第6話 逃走
私は彼岸祭を追いかけていた。青春輝くキラキラ笑顔に刃物を持って。
「アハハ待て待て~」
「ウフフ、待ちませんとも!」
一方、まるで恋人同士が浜辺をかけるような笑い声を出しながら彼岸祭は逃げていた。
薄汚い路地裏の地面を蹴り、雑居ビルの壁をよじ登り、猿が木々を移動するかのように変則的な動きだから中々距離が縮まらない。
立体起動装置でもつけてんのかよ。
道中、ゴミやら空のビール瓶を投げてくるのも厄介だった。直接当たりはしないけど、壁に当たり割れた瓶が散弾のように降り注いだり、地面に転がることでまきびしみたいになったり。
それら全部を避けながらの追跡は、どうしても足が遅くなる。
こっちもガラス片を投げながら応戦する。けど、掠りはするけど致命傷は与えられない。
やっぱり直接斬るしかこいつを殺す方法はないようだ。
どうしてこんな状況になっているのかと言えば、それは少し前まで遡る。
・・・・・・
デスゲームへの誘いを丁重にお断りした私に彼岸祭はそれ以上の勧誘をしてこなかった。
「――では仕方がありません。まことに残念ですが今回は諦めます」
「へー。物分かりいいんだね」
こう言ってはなんだけど「ぐへへ……もし断ったら、後はわかるよな?」みたいな脅しをされると思っていた。
そうなったらそうなったで殺す動機が増えるだけで問題はないんだけど、それでもやっぱり意外だった。
「今回開催されるデスゲームは参加者の完全同意が必須の超高難易度ゲームにございます。生命の保障はもちろん、ゲームが終わった時に五体満足である保証もできません。参加を拒まれてしまえばどうすることもできないのです」
お手上げのジェスチャーをする彼岸祭。
デスゲームの内情に詳しくはないけど別にそれって普通なんじゃないのと疑問に思う。別に聞きたいわけじゃないけど。
「ですが! ここでお会いしたのも何かの縁! よろしければこちらをお納めください」
彼岸祭が懐から取り出したのは名刺だった。
彼岸祭という名前の上にはデスゲーム運営委員会特別委員長という、おそらく役職らしきものの名前。下には電話番号。書いてあることに目をつぶれば、特に変わった所のない普通の名刺だ。
「もし気が変わり、ご興味がありましたらこちらの番号にご連絡を。一週間以内でしたら24時間いつでも通じます」
「いいよー。受け取っとく。ま、参加はしないだろうけどね」
「ありがとうございます!」
バッと45度の御時期をする彼岸祭。
私はニコリと微笑みながら名刺を服の中のポケットに突っ込み、隠していた仕込みナイフに手をかける。
「それではわたくしめはこの辺で失礼致します。本日はご貴重なお時間を頂きまことにありがとうございました!」
「うん。それじゃあバイバイ――」
ナイフを引き抜き彼岸祭の顔めがけて投げつける。
「――永遠に!」
そのまま間髪入れず小太刀を振りぬき斬りかかる。
人は1つのことに意識を集中させると他がおざなりになる。その習性を利用した二段構えの必殺技。
片方を避けてももう片方で必ず仕留める。今までこれを避けられた人間は誰もいない。なのに――
「うお!? 危ない!!」
――彼岸祭は体をSの字に曲げて完全に回避した。
・・・・・・
その後、奴は全力で逃走を開始した。まさに逃走中。私はそれを追いかけて、今に至る。
「雁来様! なぜ我々は鬼ごっこをしているのでしょうか!?」
「そりゃあ勿論私がお前を殺すためだよ~!」
「なぜわたくしめを殺害しようと!? やはり顔ですか? この顔が気に障ったのですか!?」
逃げながらの問答とか余裕あるなコイツ。こちとら結構キツイというのに。というかナチュラルに足が速い。そんな恰好でよくもまぁこれだけの速度が出せるものだ。
「ずっと気には障ってるけど、理由は別」
「その理由とは!」
「だって普通に考えて殺人現場を目撃された犯人が目撃者を生かしておく訳ないよね。するでしょ口封じ。それそれ!」
そうなのだ。私はこいつに弱みを握られている。ならもう殺すしかない。
交渉脅し拷問記憶喪失、人の口を閉ざす方法はいろいろあるけど一番確実な方法はコレしかない。
「なーるほど! 納得の理由です! 誰にも言わないので命だけはお助け願いませんか!!」
ム・リ♡
「無理~」
「どうしてですかー!」
「信用の問題。あと、逃がしても碌なことしなさそうだから」
人の命を粗末に扱う奴に信用なんてものはない。人の命はただそこにあるだけで尊く、誰かに愛されてる命はより尊くなる。
デスゲームの運営なんてしてる時点でコイツは駄目だ。
世の為人の為なんて言うつもり微塵もないけど、コイツは今ココで殺した方が私の為になる。だから殺すのだ。
「手厳しい! ですが! わたくしめを待つ人々の笑顔の為にここで朽ちる訳にはいきません!」
「その笑顔絶対歪んでるでしょ。世の中には守る価値のない笑顔もあるんだよ!」
ナイフを三刀投げつける。一刀目は避けられ、二刀目は肩を掠り、三刀目は背中に刺さった。けれど、彼岸祭は変わらない速度、変わらないフォームで走り続ける。
まったく反応しない。
まるで痛みを感じていないようだった。背中に刺さっていることにも気が付いていないのかもしれない。
痛覚がない。それとも防刃チョッキでも着ているのか。いや、でもそれだとあんなすばしっこい動きができるわけない。何かタネがあるはず。なんにしても厄介だ。
それからしばたく私とマネキン男のリアル鬼ごっこは続き、そして――
「くっそ~逃げられた! ホノカちゃん一生の不覚!!」
――私はまんまと逃亡を許してしまった。ぐぬぬ。
アイドルはデスゲームの舞台で踊る。 得る知己 @eruthiki
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