第5話 コレが俺の魔法だ!

 ダンジョンを無造作に歩く。


 一層には危険なモンスターなど居ない。お散歩だ。

 コレで景色が良かったらピクニックなんだが……


 真っ暗で真っ黒だ。


「話には聞いてたけど、地味だな」

「ベコベコ音するし」


 歩くたび、足元から軽い音。


 一見、岩のようなゴツゴツした地面だが、プラスティックの燃えカスだ。

 微生物が分解出来なかった難燃性の炭である。


 真っ黒な炭の上を歩いてるようなもので、面白みに欠ける。


「ちっと怖いが、ランタンの電気を落として良いか?」

「アレか? よっし、見てみようぜ?」


 ダンジョン名物の確認だ。


 俺達は腰のランタンを操作し、消す。

 途端に光は失われ、暗闇が広がった。

 果てしない静寂と孤独。


 だが、慌てず騒がず。


 十秒ほど目を閉じてから、ゆっくりと目を開く。


「おぉー」

「綺麗だな」


 これが噂に名高い、ダンジョンの星空。


 暗闇に慣れた目は、微妙な明かりを捉えていた。


 洞窟の中、輝く粒子が舞っている。

 まるで、星雲の中に飛び込んだよう。なんとも綺麗な光景だ。


 プラスティックゴミに混じった蛍光塗料やLED素子が、マナに反応して微妙に光るのだそうだ。


 もしランタンを壊しても、暗闇に立ち往生ってのはなさそうだ。


「じゃあ、ランタン付けるぞ」

「あぁ! もうちょい見ていたかったのに」


 そう言われても、ダンジョンで敢えて明かりを付けないのは不審者だ。

 なにより、退屈。


「後にしようぜ、一層を何ヶ月も探索するの俺は嫌だぜ? さっさと初心者は卒業したい」

「情緒がねーなぁ、未知にワクワクしねぇのかよ」


 いや、未知じゃないからな。

 こんなのは何度も映像で見ているだろう?

 白い目を向ければ、鈴木は肩を竦めた。


「いやいや、やっぱ、こういうのは自分の目で見るのが大事って言うかさぁ」

「んなもん、もっと面白いモンが幾らでもあるだろ、ダンジョンだぜ?」

「言うじゃねーか、見せてくれよ」

「いいぜ、ちょうどおあつらえ向けの場所に出た」


 通路を抜けて辿り付いた先は、天井が高い。

 ちょっとした空間だった。

 バスケットコートぐらいのサイズはあるだろう。


 ダンジョンにはこうした部屋が幾つもある。

 しかも、それらが通路で繋がって、まるでアリの巣のような構造をしている。


「こりゃあウチのマンションよりずっと広いぜ。いっそ引っ越すか?」


 鈴木の冗談の通り、まるで部屋のよう。

 これは不思議だ。


 ダンジョンは微生物がゴミの山を溶かして、固めて、作ったモノとされている。

 だが、微生物にこんなデカい部屋や人間が歩ける通路が必要か?


「ご近所トラブルがなきゃ良いけどな」


 だから、シニカルな俺の返事だって、冗談で済むかどうか怪しい。

 まだ発見されていないだけで、実は地底人でも居るのではないかと思ってしまう。


「おっかねーな、やっぱ引っ越しは辞めとくぜ、トイレに行けなくなっちまう」

「クソなら見えないトコでしろよ」

「するかよ」


 そんな軽口を叩きながら、部屋をぐるりと見て回る。


 こう言う天井が高い場所は、複数の通路が交差して出来ると言う説がある。

 実際、見上げれば天井付近に横穴が空いていた。


 ダンフォンを確認。

 載っていない!


 口元が緩むのが止められない。

 俺は、これを求めていた。


「ほら、あったぜ鈴木、地図にも載ってない未知の発見がよ!」


 ダンフォンのマップと照らし合わせ、未知の通路にはしゃぐ俺。

 一層でも、まだ探索されていない所は十分にあるらしい。

 しかし、鈴木は渋い顔。


「当たりめぇだ。あんな所まで上がれねーだろぉ?」


 それはそう。5mぐらいの高さがある。


 上れない高さに空いた横穴なんて、わざわざ地図に記されていないのは当然。

 こんなモンは、他にも無数にありそうだ。


「でも、ああいう所を探索するの、ワクワクしないか?」

「つってもよぉ? ハシゴもロープも持ってきてねぇぞ?」

「必要無いって」

「マジぃ?」

「マジ」


 だって、俺達には魔法がある。


「足場がないなら、作れば良いんだ」

「おいおい、カボチャの馬車でも出すのかよ?」


 信じようとしない鈴木の目の前、

 俺はロッドを掲げ、ダンフォンを起動。


「クリエイト」


 呪文と同時、無数の赤色レーザーが空間を舐める。

 それらが一点に集約し、バチバチと爆ぜる音。


 もちろん、ただのポインター。

 コイツ自身が火花を散らしているワケじゃない。


 座標を指定し、その空間に魔法で物質を構築しているのだ。


「ひゅう! まるで3Dプリンターみてぇだな」

「まんま3Dプリンターだよ」


 ダンフォンで形状を指定。ロッドで座標を確定。


 立方体をその場に出力している。


 違うのは、普通の3Dプリンターは溶けたプラスティックを噴射して立体を構築しているのに対し、魔法は発動させただけでその場にプラスティックが湧いてくる。


 そうだ!

