第2話 探索者登録

 配信を見たテンションで、ダンジョン行きを決めてしまった。


 さぁ、まずは真・夢の島で探索者登録だ!


 その場のノリで約束し、日曜に鈴木と駅前で落ち合ったのだが……


「オイオイ鈴木! ふざけてんのかよその格好」

「おめーこそ、なんだよそのナリは? 普段着でダンジョン行くのかよ!」


 お互いが、相手の装備をディスりまくる。


 しかし、正しいのは俺だ。

 コイツは何にも解ってない。


 俺は怒りにこめかみを押さえる。


 鈴木の格好は、アラミド繊維のミリタリージャケットに、ナイロン製のバッグ。ユニクロのストレッチズボン、靴は普通のスニーカーと来た。


「いや、お前ソレ……ダメだろ……」

「何がダメなんだよ! このジャケット丈夫だぜ? なんせ軍用品だもん」


 いや、ソレがダメなんだよ!


 アラミド繊維のミリタリージャケットは丈夫で衝撃吸収性が高い。

 ナイロンバッグは丈夫で軽いし、ポリウレタン混じりのストレッチズボンは動きやすい。

 スニーカーは言わずもがな、走りやすいようにだろう。


「でも、全部ダメ!」

「はぁ? ズボンも、ジャケットも?」

「カバンも、スニーカーもだ!! 全部、モロに化学繊維だろうが!」

「え?」


 間抜けを晒すな!

 ダンジョン探索の基本だろうが。


 ダンジョンにはプラスティックを分解する微生物がウジャウジャ居るのだ。

 だから石油由来の化学繊維なんざ、あっと言う間にズタズタに溶けちまう。


 ダンジョンの外では優秀な素材でも、ダンジョンの中ではポンコツなんだ。


「じゃあ、お前のカッコは良いのかよ?」

「そりゃ、ちゃんと選んだから大丈夫だとは思うが……」


 レザージャケット、コットンシャツに、ジーンズ。麻のトートバッグ。そして本革と天然ゴムのワーキングブーツ。ボタンやファスナーだってポリエステルじゃない事を確認済みだ!


 これぞ完璧なダンジョン装備。


 ……なのに鈴木は渋い顔。


「でもソレ、まるっきり普段着じゃね? 買い物行く見てぇなカッコしやがって、そんなんで戦えるのかよ?」


 痛いとこを突いて来やがる。


「戦えるかって言うと……正直、あんまり……だけどなぁ、コレしかねーんだよ、化学繊維を使わないってそう言う事なの!」

「マジかよ」

「マジだよ!」


 俺の装備はどれも天然素材。

 だから、ダンジョンでは腐らない。


 もちろん、普通は逆だ。

 天然ゴムよりも合成ゴムが、ウールより化学繊維の方が、腐敗しない。

 紫外線で劣化したり、加水分解はするけれど、微生物に分解されたりはしないのだ。


 なにかと問題になるプラスティックだが、自然に分解されないってのは本来は紛れも無く化学製品の強みである。


 その常識が逆転する。

 プラスティックこそが腐るのだ。


 それが、ダンジョン!


