第4話 アイドルを助けてバズりたい

「具体的に説明すると、人気アイドルがダンジョンでピンチになったとき、どこからともなく俺達がサッと現れて――」

「待て待て待て、なぁに中学生の妄想みてーな事言ってんだ、無理だろ」


 鈴木に止められてしまった。


 ……まぁ、な。

 荒唐無稽である。


 だって、人気配信者ってヤツはそれだけ『演算能力』を持っている。

 まして、芸能人ともなればスタッフもゾロゾロと引き連れている。


 そんな彼らに横からしゃしゃって、何か助けになるかって言うと相当怪しい。


 加えて、鈴木はこの作戦の最大最悪の問題点。

 その核心を容赦なく突いてくる。


「よしんば上手く行ってもよぉ? 僕達の好きなアイドルを助けてくれてありがとう! お前が英雄だ! 今度からお前も応援するよ! とはならねーよ、嫉妬で怒り狂うわ」

「サモアリナン」

「なんでカタコトなんだよ」


 響きが面白くてね。

 サモ・アリナン、享年42歳。


「おいぃ、真面目にノープランなのかよ?」

「いやいや、つまりアレだろ? アイドルのピンチに見ず知らずの男がひょっこり現れて、颯爽とアイドルを助けたとして……ソレで人気が出るかって話だろ?」

「出るわけねぇんだよなぁ……」


 確かにそうだ。


 だが、見ず知らずではないとしたら、どうかな?


「プランはこうだ、まず俺達は配信をしていない。なのに、俺の超絶PCの演算能力がある。だから、俺達は『謎の魔法使い』になる訳だ。ここまでは良いか?」

「謎の魔法使い?」

「そう、謎の魔法使い」


 これまた中二溢れる言葉だが、事実だ。

 敢えて配信せずに潜っている人間は少ない。


 ダンジョン専用の配信サイトと、分散コンピューティングの仕組みまで提供されているのだから当然。


 自衛隊を抜かせば、ほとんど全ての探索者が配信しているだろう。

 研究機関であっても演算能力を稼ぐために積極的に配信をしているぐらいだ。


「だが、手持ちのPCだけってのは、悪い事ばかりじゃない。ボタン一発で演算能力を発揮出来る。配信のラグがない」

「まぁ、理屈は解るけどよぉ」

「上手く魔法を使いこなせば、変わった奴らが居るって噂ぐらいは立つハズだ」

「ほぉーん」

「今日だって、敢えて人が少ない時間を狙ったんだ。まだあまり目立つべきじゃない」

「なるほどな、うっすら読めてきたぜ」


 こういう事に関して、鈴木は馬鹿じゃない。

 話の筋が読めたらしい。


「要は、秘密のヒーローになろうってワケだな」

「まぁ、そう言う事……か?」


 端的過ぎる。


 でも、そうだ。間違ってない。

 適当な仮面でも被って、正体を隠し、人を助ける。


 芸能人のピンチにサッと駆けつけるなんてのは難しいとして、だ。


 困ってる奴らの元へ現れて、

 ちょっと手助けをして、

 何も言わずに去って行く


 そのぐらいはきっと出来るだろう。


 コイツら、前も見たぞ!

 今度は△△さんの配信に映った!

 何が目的なんだ?


 そんな様子で、ひとしきり噂になった後、なるたけ良い場面で自然に正体がバレる。


 え? こんな高校生が?


 と、そんな感じになればしめたもの。

 ひょっとしたら人気が出るかも解らん。


「そう上手く行くかよ?」

「まぁ、チャレンジしてみようぜ? 他にやりようがあるとは思えない。俺のマシンスペックを活かせるとしたら、この可能性に賭けてみたい」

「まぁ、それしかねーかもな」


 そんな事を話していたら、ようやく一層に辿り着いた。


 大きな踊り場、壁面のスチール扉が存在を主張する。

 この先が一層だ。


「行こうぜ?」

「ああ」


 ピッ!

 壁面のパネルにダンフォンを翳すとロックが外れた。

 さぁて、いよいよダンジョン!


 俺の魔法のお披露目だ!


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ピピピッ


 重いスチールの扉を潜った先、ロッドが鳴った。

 ロッドの先端に付いた宝玉(コーティングされたLEDライト)が青から赤に変わる。


 マナだ!