 プラスティックが分解されて、マナが出来るなら

 マナをプラスティックに戻すのも、また可能という事。


 それこそが、クリエイトの魔法。


 何もなかった空間に……

 ブロックが出現していく!!


「話には聞いてたけどよ、プラスティックの錬成なんて、何に使うのかと思ってたぜ」

「俺はこの魔法に一番ワクワクしたけどな」


 俺がダンジョンを潜りたかった理由のひとつだ。

 その場その場で自由に欲しいモノを作れる。

 応用範囲が無限大だろ。


 まさに夢の魔法だ。


「でも、プラスティックだけだろ?」

「そりゃそうだ」


 だが、それでも、使い方次第で何でも出来るんじゃないか?

 強度は? 粘度は? 糸状にする事は?


 色々とデータは公開されているが、実際の使い勝手なんざ、試してみないと解らない。


「出来たぜ!」


 あっと言う間に、一抱えもある箱が出来上がった。


「この箱の中身は?」

「ねぇよ、空っぽだ」


 プラスティックで中をギッチリ詰めようとしたら、何十分と掛かるに違いない。

 とは言え、スカスカではない。

 それでは強度が足りない。


 中身はハニカム構造で蜂の巣のようになっている。


 さぁ、どうだ?


 俺は箱に足をかけ、立つ!


「乗れた!」

「楽しそうじゃん」

「まぁな」

「じゃあ、ガンガン作れよ」

「あいよ」


 ここまでくれば、鈍い鈴木だって俺が何をしたいか解ったようだ。


 おなじような箱を次々と錬成し、階段状に並べていく。

 階段状っていうか、そのまんま階段だ。


 一段一段が高いから、三段目を作ったところで5m上に空いた横穴に手が掛かる。


「よいしょっと」


 重いロッドもシールドもうっちゃって。

 着の身着のままでよじ登る。


 さぁ、未知の通路。

 この先には一体、何があるのか??


「……まぁ、そんなもんか」

「おい、なんだよ? 何があった?」


 俺は、遅れて這い上がってきた鈴木に肩を竦め、通路の先をアゴで示した。


「おいおい、無駄骨かよ」


 現実は非情だ。

 ランタンを翳した通路の先は、あっさりと行き止まりになっていた。


「そうでも、ないみたいだぜ?」


 だが、全くの無駄じゃない。


 通路の突き当たり、目当てのモノが落ちていた。

 青色に薄く輝く、おはじきみたいな透明な石。


「コレが??」

「そう、マナ結晶」


 マナが結晶化したもの。

 これを十個集めるのが一層卒業の条件だったりする。

 パーティーで十個。

 なので、アイドルの女の子なんてスタッフに任せて本当にお散歩していただけの可能性は高い。


 そうだ、一層の攻略に、戦闘などは必要無いのだ。


「三つもあるじゃん」

「誰も来てなかったんだろうな」


 行き止まりはマナが吹き溜まって結晶化するらしく、狙い目とは聞いていた。

 それにしても三つはラッキー。


 グラム千円で売れるので、その辺にポンポン落ちてるモノじゃない。


 ただでさえ俺達みたいに午後から潜ると、めぼしい行き止まりは探索され尽くしている。

 そうやって夜の間に結晶化したマナを朝一で回収するのが一層攻略の早道で、パチンコ店よろしく、早い者勝ちの開店ダッシュは良く見る光景。


 そんな裏技にたよらずにまったりとダンジョン攻略をしようものならどうなるか?

 結晶が全然見つからず、何ヶ月も一層を潜るハメになる。

 一年越しのルーキーパーティーもいるぐらいなので、これは幸先抜群と言える。


「じゃあ、次行こうぜ」

「おう」


 一個2グラム、三つで六千円だろうか?

 今の俺達にとっては最高レベルのお宝だ。


 再びブロックを足場にし、地面に戻る。


 改めて見回すと、来た道を除けば、ぽっかり空いた出口が二つ。

 分かれ道ってヤツだ。


 いよいよダンジョンらしくなってきた。


「なぁ鈴木、どっちに行く?」

「どっちでも良いぜ、好きにしろよ」


 アレだけのラッキーの後だというのに、鈴木は露骨にテンション低い。

 振り返ると、ウンザリした様子でジェラルミンシールドを担いでいた。


 なるほどね、自分で魔法が使えないならテンションも落ちるか。

 俺はロッドとダンフォンを差し出した。


「鈴木よ、そろそろ変わるか? コレ俺のPCと同期してあるからよ」

「マジ? いいの? よぉーし! いくぞー」


 途端にご機嫌になった鈴木は、俺からロッドを奪い、シールドを押し付けて歩き出す。

 あまりの変わり身の早さに、思わず苦笑が漏れた。


「オイオイ、現金だな、そんなに楽しみかよ」


 やっぱ鈴木も魔法が使いたかったらしい。

 あのクリエイトの魔法を見りゃワクワクするよな。


 しょうがねぇ、アイツのサポートしますかね。

 と歩き出そうとして、足が動かない。


 振り返った鈴木が、そんな俺をすまなそうに見つめる。


「いや、だって、それ重いんだもん」

「あ、うん」


 鈴木のやつ。

 心がワクワクというより、足がガクガクだったらしい。


 何度も言うけど

 このジェラルミンシールド、重すぎない?


 うーん、今度からシールドを借りるのは止めよう。

 万が一のピンチの為に借りたんだが、まず俺たちの足がピンチ。

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