第2話 人でなしの殺人鬼
「ずっとずっと応援していた。ジュニアアイドルの時代も、グループでセンターをいていた時も、ソロになった今だって俺はずっと応援していた。アナタだけを!! 握手券を手に入れるために体が壊れるまでバイトをした。どんなに成績が落ちてもライブにいった。進学が掛かった大事な試験も捨てて全国ツアーを追いかけた。グッズも買ったCDも買ったイベントにも行った。ガチャだろうが使わない化粧品だろうがアナタが関わるありとあらゆる宝を手に入れた。生活費を切り詰めて、借金をして、親の遺産も全て全て貢いだ! ……それなのに、俺たちのことを裏切った。そんなの許せるはずがない!!」
というのが都内の大学に通う強火ガチファン小林翔平君の主張だった。
どうにも少し前に出た私の熱愛報道(誤)を真に受けての犯行らしい。たまによくある困ったファンの暴走だね。
「ん~弁明しておくけどそれ誤報だからね。私と彼はそういう関係じゃないから。だから別に裏切ってもいないよ?」
そもそもの話、何をもって裏切りと言っているのか。確かに私はアイドルなんて職業をしてる。でも別に恋愛を禁止された覚えはない。
今時のアイドルの恋愛事情なんてグローバルでオープンな物である。
恋人がいると明言してるアイドルもいれば、恋人はいないけど複数人のパートナーはいるとぶっちゃけた子もいる。かなりレアなパターンだけど付き合っている男女のアイドルユニットなんてのもある。デビューから3カ月くらいしたら破局して解散したけど。
だから私がどこで誰と何をしようと本来は誰にも咎められる覚えはない。むしろファンなら推しの幸せを応援してこそ本物というのが昨今の主流だ。
「最後だから言っちゃうけど、私と彼はとある企業さんのお仕事で一緒にいただけだよ」
日本屈指の有名企業が手掛ける一大プロジェクト。そのイメージ商材に選ばれたのが私と若手イケメン俳優の彼だった。
発表まで口外してはならない極秘案件。だから、どんな報道をされようと否定も肯定もできずのらりくらりとお茶を濁してきた。それが裏目に出たのが今回の顛末らしい。ありゃりゃ。
「もう2,3週間もすれば事務所から正式に発表があったのに。ちょーと判断が早すぎたね。駄目だよ? 今は明治でもなければ、鬼もいないんだから。もっと慎重に行動しなきゃ天狗さんにビンタされちゃうぞー」
実際はビンタどころか、危害を加えようとしたアイドルに返り討ちに合ってもうすぐ死んじゃうんだけどね。世の中は無情だ。
「裏切りは、許せない。でも……もっと許せないのは俺の、天使を穢した……あの男だ!」
「あれ? 私の話聞いてる? もしもーし?」
私の問いかけに翔平くんはまともな返答をしてくれない。どうやら、血を流し過ぎて意識がもうろうとしているようだ。とても会話ができる状態じゃない。
「ん~……ま、いっか。会話が出来なくてもお話はできるようだし!」
私はファンの皆を平等に愛しているけど、殺したいほど人を『愛』した経験はない。彼の独白は人の『愛憎』を知るうえでとても貴重なサンプルだ。ここは黙って聞いていよう。
「あ、でも私誰かの長話を聞いてるとついつい眠くなっちゃうんだよね。踊ってていい? いいよね!」
近々ドーム公演も控えてるし、新曲の振り付けまだ全部覚えてないんだよね。練習するのにちょうどいい。
私は彼の話を聞けてダンスの練習が出来てwin。彼は死ぬ間際に推しの生ダンスが見れてwin。まさにwin=winの関係だ。
「……でも、アイツは卑怯にも姿を眩ませた! どうしても見つけられなかった!」
マスコミ対策で一時的に身を隠したのが功を奏してる。流石、向こうはうちと違って古くからトップを走ってる一流事務所だからね。
本気でタレントを隠したのなら素人には見つけられないよ。
「逃げた奴を捕まえて、いけ好かない顔をズタズタにしたかった。その姿をネットに晒して一生消えない傷跡を残した後に殺したかった!」
地味にエグイ。
彼のイケメンフェイスは、女性が選ぶ日本の宝(顔)名鑑に乗るほどだから、実現してたら万バズは確定だっただろう。
よく女の嫉妬は怖いとか言うけど、男の嫉妬もヤバいね。
「その為に、俺はアナタを……アナタの近くにいることにした。奴が来ると信じて……奴を仕留める為に仕方なくッ」
今のはちょっと苦しい言い訳だね。どんな理由があろうとやってることはただのストーカーでしかない。
彼の視線はずっと感じてたから知ってるけど、待ち伏せをするにしては視線の種類がピンク色だった。
アイドルなんてやってれば自然と人の視線を意識して、過剰なまでに敏感になる。特に私はそういう感受性が優れていたらしく、今では視線に込められた感情もある程度わかるようになった。
だからこそ不思議だった。どうして彼は途中から視線に込める感情を変えたのだろう?