 ここにはマナが満ちている。


 それを見て、鈴木が目の色を変えた。


「ひょっとして、もう魔法使えんの?」

「多分、な」


 そう、演算能力で魔法が使えると言っても、どこでもと言うわけでは無い。


 魔法が使えるのはダンジョンだけ。

 ダンジョンに満ちるマナが必要なのだ。


「ちょっと魔法使わせてよ」

「お前が?」


 ダンフォンを片手に訴えるが、鈴木のスマホはまだ俺のPCと同期していないハズだ。


「いやさ、俺んちのゲーミングPCに同期させたんだわ。うちのかわいこちゃんがどんだけパワーがあるか見てみたい」

「かわいこちゃんって……」


 古いねぇ。


「いいけどよ、お前のかわいこちゃん一台じゃ、相当しょぼいと思うぜ?」

「まぁ見てろよ」


 鈴木は俺からロッドを奪うと、代わりにジェラルミンシールドを押し付けて来た。


「これ意外と重いな?」

「だろ? しんどかった。そんで、どうすんの?」

「まずボタンを押して、ロッドとダンフォンを同期」

「ふんふん」


 鈴木がロッドを叩けばピッと音がして、ロッドのLEDが明滅する。

 続けてダンフォンを操作すると、点滅が止まった。

 同期完了だ。


「で、演算?」

「その前に、ロッドが採取したマナのパターンを送信」

「これ?」

「ソレ」


 画面をポチポチと、ようやく演算が始まった。

 と、その前に気がかりがひとつ。


「いきなり大魔法とかじゃないよな?」


 だとしたら、個人のPCなんかじゃ何時間経っても終わらない。


「馬鹿にすんな、まずは発火よ」

「おっけー」


 良く見れば、ロッドの宝石部分に魔法陣が浮かび、円形のゲージがゆっくりと溜まっていく。

 これが溜まると、魔法が発動するのだろう。中々凝っている。


 そうして、開始から二分後、ようやく演算が完了した。


 鈴木が構えるロッドからレーザーが迸る。


「ラ・ギア」


 そして、呪文。


 ボッ! っと炎が立ち上るものの、スグに消えてしまう。


「おおぉぉぉ!」

「…………」


 感動している鈴木には悪いが、ちょっとしょぼいと思ってしまった。

 ガスに火を付けたのと何も変わらない。


「プロパンみたいな火だな……」


 いや、鈴木もしょぼいと思っていたようだ。

 肩を叩き、慰める。


「マナって存在が、もともとガスみたいなモンだからな」

「そうなの?」

「そうだよ」


 プラスティックを捨てた大穴に、プラスティックを分解する未知の微生物が繁殖していた。

 ぽっかり空いた大穴にいつの間にやら溜まっていた未知のエネルギー。


 それがマナだ。


 プラスティックで出来たガスみたいなもん、ってのも納得だろう。


 ただし、普通のガスでは考えられない性質も持っている。

 それは、これからゆっくり確かめていけば良いだろう。


 そう思っていたら、鈴木がロッドを押し付けて来た。


「なぁ、同じのをお前のPCでやったらどうなんの?」

「発火を?」

「そっ、どんぐらいで発動すんのかね?」


 そんなん、決まってるだろ。


 ダンフォンを操作して、ロッドと再同期。

 マナパターンを送信して、演算開始をクリック。

 一瞬で溜まったゲージを確認し、詠唱。


「ラ・ギア」


 赤色レーザーが放射されると同時、魔法の火が迸る。

 ここまで全てがノータイム。


「は?」


 鈴木が呆けた顔をする。

 いや、間抜け顔はいつもの事か。


「いや、早ぇ!」

「当たり前だろぉ? じゃあ、先行くぜ?」


 鈴木を置き去りに、何でもない風に歩き始める。


 いやー、これは気持ち良い!

 俺のマシンの演算能力は、その辺のPCなんぞとは比べものにならない。


 足取りも軽やか。


 その足が止まる。


「あの、鈴木さん? このジェラルミンシールド持って頂けませんか?」

「……重いよな、それ」

「ハイ、とても……」


 ロッドまで抱えると動けねぇ。

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