第3話 プラスティックダンジョンへようこそ
「まずは潜ろうぜ? 細かい話は移動しながらな」
「ちゃんと話せよぉー?」
鈴木と二人、受付から奥に進めば、ソコにあるのは改札口だった。
まるで駅の改札だ。
ダンフォンをかざせば、ゲートが開く仕組み。
これもまた、駅みたい。
しかし、この先にあるのはホームじゃない。
俺達が出くわしたのは、床、壁、天井。
全てがステンレスで出来た空間だった。
「ここ知ってる! スゲー!! ホントに来ちゃったよ」
「ダンジョンって感じするなぁ」
鈴木だけじゃなく、俺だってテンションが上がる。
ダンジョン特集となれば、表紙になるのがこの空間だ。
ここでアイドルや芸人がポーズをとった姿を何度も見てきた。
「しかし、なんでステンレスなんだ?」
「そりゃあ、腐らないからだろう」
ステンレスはあらゆる腐食に強い。
当時は、プラのみを溶かすダンジョンの特性が知られていなかった。
いちばん最初に気が付いたのは、大穴に飛び込んだ探検家。
着こんでいた作業着に穴が開いた時だと言う。
酸性のガスを疑って、撤退。
後日、持ち帰った地中のサンプルから、未知の微生物が発見された。
政府は全てを溶かす危険な微生物を疑って、ステンレスでダンジョンに蓋をした。
それがココ。
通称『地獄の釜』
『地獄の釜の蓋は、ステンレスで出来ている』
そんな風に揶揄されたのが始まりだ。
絶好の撮影スポットだが、昼過ぎの微妙な時間ゆえ、他に人は居なかった。
ここに入るには一応、テストや宣誓書も必要だから、この時間から遊びで入ってくる奴は居ないのだろう。
俺たちだって遊びじゃないので、さっさと次に行く。
この先が本当のダンジョンだ。
ステンレスのドアを開け、いざ、潜る。
途端に、景色が変わった。
薄暗い。
ひゅ~と、下から吹き上がる冷たい風に不気味なモノを感じる。
扉の先、そこには巨大な奈落があった。
「うわっ、怖っ!」
手すりから下を覗いた鈴木は、怖いのか、怖くないのか、おどけてみせる。
コンクリート打ちっぱなし、無骨な直径20mの大穴に沿って螺旋階段がグルグルと、遥か下まで伸びている。
コレがダンジョンの縦穴。
「コレ、下はどこまで続いてんの?」
「この縦穴に関しちゃ300m、地下3層までだな」
縦穴は区切られている。
落ちたら最下層まで真っ逆さまって事はない。
「300mで3層??? それじゃ、最下層は何mよ?」
「2000m20層だろうと言われてるな、辿り着いた奴は居ないけど」
「にせんって……マジかよ、300mでも下が見えねぇぐらいだぞ?」
「まぁな、とんでもなく深い。そもそも最下層には酸素も無いだろうって言われてる」
「じゃあ、無理じゃん、最下層」
「そこは置いといて、まずは潜ろうぜ?」
鉄骨の階段を下りると、カンカンと音が鳴った。
アパートの共用階段を思い出すが、作りがダンチだ。ずっと硬い音がした。
今回目指すは、地下一層。
それでも100mも潜らなくちゃならん。
打ちっぱなしコンクリートに、スチールの階段。
無機質な空間に俺と鈴木だけ。他に探索者の姿は無し。
螺旋階段をゆったりと下っていく。
時間を持て余し、自然と鈴木が口を開いた。
「なぁ? そろそろ聞かせろよ? どうするつもりだっての」
「どうやってバズるか、だったよな?」
階段を下りながら、一つ一つ整理していく。
人気の魔法使い、もといダンジョンエクスプローラーには二種類いる。
まずは元々、他の分野で人気だった者だ。
アイドルはもちろん、芸人、人気配信者なんかがダンジョンに挑戦するわけだ。
当然、事前にキッチリ宣伝する。
時にはテレビでCMまで打って、○○ちゃんが遂にダンジョンに初挑戦!
