第7話 スタンピード?

 スライムを倒した穴の中、鈴木が二つの結晶を見つけてくれた。


 これで合計五つ。

 早くもノルマの半分を達成した格好だ。


 俺達は先を急ぐ。


「こりゃ、ひょっとしたら今日で一層卒業あるかもな」


 次は俺が魔法を使う番。


 ジェラルミンシールドを押し付けて意気揚々と歩けば、後ろの鈴木がため息混じりに聞いてくる。


「一日で十個って凄いん?」

「まーな、それも午後から潜って即日卒業は聞いたことがないレベル」


 そりゃ、ベテランならもっと大量の結晶を見つけて帰る事もある。


 だが、一層はそうも行かない。


 まず、人が多い。

 一層は、誰でも潜れるし、安全だからお金を拾うつもりでダンジョンに潜るヤツも居るのだ。


 そして、マナが薄いから、そもそも結晶が少ない。


 プラスティックを溶かす微生物は、二酸化炭素もエサにしている。


 だから、二酸化炭素濃度の高い地下に潜るほど、強いマナが渦巻き、強力なモンスターが出現する。スライムだって、6層あたりになると強酸を吐き出すシャレにならないのがわんさか湧くとネットで見た。


「おいー? じゃあ、なんかの間違いでさっきのスライムが6層のヤツだったら危なかったじゃねーか!」

「まぁまぁ、そんなのは聞いたことないから」

「どうだかな」

「…………」


 一理ある。

 言い始めるとダンジョンが出来た事が非常識。今までの常識で測ろうってのが間違っている。ある日突然に、一層にも危険なモンスターが湧き出す異常事態は起こり得る。



 そして、その『異常事態』がまさに起こってしまうのであった。



 それは、初となる他の探索者との邂逅から始まった。


「どもー」


 通路の先へ、鈴木が先んじて挨拶する。

 ランタンの明かりがこちらへ向かって来たのであった。


 薄暗く相手の姿は見えないが、もう十分に通じる距離だ。


 しかし、返事が返らない。

 これは明らかなマナー違反。


 不審に思いつつも、狭い通路。

 すれ違うより他は無い。


 ランタンを掲げ、敵意が無いアピールをして、足を止めて出方を見る。


 相手の姿が見えたのは、手が届くほどの距離になってから。


 人数は二人、恐らくは女子大生の二人組だ。

 背中を丸め、ぺこりと会釈をひとつ。

 無言ですれ違おうとする。


 それだけなら構わない。


 異常なのは、二人の服がズタズタに溶けている事だった。


 ……なんだ? なにがあった?


 凝視していたら、鈴木から肘鉄を食らった。


「おい!」


 服が溶け、露出の多い女子大生。

 ジロジロ見るなと言うことだろう。


 ……だが、知った事か。


 失態を取り返すべく、振り返って声を掛けた。


「あの!」

「ひっ!」


 怯えられてしまったか。

 慌てて革ジャンを脱ぎ、押し付ける。


「良かったらこれ、着て下さい」

「えっ? え?」

「あー、じゃあ、俺も」


 鈴木も学ランの上着を脱いて、もう一人の女性に押し付けた。


「ダンジョンの窓口に預けておいてください」

「俺も俺も!」


 「それ、やるよ!」と言えれば良いのだが、安くない革ジャン、そんな甲斐性もない。


 しかも、コレだって善意によるモノじゃない。

 どうしたって気になるだろう? 彼女達の様子は。


「それでごめんなさい、ちょっとだけ。何があったか訊ねても良いですか?」


 気になったのは、彼女達の装備がそれなりに『知ってる』モノだったから。

 これがポリエチレンのカッパとか、アクリルのセーターだったらダンジョンを知らぬ馬鹿どもと無視していた。


 だが、彼女たちの服はウール混紡のポリエステル素材に見える。

 鈴木の学ランもそうだが、完全に天然素材で固める俺よりも、コイツは玄人が好むチョイスだ。


 混紡ならウール100%より、乾きやすく、軽く、なにより丈夫だ。

 天然素材なら溶けないと言っても、転んで擦り切ってしまえば同じ事。


 ナイロン製のバッグなら30秒地面に置いただけで底が抜けていた、なんて話を聞くが、ウール混紡ならスライムに張り付かれでもしない限りは、そうそう溶けたりしない。


 そうだ、彼女達はスライムにやられたに違いない。


 しかし、全身を?

 足元をヌメヌメするだけのスライムに?