「嫌なら、それこそ金属鎧でも着込むしかねーぞ」

「うへぇ」


 鈴木が嫌がるのも当然。

 金属鎧なんてクソ高いし、重すぎて逃げられない。

 大人数でのダンジョンアタックならともかく、少人数で攻めるなら自殺行為だ。


「防御は諦めろ。受付でジュラルミンシールドを貸してくれるらしいからソッチに期待だな」

「ジェラルミンシールドって、あの機動隊みたいなやつ?」

「……そうだよ」


 アレ、ちょっとダサいよな。


「FPSに出てくる盾は? アレ、カッコいいじゃん」

「アレはポリカーボネート。もしくはアラミド繊維だな」

「マジ? 化学繊維って便利過ぎない?」

「万能だよ、つーか防弾性能がある装備ってなると普通は化学繊維だ」

「じゃあ、軍用の盾もジャケットも、ダンジョンじゃ使えないって事?」


 今更何を言ってんだ。


「近代装備は使えない。もちろん銃もな! だからみんな困ってんだよ!」

「うへぇ」

「オラ! 綿で出来た普段着に着替えてこい!」

「んな事言われてもよ……どれが化学繊維かなんて全然わかんねーよ」

「なんなら学生服でいいぞ!」

「学ラン? 勘弁してくれよ……」

「いやいや、学ランは馬鹿にしたもんじゃないぜ」


 ウチの学ランは、ウールとポリエステルの混紡だがウールの割合が高い。

 ポリエステルは化学繊維の中では比較的分解されにくい部類で、ウールと混ざるとダンジョンでも滅多に溶けないとか。

 それでもちょっとは溶けるのだが、軽さ丈夫さを考慮して、敢えてポリエステル混紡を使う探索者も増えている位だ。


 学ランはボタンだって金属だし、なるたけ安価で丈夫に出来てる。まるでダンジョンのための装備。


 ダンジョンに学生服。アリなのだ。


「えぇ~? マジで?」

「マジ! あ、靴だけは合皮だから止めとけ、高いけど買えよ。専門のシューズが必要なのはスポーツでも一緒だろ?」


 靴ばっかりは仕方ねぇんだ。


 だって、服なんてちょっと溶けても構わないだろ?

 なんなら、溶ける前提で使い捨てにしても良いぐらい。


 だが、靴は駄目だ。

 靴だけは駄目だ。


 俺がそう言うと、鈴木はじっとりとした目で俺の足元を追う。


「お前、そのブーツって、まさかダンジョン専用品? 高いらしいけど……お幾らまんえん?」

「……よんまんえん」

「たっか!」


 そうだよ、ぼったくりだよ……

 公式ライセンス商品なんてそんなモンだよ。


 でも、靴だけは妥協出来ねぇんだ。

 合成ゴムのソールが溶けたらその時点でゲームオーバーだもん。


「おかね貸して……」

「返してね……」


 マジでね、頼むよ。

 四万は高いっす。

 かつて将棋界の新星だった男でも、流石にお辛い価格である。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「はい、よろしいですよ。気をつけてダンジョンに潜って下さい」


 真・夢の島での受付は簡単なモノだった。


 簡単過ぎる。


 事前にオンライン講習とテストさえ済んでいれば、親の同意書と、死んでも責任を問いませんって誓約書を出すだけだ。


 コレ、ヤバいな。

 学生をこんなにあっさりと危険なダンジョンに押し込むのはイカれてる。


 思えば、テレビもネットも、ダンジョンは素晴らしいってプロパガンダだらけだ。


 それだけ政府が追い詰められているって証拠だろうか?


 だとしたら、なにを政府は焦っている??


