第3話 芸術は爆発ではない

「なむなむな~む~」


 翔平くんは死んでしまった。突然と言うわけではない。むしろ、元々虫の息だったのに、よくもまぁあれだけ喋れたものだ。


 二度と口がきけなくなった彼の代わりに種明かし、というか彼の顛末を語ろう。


 最初私は彼のことをたまによくいる熱狂的なファンでストーカーだと思ってた。それで誤報を真に受けて勘違いで襲撃してきたちょっとお間抜けな普通の男の子。


 それは大きな誤解だった。


 彼自身も少し語ってけど小林翔平という人物の人生はかなりハードモードだったらしい。


 天涯孤独、成績不振、友達ゼロ、彼女いない歴=人生、不眠不休のバイト生活で体も壊した。いい所からも悪い所からもお金を借りて推しのアイドル、つまりは私に、貢いで貢いで貢ぎまくる。


それくらいしか生きがいのない人生だったようだ。


……私を応援するための人生とか普通にいい人生なのでは? と、ホノカは訝しんだけどあえてそこは指摘しない。話の本筋から外れるからね。


 借金で首が回らずそろそろ内臓でも売ろうかと思った矢先、唯一残った心の支えである推しの熱愛報道が炸裂。


 文字通り身を削って貢いだお金が生理的に嫌いな人生イージーモードのイケメンとの合瀬に使われていたと知る。(事実無根)


 俺の人生どん底だ。絶望しかない。もう死にたい。でも死にたくない。推しに貢ぎたい。


そうだ! 邪魔なクソイケメンをぶち殺そう。そうすればまた楽しい推し活ライフが待っている!


 ドロドロの愛憎を胸に通販でサバイバルナイフを購入し翔平くんは走り出した。輝かしい未来に向けて。


 しかし、最初の一歩は躓いちゃった。ふぇ~大手事務所には勝てなかったよ~。


 そこで彼は考えた。そうだ、あのクソイケメンが推しの恋人なら必ず会いに向かうはず。だってもし自分が彼女の彼氏なら365日24時間ずっと一緒にいたいから。首輪をつけて檻の中に閉じ込めてずっとずっとずっとずっとイチャイチャしていたい。


 下半身でしか物を考えられないクソイケメン(酷い風評被害だ)なら必ず我慢できずに推しに会いに向かうはず。


 よし! 推しをストーキングしよう! 別にしたくてしたいわけじゃなくて全ては推しを守るためだから! 仕方ない。うん。仕方ない。


 しばらくの間は推し活(ストーキング)に精を出して幸せな時間が過ぎた。


 そんなある時、推しの秘密を知ってしまった!


 テレビの撮影か何かで山奥の廃村に向かう推し。するとそこには出演者へのセクハラ、女性スタッフへのセクハラパワハラモラハラで有名なハラスメントクソプロデューサーがいました。勿論、今をときめく№1アイドルも被害に遭ってます。


 よし! 殺そう!


 隙を伺いつつハラプロ(ハラスメントクソプロデューサーの略)を始末する隙を伺っていると、なんと推しとハラプロが人気のない廃村の更に人目のつかない廃屋に入っていったのです。


 頭の中が愛憎とピンクで染められた青少年はあらぬ妄想を膨らませます。


 これはけしからん。推しを穢す存在は何人たりとも許せません。


 けど、現実は妄想よりも更にハードで苛烈でした。なんと推しは自分の手でハラプロを八つ裂きにしてしまったのです。しかも推しは八つ裂きにしたハラプロの死体を使って壁に絵を描き始めました。


 あ! あの絵なんか見たことがある。そうだ、都市伝説でやってた奴だ!


 大人気アイドルである推しは連続殺人事件の犯人だったのです。


 それを知った翔平くんは、ずっと胸に抱いていた推しに対する愛憎もイケメンに対する純度100%の憎悪を忘れ歓喜しました。


 愛した推しはやっぱり特別な存在だったんだ! 俺の目に狂いはなかった! よし! 俺も推しに殺してもらおう!