などと煽ったりする。
すると、初回から大量に人が集まるのだが、ここで注意が必要だ。
その初回視聴者の維持がとても難しいのだ。
なんせ、
一層でしばらく慣れて、そこそこの成果を上げてから、より低い階層にチャレンジ出来るのだ。
だが、一層に危険な怪物など出ない。
手垢のついたダンジョンの内部をリポートするに留まる。
と、なれば、退屈な配信は徐々に人気を失っていく。
なにせ、折角の視聴者と演算能力を活用する場面が訪れないのだ。
下層に潜れる様になったときには、すっかり人気を失っている。
その辺のノウハウが定まった現在は、ちょっとしたズルをする。
この前のルナたんなんかは、事前にダンジョンを冒険。
一層を何度も回って初心者を卒業していたに違いない。
すると、その後は六層までの好きな階層にチャレンジ出来るので、普通は二層、三層と慣らしていく所を吹っ飛ばし、六層に突っ込むのである。
法的にはOKでも、普通なら職員に止められる所業。
そこはまぁ、強烈なバックアップがあるからと、大人の力で許可を取るのだろう。
そうして、デビューと同時、巨大なモンスターを撃退。
華々しいデビューを決めると、そう言う算段だ。
「え? じゃあルナたんはアレがダンジョン初挑戦じゃなかったワケ?」
「そりゃそうだろう」
ズブの素人が一気に六層に潜れたらヤバすぎる。
とは言え、アレだけのバックアップがあったんだ。
おそらくルナたんは一層をただ散歩していただけであろうから、ある意味初心者なのは嘘じゃない。
「もちろん、ルナたんみたいな攻略は俺達には無理だ。まず人気がないからな」
「だよなー、おまえもさ、高校生で将棋のタイトル獲るってスゲェ事らしいけど、アスカちゃんのが全然人気あるもんな」
「ソレを言うなよ……」
アスカってのは、俺の姉弟子だ。
姉弟子で、そして年下だ。
しかも三つも下である。
だってアスカが師匠に弟子入りしたのは、なんと小学校低学年の時。
当時、八大タイトルを総ナメにしていた師匠に、天才女子小学生が弟子入り!
話題性先行の弟子入りだったらしいが、アスカは本当に強かった。
俺が弟子入りしたのはアスカの翌年。まだ俺が中坊の頃。
あの時、既にそこらの女流棋士より強かったんじゃないだろうか?
そんなモンだから、プロの女流棋士になってからアスカは公式戦で一回も負けてない。
将棋で負けなしってのは、もう周りと圧倒的な実力差がないと不可能だ。
天才と言われた俺だって、師匠の持つ三十連勝の記録を破れなかったのだから。
それでも俺の方がアスカより全然強いけどな。
まぁ、流石に男子と女子ではね。三つも下だし。
でも、それでもだ
俺よりもアスカのが圧倒的に人気があった。
俺のがずっと上手いのに……とは思うのだが、整ったルックスに、愛嬌のある受け答え。負けなしの大連勝。
話題性十分だ。
そりゃ、人気出るよ。
俺は常に添え物として扱われ、タイトル獲ったときすら高校生棋士がタイトルをとったことより、師匠の弟子育成が話題の中心。
俺の影がいかに薄かったか、お解り頂けるだろう。
……はぁ。
いけないいけない、承認欲求の闇に飲まれる所だった。
人気配信者の話ね。
俺は、もう一つの可能性を挙げる。
「そんで、あとはガチの初心者から上り詰めるルートもある」
「そうそう、Hi-Fiグルーブなんてダンジョンで有名になったんだぜ?」
そう、
なんの後ろ盾も無く、ダンジョン探索一本で駆け上がっていく者達が居る。
話が上手いのは勿論、そう言う奴らには共通点がある。
「アイツらはまだダンジョンが手探りの時に始めて、本当にゼロから積み上げている。今からじゃ難しい」
「そうかぁ? 俺達、高校生だぜ? ちょっとは目新しさあるだろ?」
「そうでもないさ」
彼らは、ダンジョンを志し、装備を集め、ダンジョンアタック。
最初は溶けたスニーカーで転んだり、怪物から逃げ回ったり、数多のトラブルを乗り越えて少しずつ視聴者を増やしていった。
肝となるのは一体感。
その一部始終を公開し、つまらない失敗で俺ならこうやるのに! と思わせたり、時には視聴者全員が舌を巻くような機転でピンチを乗り切ったり。
俺でも出来そう!
俺もやってみたい!
そう思わせる魅力が必要なんだ。
そして、視聴者が増えると共に演算能力が上がり、確実に強くなる。
自分まで成長している気になっていく。
その点、俺らはどうだ?
「俺らのアドバンテージは、将棋で使ったハイエンドPCを何台も持っている事だ。だが、却ってソレが足を引っ張る」
「え? どゆこと?」
「だって、そうだろ? 高校生がダンジョンに向け装備を整えて、さぁいよいよダンジョンに潜るぞとなったら、ハイ、僕たちには高性能PCがありまーす! だ」
「あぁ、そりゃダメだな。庶民派の配信者がRXG7880Ti六枚差しのPCなんて出してきたら許せねぇもん」
そう、将棋AI用のPCに使うグラフィックボードは、ゲームにも使える。
ゲーマー垂涎のスペックだけに、そんなモンを複数持ってるとわかればどうなる?
「あーあ、結局俺達とは違うんだ」
と、思われる。
「じゃあよ? 一体全体、俺らはどうやってバズるってんだ?」
鈴木の疑問はもっとも。
人気者プランも、庶民派プランも使えない。
ソコが一番難しいんだ。
それに対する俺の回答がコレだ!
「人気の配信者を助けてバズっちゃおう大作戦! パチパチー」
「は?」
そんな胡乱な顔すんなよ。
照れるじゃん。
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