第4話 マネキン男

 それは奇妙な男だった。奇抜な男でもあり、奇々怪々でもあり、何より不気味な男だった。


「実にすっっっばっらしーーーーーーーーーーっ!!」


 現れた男の首から下は、まるで執事やコンシェルジュが着るようなスーツ姿。


燕尾服って言うんだっけ?


生地の素材的に形だけのコスプレではなく相当上等な物。そういう服を着馴れてる人間の所作。


これだけなら好印象なんだけど……それらを全て台無しにするマネキン頭。比喩や揶揄ではなく、この男の首から上は、服屋さんでよく見るマネキンの頭をしていた。


これ以上のザ・不審者を私は他に知らない。


「なんと見事なお点前でしょう。流れる様な剣捌き、動き一つ一つのキレの良さが半端ない、芸術性に優れ、何よりもその可憐な容姿! 100点満点え採点するなら120万点のオール満点越えですぅぅ!」


「ありがと。よく言われるよ」


「謙虚謙遜が一切ないところも実にいいですね!」


 マネキン男はパチパチとまったく心の籠ってない拍手をした。


 無表情のマネキンフェイスがやたらテンション高いのが気持ち悪い。


 ポーカーフェイスならぬアイドルフェイスでどうにか耐えているけど結構キツイ。もうこれ問答無用で殴っても許されるんじゃないかな私。


 殺人鬼なんだし傷害くらいいいよね?


 そんな風に我慢の限界を迎えようとしていると、マネキン男は拍手をやめそれまでのハイテンションが嘘のように淡々と語りだす。


「お初にお目にかかります。わたくし、見ての通り怪しい者にございます。とはいえ、アナタ様に危害を加えるつもりは一切ないのでご安心を」


「安心できる要素が一つもないね。むしろ、そんなセリフで安心しちゃう人がいるならその人の情緒が心配だよ」


 こいつの存在はずっと前から関知していた。それこそ翔平くんをおびき寄せる前段階から。


 ……いや、流石にこんな不気味なマネキンだとは知らなかったけどね。


なんとなくドロドロの視線を向けてくる人の後ろになんか変なのがいるな~て認識。


 ずっと翔平くんの後をつけてたし、最初は仲間か可能性は低いけどただの通行人とも思ったけど、どんなに翔平くんを嬲っても助けにこないし、逃げもしない。


 彼の目的を知った段階で完全に赤の他人だと当たりをつけた。かといって通行人説も消えた。


私が翔平くんを殺害する間、こいつはこちらをただただジーと見つめていた。まるで檻の中の動物を観察するように。


ただの通行人ならとっくに逃げ出してるだろう。ならなんだこいつ?


 ……駄目だ。どんなに考えても答えがわからん。もう直接聞いちゃおう。


「で、結局誰なん?」


「遅らせながら自己紹介をば。わたくし、非公開公的組織『デスゲーム運営員会』より派遣されました『彼岸祭デス・パレード』と申します。お気軽にパレちゃんとお呼びください」


「うん! 絶対呼ばない」


 色々とツッコミを入れたいところだけど無視。


こういう手合いは余計な情報を開示することで相手の思考を鈍らせて会話の主導権を握ってくるめんどいタイプだ。


重要な事柄だけツッコもう。


「それでマネキン男さん。デスゲーム運営委員会ってのはなに?」


「ご説明致します! その前に雁来様はデスゲームを御存じでしょうか?」


 質問を質問で返された。ちょっとイラ☆


「ドラマとか映画でたまに見るアレでしょ? バトロワとか最近だとイカのゲームとか」


 意外かもしれないけど私はあまり人が死ぬタイプのメディアを見ない。スプラッタとかアクションとかは特にだ。


 ああいうのは自分とは関係ない非日常がいいのであって代わり映えのしない日常風景を映されても反応に困る。


 アイドルとして最低限の知識は押さえてるけどね。クイズ番組用に。


「その通り。デスゲームとはそれ即ち人の命をかけた熱き血の踊るエンターテインメントにございます。主にメディアが発信する創作として一部界隈にて広く深く認知されています。我々デスゲーム運営委員会は読んで字のごとく、そんな楽しいゲームをこの現実世界にて運営する組織なのです」


「へー。胡散臭いね」


「アハハハ! これは手厳しい! しかしながらごもっとも!」


 手を叩きながら彼岸祭は、変わらない表情のままケラケラと笑う。何が楽しんだこいつ。というかいい加減そのマスク外せこら。


「であるならば! まずは信用といたしましてこちらをお納めください」


 彼岸祭はごそごそと懐をまさぐると一枚の紙を取り出した。正直触りたくないけど、ここで拒否すると私がこいつにビビってるみたいで嫌だから素直に受け取る。親指と人差し指でつまむように。