 いい事なんて何もない平凡で不幸なだけの人生。最後の最後に、特別な推しに特別な殺され方をして一花咲かせよう。


「そして見事、彼は目的を達成して幸せな最後を迎えましたとさ。めでたしめでたし」


 私はまんまと彼の掌の上で踊らされてしまったのです。それはもう孫悟空のように。


負けず嫌いで基本的に人の思惑通りに動くのが苦手な私としてはとんでもない敗北感だよ。でも気持ちのいいくらいに清々しい敗北だ。


 負けず嫌いと言えどここまで見事にしてやられれば素直に負けを認めないと無粋というもの。


 彼の最後の言葉は今でもしっかりと覚えている。


『ずっとずっと……アナタを愛し、てる……』


 私は彼の耳元に口を近づけて答えた。


『応援ありがと! じゃあこれからも、死んだ後も私をずっとずっと応援してね! ちゅ』


 彼は幸せそうな笑顔を浮かべて旅立った。


「さてと! お経? はこのくらいにしておいて、最後の大仕事を始めるとしますか。揚力してね翔平くん!」


 返事はないただの屍のようだ。でも構わない。


 死んだ後も私を愛してくれる。そう約束してくれた最高のファンの為に、私は彼の思惑通り最高の死に様を演出してあげよう。


もし普段の傍若無人、唯我独尊、トラブルメーカーな私を知ってる人いなら、誰かの言いなりになってる今の私を見たら絶対に驚くだろう。


 でもいいのだ。私を出し抜いた彼にはそれだけの敬意をしめそう。


「まずは描く物を用意しなくちゃね!」


 世の画家さんたちは絵を描くのに色々な道具を用意する。中には道具の質こそが絵の出来栄えを左右とするという人もいる。私には理解できない概念だ。


 絵を描くのに特別な道具なんて必要ない。ただ人がいればいい。人の体は実に便利で使いやすい。何本もの筆を使わずとも、何百色の絵具を使わずとも、人さえいれば事足りる。


 それにキャンパスも必要ない。世界で最も古い絵は古代の壁画だ。つまり、絵は壁に描くのが一番自然な形である。


「ん? ちょっとこれだと筆が大きいね。削ろう」


 幸いにも手元には翔平君より没収したサバイバルナイフがある。とても丈夫で骨や筋肉を削るのにちょうどいい。


ゴリゴリゴリ。


「こんなもんかな~♪」


 らんらんと目を輝かせ一つ一つの線を丁寧に仕上げていく。下書きなんて必要ない。優れた彫刻家は素材となる石や木が、自分がどんな形になりたいのか自然と語ってくれると言う。


 彼がどうなりたいか、それは彼が教えてくれるだろう。


「ふぅ……完成!」


 大きく息を吐き達成感を吐き出した。


 二三歩後ろに下がって全体像を見る。うん。我ながら実にいい。最高の傑作だ。


 まるでドーム公演終わりのような満足感が胸の中を満たしていく。


「うん。今回もいい出来栄えだね! 写真とっとこ~」


 事務所にも内緒で契約したプライベート用のスマホを片手にパシャリと写真を撮っていく。もちろん自撮りも欠かさない。


 このスマホの中にはこれまで私が作った全ての作品の記録が納められている。決して世間には公表できないけど、世界で唯一の私だけの画集。いつか誰かに見てもらいたいものだ。


 さて、一仕事終えた後はキュッと一杯行きたいところだけど、二重の意味でそれはできない。


 アイドル(未成年)の飲酒なんてそれこそ週刊誌やつらの餌食になる。それに残念ながら後片付けが残ってる。


 遠足は家に着くまで続いてる。玩具で遊んだら片付けまでしないと怒られる。どんなにめんどくさくてもこのまま物言わない彼を放置することはできないのだ。


 プライベート用とは別のスマホを取り出しとある業者さんに電話のかける。


「もしもし? またお仕事お願いしまーす。場所は――」


 この業者さんは清掃業者さんだ。ただし、裏社会の。


 お金さえ払えばマネーロンダリングから死体処理までなんでも綺麗にしてくれる便利なお掃除屋さん。


 うちの社長と知り合いのヤのつく自営業の人から個人的に教えてもらった所で重宝している。


 私が姿の見えない芸術家なんて呼ばれている一因は、私の潜伏能力もさることながらこの清掃業者さんの力が大きい。


「――いつも通り死体と身元の分かる物だけお掃除で、現場の絵は残してくださいね。あとオプションで絵の色が変わらないように処理もお願いしまーす」


 普通の清掃料より割高になるけど必要経費だから仕方ない。


花火みたいな消費芸術もアレはアレでいいんだけど、私の絵は永久芸術なので後世に残してこそ意味がある。


 ……最近は国家権力を盾にポリスメンが片っ端から作品を消して行っちゃうけどね。表現の自由はどこにいった。こんなの法治国家の横暴だよ。


「ま、無くなったらその分新しい絵を描けばいいだけなんだけどね!」


 ピカソで有名なピカソはその生涯で数万ほどの絵画を残したという。私もピカソになれるように頑張ろう。


 スマホをポケットの中に入れて頬についた返り血を袖口で拭う。


 いつもなら後は業者さんが来る前に服をリバーシブルして帽子とマスクで顔を隠しながら現場を離れるんだけど……どうにも今日はそうもいかないらしい。


「それで、さっきから隠れてる君は誰なの? なにか用でもあるのかな」


 誰もいない路地裏に声をかける。見渡す範囲では人影どころかネズミ一匹見えやしない。それでも私の視線に敏感という関知能力は、そこに誰かがいると、私を見ていると告げている。


「―――――」


 問いかけからほどなくして。私の前に独りの男が現れた。

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