第8話 一転攻勢

 スライムの津波が、通路一杯に追いかけてくる。


「走れぇぇぇ!」

「これ、邪魔!」


 俺を追い抜いた鈴木が、背中のジェラルミンシールドを捨てようとしている!!


 ソレを捨てるなんてとんでもない!

 俺は咄嗟に手で押さえた。


「待て待て!」

「んだよ? 無理だっての! 重い!」

「俺に考えがある!」


 このままじゃ、ジリ貧だ。

 ソイツがなければ困るのだ。

 少しだけ耐えてくれ!


「ちっ! 貸しだぜ!」

「かしこまり!」


 倍にして、返せる!


 この盾は重い。

 気力を振り絞って走る鈴木に、安請け合い。


 そして、通路を抜ける。

 俺達は、別の部屋まで辿り着いた。


「そんで、どーすんだ!?」

「盾を貸せ!」


 俺は、鈴木から盾を奪うと横にして通路を塞ぐ。

 ジェラルミンシールドの高さは1m強、通路の幅は1m弱。


 通路全体を塞ぐ事は無理でも、横にすれば土嚢代わりには、なる!


 しかし、これではタダの板。

 押し寄せる濁流を防げない。人力で押し返すなど不可能だ。


「クリエイト!」


 即座に魔法でつっかえ棒を錬成。

 ジェラルミンシールドを固定した。


 しかし、コレだけでは足りない。質量に弾き飛ばされる。


「メルト!」


 プラスティックのつっかえ棒を溶かし、壁や床と同化させる。

 そんな魔法が存在する。


 作れるならば、溶かせるのも当然だ。

 だが、普通はわざわざ溶かさない。

 滅茶苦茶マイナーな魔法である。


 放っておいたら微生物が溶かしてくれるのだから、誰も演算能力を使っていちいち処理をしない。


 でもな、こうして接着剤みたいに使うのはどうだ?

 プラスックに埋まるようにして、シールドは完全に地面に固定された。


「来るぞ!」


 鈴木に言われるまでもない。

 通路からスライムの波が押し寄せる。


 ビチャァァァァ!


 ジェラルミンシールドは、見事スライムの波を押し返した!

 ギチギチと音をあげながら、それでも折れる様子は見られない。


 床と一体化したつっかえ棒も同様だ。

 プラスティックは軽くて脆いが、ここまで固められたら何トンもの質量がないと押し込めないハズ。


 だが、ジェラルミンシールドの幅は50cmほど、膝までの波なら防げるが、高波が押し寄せてきたら、溢れ出る。


「デラ・ギア!」


 だから、放つ。次の波が来る前に、

 炎の魔法を!


 ダンジョンの入り口で試した炎の魔法の強化版!


 虚空に浮かぶは、バレーボールサイズの火球。

 フワフワと漂った後、ロッドから放たれる赤色レーザーポインターの示すまま、通路を埋め尽くすスライムの海へと飛び込んだ。


「うぉっ!」

「まぶし!」


 ボッと吹き上がる、強烈な炎。

 薄暗いダンジョンが眩い光に包まれる。


 スライムはプラスティックを溶かす。

 そして、プラスティックは石油製品だ。


 なので、スライムはプラスティックみたいに急激に燃焼する。


 炎こそ、スライムの天敵なのだ。


 ジュゥゥゥ


 ただ、それも続かない。

 スライムだって抵抗する。

 体内のマナをエネルギーに、大気の水をかき集めて消火してくる。


 そう言う知能があるのだ。コイツには。


「だったらひたすら焼いてやる!」


 俺は再び火球を浮かべ、スライムの海へと投げ込んだ。

 徹底的に駆逐してやる!


