高難易度のゲームを課せられるパターンと。
「ゲームへの参加条件としましては半強制の債務者とほぼ同じ、ですが最初から何をするのか承知済み、他者を傷つける覚悟も決まり、どのような無理難題にでも挑む意気込みのあるデスゲームガチ勢の皆様です! 中にはデスゲームを複数回クリアした
「その全ての中に参加者がいないのが気になる所だけど、まぁ概要はわかったよ。でもちょっと疑問なんだけど、なんで私なの? こう言っちゃなんだけど私そこそこの小金持ちだよ?」
借金もなければ追い詰められてもいない。むしろアイドルとして全盛期を迎えている今、そんなハイリスクローリターンのゲームに参加するメリットがあるだろうか。
多分ない。
すると、彼岸祭は私から視線を外して再度私の背後に視線を送った。
それで全てを理解した。
そういえば翔平くん借金があるとか言ってたね。
つまりこいつは私にオファーを出しに来たのではなく、翔平くんのバーターにしようという腹積もりか。
こんにゃろうめ。
「ですが、これはまさに行幸! 運命の赤い糸ならぬ血と血で結ばれた運命の血判状! ここであったが百年目、どうか、我々の運営するゲームに参加していただけないでしょうか!?」
「え、嫌だけど?」
「なぜにでしょうか!?」
彼岸祭は心底驚愕したという風に声を張り上げた。
でも私としてはなぜそんな意外そうな声を出すのか意味不明。
「普通に興味ない」
「楽しい楽しい殺し合いが合法的にできるのですよ!? 違法ですけども!」
どっちやねん。
ま、まぁ、確かにその謳い文句には魅力を感じるけれど。
「それを考慮しても、お前がうさんくさ過ぎる。人に何かをお願いしたいならまずはそのマスク取れよ」
「わたくしに顔を剥げと!?」
「それ顔なの?」
絶対違うだろ。首の所、境目見えてるぞ。
「私的には剥がしても問題ないけどね。どっちにしろ私に利点がない時点でお断りしませう。お仕事のオファーなら事務所を通してくださーい」
人の顔を剥ぐのはそこそこ慣れてるし。
これでも売れっ子のアイドルですし。
もういいだろうと準備を始める私に、それでも彼岸祭はしつこく食い下がる。繁華街の呼び込みみたいなやつだ。
「利点ならございます! 此度のデスゲームの優勝者には、なんと! なんでも願いが叶えられる権利が譲渡されるのです!」
「君ら7つ集めれば願いを叶えてくれる神龍かなんかなの?」
胡散臭さが二割増し。今時アニメや漫画でもそんな怪しい誘いに乗る主人公いないよ。むしろ、最近だと敵の方がノリノリ。それで終盤本当の黒幕に裏切られる。
主人公は夢見がちなリアリストで敵側は捻くれたロマンチストなのだ。
「無論、現実的に不可能な願い、死者の蘇生や不老不死という超常の事象や、経済的に不可能な世界征服という野望を叶えることは出来ません。しかし、しかしです! 我々デスゲーム運営員会並びにスポンサー様、そして善意のお客様のご協力を得てほとんどの夢物語は実現可能なのです!」
「ん~例えば億万長者とか?」
「無論可能です! 報奨金は最低額でも億単位!」
そんなに必要ないし、なんならもう半分以上持ってる。
「病気を治す」
「世界中よりその分野最高峰の名医と最先端の医療機器をご用意い、その他全面的な支援サポート! それでも治すことのできない病ならば、お体を冷凍保存し特効薬や治療法が完成するまで責任をもって管理致します!」
まだまだ若い健康優良児なので必要ない。家族に病気やけがの人もいないし。
「恋人をつくる」
「気になるあの子からテレビで見た有名人、恋人がいる方に所帯持ちからNTRも可能! 異性同性問わずハーレムをご用意いたします!」
初恋もまだの身にハーレムなんて必要ない。それに、試したことはないけど私なら大抵の相手と寝れると思う。
「人気者になる」
「世界中のメディアに働きかけ、最高のスタッフを用意し、雁来様専用の最高のチームを結成し最高のプロデュースを致します! 日本のメディアから世界のメディア、果ては動画配信サイトだろうと1年以内に大勢をお約束!」
自分で出来る、というかもう出来てる。
「世界は無理でも一国の征服くらいは?」
「既に地盤のある国ならば国家首脳になれるよう全面サポート。内政不和を抱えている国なら武力による制圧を全面支援。新しく国家を樹立し国王になることも可能。先進国1つまでなら条件付きで完全支配も可能です!」
いらない。いらない。
「新しい人生を謳歌したい」
「整形手術に身分証明書の偽造、過去の捏造から偽りの家族までご用意いたします。新しい顔、新しい戸籍、新しい家族、新天地での0からのスタート。ご希望なら職業訓練も致しましょう。世界有数の名医から弁護士、政治家、公務員。希望に満ちた人生が待っています!」
今の人生に不満がない。むしろ大満足。
「そーらを自由に飛びたいなー」
「未だ公にはなっていない軍事技術により個人での長距離飛行は既に現実のものとなりました。また多少のお時間と運用にお手間がかかりますが、古き良き男の子のロマン、超大型人型ロボット兵器もプレゼント! お台場に行かずともいつでもどこでも見れる乗れる動かせる。まさに夢の体現!」
私女子だし。男子のロマンを語られても困る。
「え~本当に~?」
「無論全て本当です! 決してアナタ様を騙す様な真似は致しません。誠意真心誠実さが売りの彼岸祭が補償いたします! 今述べた内容ならば全て実現可能です!」
身振り手振りを加えて彼岸祭は必死に説得を試みる。
なら私もそんな彼に免じて誠意いっぱいの笑顔でお答えしよう。
「ですのでどうか! わたくし共のゲームに御参加を!」
「うん! だからどうした! 断ると言ったら絶対断る。私が一度こうだと決めたことを他人の意思で捻じ曲げるなんてことは絶対にない」
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