第20話 Grace3 - 工夫次第
帰還石の残像は非現実的過ぎて、俺は白昼夢を見たのかと思ったくらいだ。
だが、フェイと名乗る女性騎士と出会った証拠はしっかり残っていた。
それは彼女が分けてくれた貴重な薬と食料だった。
―――――――――― ◇◇◇
フェイ達と別れた後、血の匂いに寄ってくる魔物を避けるため俺も急いで移動した。
夜には少し早いけどもう動くのが面倒くさい。今日はここに腰を落ち着けるとしよう。
◇
彼女が譲ると言った荷物はリュックサックとボディバッグに詰め込める分だけを受け取ったが、中身までは把握していない。
最初の梱包は薬で、
体力回復薬は上級のものはすでになく、数も魔力回復薬の方が多く残っている。
こんな砂漠の中だ、おそらく体力は全員が日々刻々消耗したのだろう。体力回復薬の方が早く消費されるのも不思議ではない。
丸薬は《鑑定》で毒消し用とわかった。
俺の持つ
回復系以外の薬はこの丸薬しか持ってなかったようで、あとは包帯だけだった。
「砂漠の迷宮」なんて名前の付くくらい危険なところにやってきたというのに随分と薬が少ないね。
メンバーに治癒職がいて力を過信してしまったのだろうか。
◇
残りの包みは食料だった。
「魔物肉以外の食料が欲しい俺としては本当に助かるんだけど…、それでも騎士様御一行の主食が消し炭パンとはねぇ…。」
俺は思わずため息をつきながら、まるで消し炭のような黒パンを見つめた。
黒パンは長期間保存できて腹持ちはいいのだが、高い焼成温度で焼き固めるため、そのままでは食べられないくらい固くて味のないパンだ。
その一方で、同梱されていた保存肉に定番の
なんか彼女らしくないな。
「…あー、もしかしたらこの
俺はフェイの同行者だった冒険者の男の風貌を思い出しながら勝手にそう決めつけた。
あいつ、見るから呑兵衛っぽい顔していたからな…。
◇
話を戻すと、俺の非常食である堅パンはボソボソなのを我慢すれば最悪かぶりつくことができるが、消し炭パンはそのままでは食べることができない、ハードタイプだ。
しかも柔らかくするためには加熱処理が必要だ。
というわけで、俺はさっそくリュックサックから
先にに鍋の底に小さなザル型網をひっくり返して仕組み、網より下の位置まで水を注いでから火を付ける。湯が沸騰したら、小さめの皿に布巾で包んだ消し炭パン入れて皿ごと鍋の中にそっと置く。
…要は即席蒸し器を作って、その中に黒パンを入れたわけだ。
暫くすると、パンのふんわりとした香りが漂い始めた。
早速火を止めて皿の上のパンを取り出し、一口噛じってみる。
──── むしゃむしゃむしゃ…。ごっくん。
「…うん、多少蒸しムラがあるが適度な粘り気にしっとり柔らかな食感だ。
というか、味や匂いにクセもないし、普通に食べれるじゃないか?!」
むしろ堅パンより保存用ハーブの刺激が少ない分だけ食べやすいかもしれない。
…変だな。加熱後も口の中の水分もなくなる、パサパサなパンだと聞いていたのに。
「…あ、そういうことか。普通は焼いて食べるのかな?」
堅パンと同じように柔らかく戻す時には水分も必要と思いこんで蒸したが、よく考えれば加熱が目的なら火で炙る方が短時間で済むし、何より簡単だ。
そこで今度は
すると想像通り、蒸すより短時間で、香ばしい焼きパンの香りが漂い始めた。
「普通はこんなふうにして、肉を焼く時にパンも一緒に火で炙って食べるんだろうな。」
焼いたパンの食感はカリカリに焼いた硬いフランスパンのイメージに近く、バリバリと音を立てながら噛み砕く感じで食べれた。
◇
「消し炭パンの食べ方はわかった。
焼くとパサパサだが食べられないことはないし、多少手間はかかるが蒸せばクセがない分、食べやすい。
せっかくそれなりの量をもらった黒パンだ、出来ればおいしくいただきたいよな。」
日持ちがするのはいいが、すぐに食べれられないのは困る。
どうせ食料は、長期保存できる不思議な採取袋に移し替えるつもりだったんだ。
なら、先に下処理して袋に入れておけば、いつでも食べられるよな。よし、そうしよう。
◇
というわけで、俺は黒パンを数本だけ何もしない状態のまま保存することにして、残りはすぐに食べられるように下拵えすることにした。
まず黒パンを大体1/3ずつに分けて、1/3は普通に蒸してしっとり柔らかくなったものをそのままの状態で採取袋に保存した。
さらにもう1/3も同じように蒸すのだが少し水分少なめで仕上げて袋に詰めてから、さらに液漏れしない程度に赤ワインを染み込ませた。
つまり黒蒸しパンの「プレーン味」と「赤ワイン風味」の2つの味の主食を作ったわけだ。
赤ワイン風味の蒸しパンはちょっとした思い付きで試作してみたものだ。
黒パンはクセがないということは味に主張がないともいえる。
味見で口にした赤ワインと一緒に黒パンを口に含んだ時に、赤ワインと黒パンのハーブの苦みが打ち消しあい、
「これって|新レシピじゃね?」
毎日、肉ばかり食べているとさすがに飽きてくるだろう?