 20分後。


「ハァハァ、しんど」


 俺達はスライムの津波を防ぎきったのだ。

 そして……


「おい、見ろよ!」


 暇を持て余した鈴木が、スライムが引いた通路を指差すので、俺も重い腰を上げた。


「おぉぉーー!」


 思わず叫んだ。


「大漁じゃん」

「いえーい!」


 ハイタッチ。

 そこには、30個以上のマナ結晶が落ちていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「これ、精算お願いします」


 麻のトートバッグをひっくり返せば、詰め込んだ結晶がジャラジャラと机の上に広がった。


「これを一日で集めたんですか? 一層で?」


 受付のお姉さんの第一声が、コレだ。


「凄いっしょ?」


 鈴木は無邪気にピースするが、お姉さんは信じられないと目を瞠るばかり。


「本当ですよ、動画も撮っています」


 横から言わせてもらう。

 配信はせずとも、動画は撮っているのだ。


 後で、『○○が新人時代のダンジョン初挑戦エピソード vol.1』として公開し、一稼ぎする野望があったりする。


 ちなみに、撮影した動画は俺のサーバーに送信済みだ。

 ダンフォンを返却しても大丈夫。


「確認しますね、少々お待ちを」


 受付のお姉さんが俺達のダンフォンを手に裏へと下がった。


 政府が広く探索者を受け入れて、受付を作り、配信サイトを作り、多大なコストを掛けてまでダンジョンを運営する理由がココにある。

 日々変化するダンジョンをダンフォンを通じて分析する。


 まぁ、そのへんのノウハウは色々と溜まっているのだろう。


 待つことしばらく、興奮した様子でお姉さんが戻って来た。


「凄い映像でした。これはダンジョン研究の資料とさせて頂きますが宜しいですね?」


 宜しいですね。と来たモンだ。

 有無を言わせぬってトコロ。


 しかし、困ったな。

 俺が悩んでいると、ずずいとお姉さんが迫って来た。


「もちろん、プライバシー上問題となるシーンは指定頂ければカットします。ご安心を」

「あー、それなら」


 まずは、途中で出会った女子大生二人の映像。コレはカットで。


 今更だが、彼女達がやたらとビクビクしていた理由が解った。

 ボロボロの姿をオモシロ可笑しく、そしてエッチに配信されるのを心配していたに違いない。まずはその誤解を解くべきだった。

 後で謝らないといけない。


 そう言えば、受付で上着は預かっていないらしい。

 ボロボロの女子大生二人組は帰って来たが、最低限の靴だけ借りてそそくさと帰ったとか。


 受付で買えるライセンス品は高いから、ヨソで服を買ってから、次の機会にジャケットを返してくれるのだろう。

 映像も残っているし借りパクは多分ない。


 そんな事より、撮影した衝撃映像をどうするか、だ。

 悩みに悩んで、俺は一つの結論を出した。


「名前を非公開でお願いします」

「あなた方の名前を、ですか?」

「ええ、映像の提供は問題ありませんが、僕らの名前は伏せて頂けると」


 そうじゃないと、秘密のヒーローになれないじゃない。


「え? 配信をなさっていない? この映像を発表したら一躍有名になれますよ?」

「……うーん」


 その通りだが、そんなんで大人気になるだろうか?

 悩んでいると、小声で鈴木が話し掛けて来る。


「なぁなぁ、今日のを素直に配信してたら普通に人気出たんじゃね?」


 ……言うなよ、俺もちょっと考えちゃったわ。

 そして、受付のお姉さんも困った様子。


「あの、やはり、研究資料としても登録者の名前は必須なのですが……」


 うーん、どうしよう?


「あの、俺達コンビ名をスパイダー仮面として、その名前で登録ってのは駄目ですか?」

「もちろん宜しいですが……」


 そうだ、みんなパーティーで配信して居るのだから、パーティーで撮った映像はパーティーの資産。

 だから、映像をパーティー名で登録するのはおかしくない。


「でも、配信はなさっていないんですよね? そして個人名はあくまで伏せると?」

「まぁ、はい……」


 だが、配信チャンネルもないならば、パーティー名なんか有ってないようなモノ。

 それも、仮のパーティー名扱いだから、受付ですら呼ばれない。


「あの、僕ら、ちゃんとやっていけるようになるまで、友達にバレたくないっていうか」

「……左様でございますか」


 受付のお姉さんは、微笑ましいやら、理解し難いやら、不思議なモノを見る目で見つめてきた。

 まぁ、ソコは良いだろう。


 次は、換金だ。


「結晶が38個。総重量は100グラムで十万円となります。さらに今回の映像の資料的価値を換算し、合計二十万円と査定させて頂きました」

「マジィ?」

「すげぇ!」


 初めてのダンジョンでこんなに稼げるとは思ってもみなかった。


 俺が三分の二貰える約束をしているので、十三万ちょいの収入だ。

 いや、だってハイエンドPCやらの維持費がね? 電気代がやばいのよ


 鈴木だってたった半日で7万近い収入だ。文句はないだろ?