「なーに? 小切手?」


 日本に住んでれば誰でも知っているような有名銀行の小切手。そこには数字の1と0が7つ。


1千万と書かれていた。偽物ではない。このまま銀行にもっていけば普通にかかれている金額を卸してくれるだろう。


 決して少ない金額じゃない。むしろ高額だ。でも、ぶっちゃけ私の稼いでる金額と比べれば驚くほどでもない。


「お金で信用を買おうと? だとしたら私は随分と安く見積もられてるんだね」


 これでも私は物心がつく前から億に届くお金を荒稼ぎしていたキッズである。現在進行形でそれ以上も稼いでいる。


 最近だとお金その物にあまり価値を感じない。我ながら金銭感覚が麻痺してるね。


「いいえ、いいえ、決してそのような意図はございません。ご不快に思われましたら申し訳ない!」


 ペコペコと必死に頭を下げる彼岸祭。でもまったくと言っていいほど悪びれる様子はない。


「しかし、しかしですよ? ただの与太話を聞いていただくために、これほどの金額をかける人間が普通いるでしょうか?」


 普通の人間はマネキンのお面を被って人前に現れないと思うの。ツッコミを入れると負けだからあえて指摘しないけど。


「さぁ? 私のファンにはお話と特別なファンサをしてもらうために命を懸ける子もいるから。探せばいるんじゃない?」


 チラリと背後の血だまりを見る。


全人類があんな風に私を愛してくれるなら、世界はきっと今よりもっと平和で幸福になるのに。


「あははは! これまた手厳しい! 確かに今を時めく№1アイドル。世界より戦争を無くした伝説の偶像。平和の象徴と謳われ、現時点を持って歴史にその名を刻まれた永久不滅のアイドルたる雁来様とお話するのに一千万円などはした金でございましたね!」


 大げさな過大評価……という訳ではない。


 かつて私はゲリラ的に世界中の紛争地域をまわるライブツアーを行った。


 表面上は戦争で困窮してしまった人々のための慰安ツアー。実際は、殺人鬼として覚醒してしまった為の衝動。


 あの頃は思春期真っただ中で自制が効かなかった。私以外の誰かが誰かを殺す瞬間をどうしても見て見たかったんだよね。


 だから事務所は勿論日本政府とファン一同からも反対されたワールドゲリラライブツアーを強行しちゃった。


 紛争地域、というか戦場のど真ん中で歌って踊る私の姿はかなり奇異に映っただろう。


 ネット配信したらバズって世界的な論争も巻き起こっちゃった。


 当時の私は知らなかったけど、事務所と日本政府には連日連夜世界中から苦情と問い合わせの電話が鳴り響いたという。


 それから間もなくして。世界から戦争はなくなった。


私はとくに関係ない。


 でも、世の陰謀論者さんたちが私のせいだ、私のおかげだと、奇抜で目立っていただけの私を面白可笑しくはやし立て、因果関係ガン無視の世論を生み出した。


 結果として彼岸祭の言ったような虚像が出来上がったのである。正直私も困ってる。でも私が否定しても意味はない。こういうのって当人の意見よりも集団の民意が物を言うから。


集団意識による同調圧力て怖い。


「そちらはどうぞスパチャとでも思いお納めください。その上で、厚かましいとは思いますが……どうかわたくしめの話を聞いていだきたい。お願いします!」


 彼岸祭はその場で垂直に飛び上がり土下座の姿勢で着地した。


ハイジャンプ土下座だ。凄い音がした。頭部分の地面に罅が入ってる。


でも、驚くほど心が揺れ動かない。土下座って見慣れてるし。


なんか知らないけど私のファンてそういうタイプの人が多くらしくて、握手会ならぬ土下座会なる暗黒集会が開かれるほどだ。


ちなみに土下座会とは、目の前にやって来たファンが土下座をして、私が頭を軽く踏みつける。その姿勢のまま踏みつけられた人が謝罪をするという何が楽しいのか分からない気持ちの悪い会合である。


大好評につき次で6度目の開催。場所はドーム。参加チケットは即日完売。風の噂では転売チケットが10倍の値段で売買されてるとか。


世界の闇は深い。


「いいよ。でも手短にね。もう少ししたらここに人が来る予定だから」


 とりあえず彼岸祭の頭を踏みつけて了承の意を示す。


 清掃業者さんはお仕事が早いので、都内なら原則として1時間以内に現着してくる。秘密厳守とはいえ流石に顔を合わせるのはまずい。


「ありがとうございます!」


「あ」


 バッと勢いよく顔をあげる彼岸祭。そうすると自然と頭に乗せていた私の足もあがる。


 それほど長くもないスカートなので普通にパンツが見えた。


「……」


「……」


 いや、まぁ、別にみられても気にしないけど。


 とりあえず私は足を下ろして、彼岸祭は立ち上がった。

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