そんな時のちょっとした口直しにちょうど良さそうだと思ったんだ。
食のマリアージュ、食の楽しみ。重要だよね。
◇
そして残りの1/3は、普通の食べ方に倣って焼いて加熱しただけのものにした。
確かに火で炙ったパンだけを食べようとするとバリバリで食べにくいが、普通はそんな食べ方はしない。討伐した肉を焼いて、一緒に食べる。
であれば、きっとそれが普通の食べ方なんだと思うんだよね。
じゃあ、昼間に屠ったばかりの狼の肉を食べてみるか。
大きな狼は解体に苦労したため、ぶつ切りにした肉は串に刺すには大きかった。
そこで、取り出した肉をステーキのようにそのまま網の上で焼き始めた。
ジュワー。
ポト、ポト、ジュッ。
肉の焼ける匂いだけでなく、余分な油が網から滴り落ちる音も食欲を刺激する。
野生の狼の肉は、イメージに合わない爽やかな香りがした。それに想像していたより脂身が少ないみたいだ。
こんな砂漠のろくなエサもないようなところだと贅肉が付きにくいのかもしれないな。
焼けた肉の端を少し切って、一口食べてみる。
──── ガブリ。モグモグモグ…。
「コクや旨味は魔物肉の方が上かな?
思ったよりクドくないから、量はイケそうだ。
自然の肉の甘みはあるが格別の旨さと言うほどではないし、味のインパクトは魔物肉に負けるといった感じかな。」
次に俺は焼いたパンの上に狼の肉をのせて食べてみた。
──── アング、ガッブ、ガッブ、ゲホッ…。
「今回は仕方ないとして、パンに挟むなら、もっと肉を薄くスライスさせないと食べずらいかな。」
そして予想通り、焼かれて乾いた黒パンが程よく肉汁を吸って食べやすくなっている。
なるほど、冒険者飯ってきっとこういう感じなんだろうな、と勝手に納得する。
さらに俺は、この焼いた消し炭パンは、焼肉を挟むか乗せて一緒に食べるだけでなく、ブルスケッタのようにパテ状にした肉を塗って食べるのも合うのではと閃いた。
ほら、あるじゃないか、いいパテ肉が。
…ふわふわで濃厚な、角カエルの肉だ。
すでに堅パンの時でも実証済みだが、こっちの黒パンでも合うはずだ。
◇
俺はじーっと狼の肉を見ながら、ふと思いついた。
赤ワインの渋い雑味は、狼の赤身肉と相性が良いようだ。野菜があったら一緒に煮込むともっと美味いかもしれない。
そうか、同じ理由でもしかしたら角ネズミ肉も、ワイン煮にすれば食べやすくなるかもな、──と。
俺は少し考えて、まず角ネズミの肉をミニ深鍋で赤ワイン煮にしてみた。
……うん、あの泥臭い臭いが消えて、少し酸味のあるスパイシー風味な肉になるようだ。こりゃいいな。
胡椒を加えたらもっと美味くなるんだろうが、今回は調味料なしでそのまま煮汁と一緒に採取袋に入れて保存した。
そして焼き終わったフライパンに残った狼肉の脂と赤ワイン、さらにこちらは魔物肉ほど味が濃くないので少し
少しとろみのあるソースが狼肉に馴染むまで少し放置してから、
アツアツのままでも保管できるのも、この採取袋の便利な点だ。
◇
…頑張って使ってみたが、革袋に少しワインが残っている。
せっかく少量のワインが残っているんだ。残りは…飲んじゃおう♪
(…俺、今は5歳児なんだけど。
いやいや、水が貴重なこの環境、きっと少量なら飲酒も許される…はず。)
無理矢理自分を納得させてから、革袋からコップに赤ワインを注ぐ。
──── くぴぴっ…。ごっくん。
「うん、俺、やっぱり飲むなら白の方が好きだな…。」
って、あれ?、俺、何言ってるんだろう?ワインの味を覚えているのか?
そうか、記憶を失っても嗜好みたいなものは変わらないのだろうな。
「──── そうすると元の俺は、少なくとも飲酒可能な大人だったのかな?……ヒック。」
──── ごっくんごっくん。
まずは何と言ってもこの
「この
ねっとりとした舌触りが、適度に口の中に余韻を残す。
塩以外の別のスパイスも使っているみたいだから、本当に高級
──── ぐぴぴぴ…。ごくごっくん。
──── パクパク。
次はウサギ肉とカエル肉に挑戦だ。
「うーん、
赤ワインの渋みが余計な脂を流してくりぇる…。」
──── くぴっ。…ごっくり。
想像通りだにゃ、角カエルのパテは黒焼きパンにも合うにゃ。
ヤバい、手も口も止まらない…。
それにしても、久しぶりの酒の味に、つい飲み過ぎたらしい。少し頭がクラクラする。
…って、たったコップ2杯なんだけど。子供の体には効きすぎるのかな?
うん、…身のあんじぇんのためにも、やっぱり…禁酒にしたほうがいいかにゃ。反省。
隔儚記 嘉会 @schwarzekats
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