第6話 伝説のエッチなスライム ※ただし……
「しかしこれ、不思議だよな」
ダンフォン片手に先を歩む鈴木が首を傾げる。
「はぁはぁ、何がよ?」
「お前、体力ねぇなぁ、ダンフォンだよ。地図が出るだろ?」
「鍛えとくよ、そんで地図がなに?」
そりゃ、地図ぐらいあるだろ。
ローグ系ゲームなんぞは毎回ダンジョンの構造が変わるが、このダンジョンは現実だぞ。
一度、測量すれば
しばらく。
微生物がプラスティックで固めた壁を溶かせば、ダンジョンの形が変わる事だってある。
それにしたってそこまで急じゃない。
みんなでダンジョンに潜っているのだ。
少々形が変わってもスグに対応出来る。
地図がある事に、何の不思議があるのやら。
「いや、現在位置もわかるじゃん、これ」
「あーなるほどね」
言いたい事が解った。
GPSだ。
衛生の電波が届かない地下で、どうして現在位置が解るのかってな。
「ダンジョンじゃ、携帯の電波で位置を測定しているんだわ」
「電波で?」
そう、配信が出来るって事は電波が届く
普通のスマホだってGPSだけでなく電波との合わせ技で位置を特定している。
複数の基地局から電波が到達する時間差で、今居る位置が解るのだ。
更に、ダンフォンでは他のテクノロジーだって併用している。
「モーションセンサーや気圧センサ、カメラの映像も使って場所を補正してるっぽい」
「へー」
へーって、興味なさそうだな。オイ。
「いや、良く考えたらよ、そもそも電波がバリバリ届くのがおかしくね?」
「今更かよ」
鈴木め、ダンジョンテストをどうやって突破したんだよ。
流石に常識だろ?
「もともと、ここはプラスティックゴミを捨てる為に作った施設じゃない。それは良いよな?」
ゴミを捨てるのに、2000メートルも掘る必要がないだろう?
「まぁな、CSSだっけ?」
「そりゃ、スタイルシート」
ホームページでも作るんか?
「CCSだよ」
「ああ、それそれ」
Carbon dioxide Capture and Storage
横文字は解らんってか? 俺も解らん。
要は、二酸化炭素を地下に捨てる技術のこと。
2026年、東京の夏は連日40度を超えていた。
朧気ながら、今よりずっと暑かったのを覚えている。
そこで、温暖化の原因である二酸化炭素を地下深く、2000メートルの地底に捨てたってワケ。
捨てると言うと乱暴に聞こえるが、二酸化炭素を大量に吸収する触媒が開発されたからこそ、なんとか可能になった当時の最新技術であった。
それがCCS。
最初の最初、それこそがダンジョンの始まりだ。
「それが電波が入るのと何の関係があるんだよ?」
「話は単純、CCSで開けた小さな穴に、今はアンテナを突っ込んでいるんだな」
だから、電波が通じる。
何本ものアンテナが、ダンジョンを貫いている。
「ふぅん、つまり、その穴は一直線にダンジョンの最下層まで貫いてるって事か?」
「そうなんじゃね?」
そうでないと成り立たない。
「だったら、その穴を下ればダンジョンの最下層に行けるじゃんか」
「二酸化炭素が通る小さい穴だしなぁ……」
人間なんぞ通れない。
地質測定用のボーリングの穴よりずっと小さいんじゃないか?
「それに、最下層に行くのが目的じゃないしな」
「え? 行きたいって言ったじゃん」
「いや、俺は行ってみたいけど、政府にしてみりゃ地下に行けば良いってモンじゃないからな」
プラスティックを溶かす謎の微生物。
そして、マナで変異した怪物達。
コイツらはどこから来たのか? ダンジョンの外に溢れ出る可能性は?
それが政府にとって最大の関心事。
最下層に到着するのが目的ではないハズだ。
「なにより、最下層は二酸化炭素だらけで呼吸も出来ないハズだぜ?」
「あぁ~! そう言う事かよ」
「それに、変に穴を空けまくってさ、折角貯蔵した二酸化炭素が外に漏れ出したらコトだぜ」
二酸化炭素は空気より重い。
だから、放置しても地下に溜まってくれている。
だが、浸水したり、地震があったりして、万が一にも溜めた二酸化炭素が出てしまったら元の木阿弥、大惨事だ。
そうした世論を受けて、政府は二酸化炭素が漏れないように対策した。
「そんで、100mごとに液状化したプラスティックを薄く広く流し込んで、蓋をしたワケよ」
「そのプラスティックがダンジョンになっちまったってワケか」
「そ、だから直接プラゴミを捨ててた1~6層が一番デカくて、それより地下はそう広くないハズだ」。
きっと、おそらく。
その割に、政府がダンジョンを制覇したって話が聞こえてこないのが気になるが……
まぁ、それはいいだろう。
突然に中国がプラゴミを受け入れを中止、当時は日本中でプラゴミがパンパンだったらしい。
だから、CCSのために掘っていた穴を拡張し、慌ててプラゴミを押し込んだってワケ。
それがダンジョン発生という新たな惨事を生んでしまったんだから笑えない。
お陰で俺は楽しんでるけどな。
と、話していたら次の部屋に辿り着いた。
今度は学校の教室程度の大きさだった。
さっきより天井が低い。
味を占めたので、二人でランタンを翳し調べる。
「なんもねぇな」
「そーだな」
鈴木が言うとおり、そもそもが学校の教室程度の大きさなので見て回るのも一瞬。
この部屋には何もない。
いや、本当にそうか?