 俺の疑問は、彼女達の言葉で氷解した。


「あの……この先の部屋で、スライムが異常発生してて」

「それは!」


 ピンチと同時に、チャンス。


 それだけのスライムなら、結晶も一杯持っているハズだ。

 色めき立つ俺を見て、控え目に女子大生が訴える。


「危ないですよ。私達もチャンスだと思ったんですけど足を取られて……」

「そうなんですね」


 攻撃能力のない雑魚だとしても、大量に湧き出せば生きた津波と同じと言うのだ。


 すこし大袈裟に聞こえるが、足元をよく見れば彼女の片足に靴はなく、足を取られて慌てて引き抜いた痕跡が見て取れた。


「すいません、引き留めちゃって」

「いえ、ジャケットありがとうございます」


 返してね……と、付け加えるのはやめておいた。

 流石に男物のジャケットをパクリはしないだろう。


 見送った先、すんすんと泣き声すら聞こえてくれば、そんな事を一瞬でも疑った自分のさもしさに腹が立つ。


 だって高いんだもん。高校生には。


 惨めさと決別するべく覚悟を決めて、俺は大きく息を吸った。


「よーし、行こうぜ! 鈴木ぃー」

「津田さん? 良いんすか? 危なくないっすか?」


 いや、なんで『さん』付けで呼び始めるんだよ。

 急に下っ端みたいにして、弱気になるな!


「女の子じゃあるまいし、最悪服が溶けても良いじゃん」

「おめーと違ってこっちは混紡だから溶けるんだけど?」


 うーん、一理ある。


「まぁまぁ、サービスシーンだと思って」

「どこへ向けてのサービスだっつーの!」


 この時代、どこに需要があるかわからんよ?

 え? そもそもサービスしたくない? そうスか。


「学ランだって、安くはねーしさぁ」

「そこはアレ、失った分より稼げば良かろうなのだ」

「まーなぁ、しゃーねー、行くか」


 何だかんだ鈴木も冒険の予感にワクワクしている。

 俺達は慎重にダンジョンの狭い通路を進んでいった。


 そして、いよいよ彼女達が襲われた部屋にまでやってくる。


 さっきの部屋より倍は広い。

 それでも、先が見渡せない程ではないだろう。


「居ないな」

「もう、退治されたかね?」

「逃げただけかも」


 念の為、ジェラルミンシールドを両手に構えた鈴木が先行。

 俺が背後からランタンを翳す。


 ランタンを、右に、左に。

 それでも動くモノは見当たらない。


 どこに消えた? 彼女達の嘘?


 いや、しかし、地面には粘つくスライムの痕跡と、謎のオゾン臭。

 まだ遠くには行っていない。


 その時、頭上から、雨。


 雨??


 洞窟で?

 あり得ない!


 俺はランタンを上に掲げた。


「鈴木! 上だ!」

「クソっ!」


 鈴木が咄嗟にシールドを上に構えると、その上にべたりとスライムが落ちてきた。


「囲まれるぞ!」

「逃げっべ」


 次々と落ちてくるスライムを杖で払い、取って返す。

 だが……


「は?」

「やっべ!」


 良く見れば、俺達が入ってきた入り口の真上。

 巨大なスライムが張り付いている。

 まるでトラップ。


 逃げられぬように、待ち構えていたのだ。


 スライムのくせに! 考えやがって!


 今まさに、天井から一抱えもあるスライムがのっそりと落ちてくる。

 このままじゃ、出口を塞がれて、詰む!


「どっりゃぁぁぁ!」


 俺はダッシュで走り込み、金属のロッドを構え、思い切りフルスイング。

 ロッドは落ちてくるスライムを見事に捉え、勢いのままに振り抜いた。


 パァンと景気よく、スライムが弾け飛ぶ。

 雨あられと、スライムの残骸が降り注ぐ。


「ぺっぺっ! 何しやがる!」

「文句言うな! 逃げるぞぉ!」


 シールドを傘にした鈴木はともかく、間近で爆発を受けた俺はビチョビチョだ。

 天然素材だから溶けないが、気持ち悪いのは変わらない。


 俺達は部屋から転がり出る事に成功した。


「ハァ、ハァ」

「しんどー」


 通路の中、膝に手を付き、肩で息をする。


 なんとか逃げ切った。

 さっきの女子大生だって逃げおおせたのだ。

 ここまで追っては来ないだろう。


 そう思って振り向けば、ランタンの明かりが照らし出したのは、津波のような濁流が通路の中まで殺到してくる光景だった。


「走れぇぇぇ!」

「ぐえぇぇぇ」


 全力でダッシュ。


 ダンジョン初日にして、恐るべきピンチ。

 こんなのアリかよ!


 切羽詰まる思考とは裏腹に、現実逃避のような思考が巡る。

 なにせ今、ダンジョンの謎が一つ解けたのだ。


 人間すらも通れる通路。

 暮らせる程に広い部屋。

 微生物には過ぎたサイズだ。


 この巨大スライムが溶かして作ったに違いない!


 と、言う事は、その気になれば奴らはどこまでも追ってくる!


 そして、服が溶けても死なないが。

 水に溺れれば人は死ぬ!


 圧倒的な質量を前に、人は無力だ。


 やべぇぇぇ!!

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