そんな疑問を浮かべていると、彼は自分から白状してくれた。
「ずっとずっと俺はアナタを見ていた。そう……あの廃村の時も」
陶酔しきったような表情を浮かべる翔平くんの言葉にピクリと反応する。
廃村と言われて思い出すのは、企業案件が一段落して熱愛報道が出た後に行ったバラエティ番組の心霊ロケだ。
内容としては、どこかで見た様なそうでもないような芸人さんと一緒にいわく付きの廃村を散策するという、夏場になればどこかで必ず見る様なアレ。
適当に「へーそうなんですね!」「わ、ビックリ!」「アハハ、面白い推理だね。君は芸人よりも作家の方が向いてるんじゃないのかな?」みたいなことを言ってれば終わる簡単なお仕事だ。
ちょっと番組プロデューサーが失踪したという事件が起きたけど概ねロケは平穏に終了した。
「ふーん。もしかして見ちゃったの?」
踊りを辞めて彼を見下ろすように見つめれば、今度はしっかりと彼の瞳と目が合った。すると彼は突然笑い出した。血を吐こうがお構いなく、まるで壊れた人形のように。
「アナタが、アナタが、俺の推しが……『姿の見えない芸術家』だった! やっぱり俺の推しは特別だったんだ! アハハ!」
翔平君はとても嬉しそうだった。恍惚とした表情はまるで世界有数の美酒に酔っているようで、この世全ての幸福を噛みしめているよう。
――姿の見えない芸術家とは、ネットを中心にここ数年で有名になった都市伝説である。それと同時に日本警察が血眼になって探している連続殺人事件の犯人の別称でもある。
3年ほど前、一枚の写真がSNSにアップされた。それは、都内の高架下に描かれた大輪の薔薇の絵。グラフィティアートの一種だった。薔薇の絵は赤と黒のたった2色で描かれ、妙に人の目を惹く魅力を持っていた。投稿は万を超えるイイねを受けバズリにバズった。
更に日本の各地で同様のタッチ同様の色使いのグラフィティアートが多数発見される。となれば、当然のように始まるのが犯人、もとい作者探しだ。落書きは普通に犯罪なので犯人捜しでも間違いではない。
興味本位の小学生からネット界隈では有数の特定主まで犯人捜しに参加した。更にどこぞのお金持ちが懸賞金をかけたそうで社会現象が起きるレベルで大いに盛り上がったそうだ。
けれどいつまで経っても作者の特定はできなかった。わからない、つまりは未知というものはいつの時代も人の関心を引くようで、いつしか一連の絵の作者を『姿の見えない芸術家』なんて呼び都市伝説として広く知れ渡ることになった。
事件が起きたのは、いや発覚したのはそんな時。
とある大学に通う研究生は、毎朝高架下の大輪の薔薇を見るのが日課だった。作者に興味はなくただただ絵を見るのが好きだった。ある日彼は絵に変化が起きていることに気が付く。初めて見た時は色鮮やかで深みのある綺麗な赤色だったのに次第に色がくすみ禍々しく変色しているようだ。
通常の塗料ならこんな短期間で変色するなんてありえない。疑問に思った彼は絵の一部を削り取り自身の通う大学で成分分析を試みる。ただの興味本位だった。
分析の結果、絵の塗料には大量の生物の血液が使用されていると判明した。それも、より詳しく調べれば89%の確率で人間の血であると判明。
もしも1人の人間から絵を描くだけの血液を抜いたとすれば、間違いなくその人物は死んでいるであろう量。そんなモノが日本各地に多数あるという。
ただの都市伝説が事件に変わった瞬間だ。警察は正式に発表していないが、その当時でも姿の見えない芸術家が手掛けたと思われるグラフィティアートは30作品以上発見されている。
それからは警察も動き出し、より真剣により苛烈に犯人探しが行われる。それでも今の今まで犯人は見つかっていない――
彼、小林翔平君はそんな猟奇的な連続殺人事件の犯人が私であると断言する。今わの際に、確信と歓喜と狂気を孕んだ子供のような無邪気な笑顔で。
私の答えは決まっている。その場にしゃがんでニコリと微笑み彼の頬を両手で包み込みながら答えた。
「うん。正解だよ。もっとも私から名乗った覚えはないけどね♡」
私、雁来ホノカは今を時めく№1アイドルである。それと同時に巷を騒がせている連続殺人事件の犯人である。人でなしの殺人鬼それが私だ。
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