「見て見ろよ」
俺はデコボコした壁を指差す。
「なんだよ? ここが隠し通路とか?」
「違う、良く見て見ろ。何かが溶けたみたいじゃないか?」
「コレって」
#が連続したような壁の紋様。
######
明らかに自然のモノではない。
これは?
「ひょっとして、ハシゴか?」
「恐らくな」
誰かが、ここでハシゴを『クリエイト』したのだ。
クリエイトで生まれるのは、マナから出来た純粋なプラスティック。
放っておけば微生物に分解されて、再びマナへと還る。
この溶けかけたプラスティックは、使い終わったハシゴを壁にかけたまま放置した。その結果だ。
「って事はよ?」
「あるだろ、通路が」
俺達はもう一度部屋を回る。ハシゴがあるって事は天井?
いや……そうではなかった。
「あったぜ、穴だ!」
鈴木が見つけた。
部屋の隅にぐずぐずに溶けたプラスティック。
その下には空間が覗いていた。
プラスティックで蓋をして封印したのか。
マナ結晶が見つかるオイシイ場所。
そんなモノがあったら、隠すヤツらも出てくるってワケ。
しかし、雑だ。
まるで出来の悪い落とし穴。
「オラァ!」
鈴木が思いきり踏みつければ、ガコンと音を立ててプラスティックが落下する。
「あんまり広くはなさそうだぜ?」
床下を覗き込む鈴木がランタンを翳す。
地下には狭いスペースがあるようだ。
そして、これは確かに足場となるブロックじゃダメだ。
狭すぎる。
ハシゴを錬成する必要がある。
「クリエイトってどうやんの?」
「3Dプリンターのサイトからデータを持ってきて拡大。こう」
「結構面倒だな」
そりゃな、ダンジョン用の巨大なデータなんてない。
ある程度準備してくるべきだった。
「中身をハニカム構造にしろよ、スカスカはもちろん、ギッチリ詰めたら時間がかかる」
「おうよ」
鈴木もITリテラシーが低い訳じゃない。
あっさりとコツを覚えて、その場にハシゴを錬成しはじめた。
「コレ、なんか感動するな」
「だろ?」
何もない空間にモノが発生するのは本当に『魔法』という気がする。
こんなのはライトノベルにもそうそう無かった。
炎を出したり、氷を飛ばしたり。
土魔法だって、土を変形させて発動するのがほとんど。
何も無い空間から、プラスティックが出現するのは不思議な光景だ。
「よっし」
出来たハシゴを穴へと運ぶ。
「コレ持っといて」
「うい」
使い終わったロッドを受け取れば、俺はジェラルミンシールドと共に抱える格好になった。
重い。もう動けない。
一方で身軽になった鈴木は、軽快にハシゴを降りていく。
「いってきまーす」
「いってら」
俺はお留守番。
狭い空間に二人で降りたらギュウギュウだ。
きっとパニックになっちまう。
「やべぇ! 敵だ! うぉぉぉぉん」
そう、ちょうどこんな感じで。
ガコン、ガラガラ。
ハシゴが倒れる音。
あーあ、これじゃ脱出も出来ない。
知ってた。
階下から悲痛な叫び。
「津田ぁ! 助けろぉ!」
「はいはい」
何度も言うが、一層には危険なモンスターは居ない。
だから、鈴木の足元でうねるのは、スライム。
それも、安全スライムだ。
「ほら、ロッド」
今は鈴木のダンフォンとリンクしているから、俺は魔法を使えない。
ロッドをやるから自分でなんとかしなさい。
「いや、足まで来てるから! 魔法なんて無理!」
無理じゃないが。
「別に焦る事はねーよ、お前も散々お世話になった類のスライムだ」
「は? 世話に? スライムの親戚なんざ居ねぇよ!」
いや、世話にはなったハズだ。
コイツらは薄い本の常連。エッチなスライムなのだから。
「魔法が無理なら杖で刺せよ」
真ん中にコアがある。
正確に撃ち抜く必要もない、適当に刺せば大体死ぬ。
「おりゃ! クソッ! 飛び散りやがった!」
でも、飛び散るんだよな。
狭い場所では出会いたくない。
俺は鈴木にアドバイス。
「おーいズボンに付いた? すぐに払った方が良いぞ?」
「え? なに?」
「溶けるから」
「おい、コレヤベェぞ!」
ヤバくない。
丈夫な学ランがジュウジュウ溶けるなんて、普通に考えたら強酸だろうが、そうじゃない。
学ランがウール混紡だから、ポリエステル繊維が溶けているだけ。
石油由来の製品を溶かす微生物。
その集合体がスライムだ。
つまり、服だけ溶かすエッチなスライムである。
「服だけ溶かすスライムなんてあり得ない」
そう思っていた時期が、僕にもありました。
だって、ウールなんか羊の毛だろ?
人間の毛は溶かさず、羊毛だけ溶かすスライムなんて考えられない。
スライムに髪の毛溶かされて、つるっパゲになった女の子なんざ、薄い本で見たこと無いからな。
でも、化学繊維を溶かすスライムなら、そんなフィクションも現実になる。
現代の衣服は、かなりの部分が化学繊維なのだから。
まさか、エッチなスライムがリアルに存在するとは。
なるほど、人間が想像できることは、必ず実現できるとは良く言ったモノだ。
ただ、服を溶かされているのが同級生の男ってのは、想像を超えた試練。
「くそっ、穴が空いちまったじゃねーか」
とは言え、鈴木のズボンはそこまで酷い事にはなっていない。
裾に穴が空いた程度だろう。ウール混紡だし。
俺は階上からまったりと声をかける。
「需要のないサービスシーンが終わったら結晶を探してくれよ、スライム倒すと出るらしいから」
「くっそー高見の見物しやがって」
いや、お前が確認せずノリノリで降りるからだよね……
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