「おい、行こうぜ?」


 一人考え込んでいたら、学ランの鈴木がジェラルミンシールドを引き摺って現れた。


「お? 借りれた?」

「もち。ただコレ、けっこー重いし、年期入ってるぜ? レンタル料三千円も取るくせによ」

「まぁそうだろな、ガチで機動隊のお古だと思うぜ?」

「マジ?」

「マジのガチ」


 なんせ、ジェラルミンシールドなんて時代遅れ。

 防弾性能が低いから、アラミド繊維のバリスティック・シールドに置き換えている。

 そんなジェラルミンシールドが、石油由来の製品の使えないダンジョンでは大活躍。

 機動隊にとってダンジョンの発生は在庫処分の又とない機会だったろう。


 予想外の出費の連続に頭を悩ませる鈴木の目の前に、金属の板を突き付ける。


「こっちはタダで借りれたぜ? お前の分も」

「おおっ、これが例の?」

「そう、ダンフォン!」


 コレこそが、ダンジョン探索の必須アイテム。

 写真を撮ったり、地図をみたり、配信する事だって出来ちゃう。

 小さな板状のコンピューター。


「……まぁ、見た目は普通のスマホだな」

「まぁな」


 ガラスとチタン合金のフレームは、ちょっとゴツいスマホにしか見えない。

 それでいて、処理能力は鈴木の持つ型落ちのスマホよりも更に低いときた。


「なくすなよ、買えばひとつ五十万は下らないっていうぜ?」

「たっけぇ!」


 ダンジョンの影響を受けないように密閉されていて、さらに中の基板を天然樹脂でコーティングしてあるとか。

 ダンジョン攻略の必須アイテムである。


 普通のスマホは量産して価格を下げて、それでも十万円とかするわけだ。

 政府主導で少ロットだけ作るなら、とんでもない値段になるのは当然。


 そして、必須アイテムはもう一つ。

 俺は金属の棒を取り出した。


「そんで、待望のコレも一緒に借りてきた」


 結構デカい。普通に杖として使えるサイズ。


「おぉ! コレが?」


 そう、いわゆるコレが『ロッド』だ。

 赤色レーザーで距離を測り、魔法の発動座標を指定する。


 これこそが、現代における魔法使いの杖だ。


「こいつも高いんだろ?」

「出回ってないから値段はわかんねぇ」


 コレもダンジョン専用の特注品だからきっと高いだろうな。

 しかし、ダンフォンとロッドは、ダンジョンの必須アイテム。

 受付で、無料で貸してくれるので一安心。


 ただし、帰る前に必ず返却する必要がある。


 返さなければ、とんでもない罰金が待っている。

 なんなら資格剥奪だ。


 とにかく、これで借りるモノは借りた。

 許可も取った。

 準備は万端だ。


 元々持っていたスマホやカード類などは溶けてしまうのでロッカーに預け、通販で買ったダンジョン用のLEDランタンを腰にぶら下げる。


 ダンフォンから俺のPCにリモートアクセスし、いつでも稼働させられるように設定。

 あとはダンフォンとロッドをBluetoothで同期させ、準備完了だ。


 コレで準備は整った。


「行くか、ダンジョン!」

「よっし、んじゃ、始めるか!」


 え?

 鈴木さん?


 始めるって? なにを?


 見れば、背中にジェラルミンシールドを背負った鈴木が、ダンフォンのカメラを俺に向けてきた。


「何してんの?」

「いや、撮影だけど? 配信するんだろ?」


 うーん、早とちり。


「配信は、しない!」

「ええぇ? なんで?」


 なんでって、説明しただろ。

 俺はハイエンドPCを何台も持ってる。

 必要無い。


「そりゃ、お前はソレで良いかもしれないけど俺はどうすんだよ?」

「ロッドはグループで一本しか借りられないからどちみち魔法を使えるのは一人。盾役と魔法役で交互にやって行こうぜ?」

「いやいやいや、自前のPCだけじゃなく配信もしたら良いじゃん。数千人分の演算能力があるって言うけどよ、それに加えて視聴者の演算能力もあったら鬼に金棒だろ?」

「…………」


 一理ある。

 一理あるけど、それじゃダメなんだ。


「俺らの配信で、そんなに人呼べるか? ダンジョンも、配信も、ズブのシロウトだぜ? カメラに意識がいってる内にモンスターに襲われるのが関の山よ」

「えー? でも、配信で人気者になりてぇじゃん」


 ……まぁ、な。

 気持ちは解る。


 それに、俺の持つPCの演算能力だけじゃ、どちみちどこかで頭打ちだ。

 やはり、配信はやる。


 だがな。

 やるにはやるが、今じゃない。


「どうせ配信をするなら、初回から一気に人を集めたい。鈴木、俺はな、ダンジョンの深層を拝んでみたいんだ」

「ンなもん、無理だろ! 深層にはルナたんが死にかけた怪物よりずっとヤベーのが……」

「その為には視聴者が要る、それも数十万単位で」

「だから、どうやって?」


 苛立たしげに舌打つ鈴木の鼻先に、指を突き付け俺は言う。


「なぁ鈴木……

 ……俺と一緒にバズろうぜ?」


 すると、後頭部で手を組んだ鈴木がひゅうと口笛を吹いた。


「ふーん? 聞こうじゃん。叡王さまの戦略って奴をさ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る