 その鈴木が、さっそく万札を握り締めている。


 オイオイ、それで豪遊ってか? 気が早いぜ。


「……これ、靴代」


 鈴木から、四万円を受け取る。

 うん、まぁね。そんで学ランも溶けちゃったしね。

 あんまり喜んでいませんね。


 あ、受付のお姉さんも可哀想な目で鈴木を見ている。

 違うんスよ! 俺がカツアゲしてるんじゃありませんって!


「では、スパイダー仮面のお二人は、ルーキーは卒業ですね。おめでとうございます」

「どうもー」


 同時に、ロッドやジェラルミンシールドを返却する。

 ダンフォンではなく、自前のスマホに登録したダンジョン証明書のランクがルーキーからブロンズにアップした。


 このデータはダンフォンにアップロード出来る。

 これで、今度からは六層までのドアが開けられるようになったハズだ。


 とは言え、今回でダンジョンの恐ろしさは十分味わった。

 着実に二層から攻略していこう。


 俺が決意を新たにしていると、ちょいちょいと肩を叩かれる。

 鈴木だ。


「あのさ、スパイダー仮面って名前、終わってねw どういうセンスだよ」


 草をッ! 生やすな!

 俺だって適当過ぎて困ってるんだよ!!


「ま、まぁそこはおいおい考えよう」

「まさかのノープランかよ!」

「仕方ねーだろ!」


 ゲラゲラと笑いながら、肩を叩いて喜びを分かち合う。

 俺達のダンジョン初挑戦はこうして成功裏に終わった。


 笑えなくなったのは、ダンジョン挑戦が終わり、一週間後。


 そろそろ二回目のダンジョンアタックを考えようと、鈴木と二人で放課後に集まっていた時だった。


「スパイダー仮面って……」

「噂になってるじゃねーか!」


 俺達が撮ったスライムの津波が押し寄せる映像は、ダンジョン玄人たちから見ても十分に衝撃映像だったらしい。


 コレ、スゲェ?

 一層でこんな事あんの?

 やべぇじゃん

 コレ撮ったのだれ? 話題になってなきゃおかしいだろ!

 当日の一層の配信、全部見たけど見つからねぇ

 え? 配信してないってこと? なのに魔法を連発するってやばくね?

 スパイダー仮面。一体何者なんだ?


「既に噂で持ちきりじゃん!」

「ど、どうする?」


 スレッドをスクロールすると、スパイダー仮面の情報が次々と集まっていた。


 もちろん、全部デマだ。

 だって俺がとっさに思いついた名前なのだから。



 そう言えば、ダンジョンで蜘蛛男のコスプレしてるやつ見たことあるぜ?

 マジ? 俺も見た!

 壁に張り付いてたぜ?

 今度、俺もコスプレして潜ろうかな

 マッ!


「適当だなコイツら」

「だけど、このまま活動してるとバレそうだな」


 思った以上に、配信せずに演算能力を持つ人間は少ないらしい。

 騒ぎの大きさが、俺達の異常性を物語っていた。


「いっそ、マジで仮面でも被る?」

「流石にやばくない? 大丈夫か?」


 いやしかし、ダンジョンの探索は近年停滞し、みんなが未知のヒーローを求めていた。



 ダンジョンで蜘蛛男を見つけようぜ?

 スパイダー仮面だろ?

 絶対、それっぽい格好してるだろ

 マジで楽しそう、おれも蜘蛛男やりたい



 みんなして、新しいオモチャの登場に大騒ぎだ。


「リクエストに応えて、いっちょやるかね? スパイダー仮面」

「楽しそうじゃん、やろうぜ」


 そうして、謎のヒーロー、スパイダー仮面が誕生し……

 そして、無惨に散っていく事になるのだが。


 その話は、また今度。


 第一章 完

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ダンジョンで?配信して?アイドル助けて?うっかりバズる?そんなのあり得ない!いいえ、可能です。そう、プラスティックダンジョンならね ぎむねま @hat0mugi

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