ダンジョンで?配信して?アイドル助けて?うっかりバズる?そんなのあり得ない!いいえ、可能です。そう、プラスティックダンジョンならね
ぎむねま
第1話 演算能力と魔法の力
「いっくよー! みんな、力を貸して!」
スマホの画面の中、可愛い女の子が両手を振って必死にファンを煽っていた。
まるでアイドルのコンサート。
だが、少女の額には冷や汗が流れ、背後より聞こえるは獣の不気味な唸り声。切羽詰まった男達の怒声まで飛び交っている。
ヒリつく空気は、その場が死地だと訴えていた。
チグハグだ。
まるでチグハグな光景。
だが、この
それも……
――3万人も!!!!
「キタキタキタ」
「やっとか」
「まってた!」
「ヤベェって」
「うおおおお」
「全開で行くわ!」
「いくぞぉぉぉ!」
チャットが高速で流れていく。
同時に配信枠の下部に備えられたカウンターが凄い勢いで回り始める。
「よぉし、俺も」
熱に浮かされたように、スマホを持つ鈴木が応援ボタンをクリックする。
止せば良いのに、参加するつもりだ。
俺はそんな様子を冷ややかに見ていた。
「スマホの応援なんて意味ねーだろ?」
「気持ちだよ気持ち! チリつもだって! 参加する事に意義があるって言うか……」
「そんなもんかね?」
正直、スマホでの応援など、殆ど意味がないだろう。
なにせ、画面の向こうの少女は元人気アイドルだ。
この配信だって3万人もの視聴者がいるし、彼らの内、少なくない人数がゲームやAIの為にハイエンドPCを所持している。
仕事用のワークステーションで参戦している奴だっているだろう。
そんな奴らがこぞってカウンターを回しているのだ。
鈴木の型落ちスマホなどカス同然。
それどころか……
「アチアチ、やべぇ」
必死に演算する鈴木のスマホは、持てない程に発熱した。バッテリーも凄い勢いで減っている。
「止めろよ、配信最後まで見れなくなっても知らねーぞ?」
「うぅ、しゃーねぇ」
鈴木は泣く泣く応援を解除する。これで演算は止まった。
そうだ、カウンターを回しているのは、スマホやPCの演算能力。
彼らが行っているのは、いわゆる『分散コンピューティング』だ。
西暦2036年。
視聴者達が配信者に投げるのはお金ではない。
『演算能力』だ。
無数のマシンパワーを結集し、たったひとつのカウンターを回す。
……そして。
カウンターが止まった。
必要演算量を満たしたのだ。
「みんな! ありがとーっ! スタッフさん退いて! 使います!」
少女の宣言と同時、リザルトが確定したようだ。
「くっそー、俺の貢献。たったの0.05だってよ」
鈴木のスマホが必死に回したカウンターが0.05。
しかし、カウンター全体の数値は10万を超えていた。
それだけ大量の演算能力が少女の為に提供されたのだ。
彼女はこの膨大な演算能力をいったい何に使うのか?
その答えはスグに知れた。
映像は少女の見つめる先、洞窟の奥をズームする。
そこには、剣と盾を装備した全身鎧の男達。
何かを押し止めていた彼らが波を分かつようにサッと退いた。
遮るモノのなくなった通路。巨大な何かが一直線に少女の元へと駆けてくる。
「マジか!?」
「デケぇ!」
鈴木はもちろん、横で見ていた俺まで叫んだ。
洞窟の中、少女の前へと駆け込んだのはあまりに巨大な爬虫類。
後ろ脚でのっそりと立ち塞がる体高は、十メートルは下らない。尻尾を含む全体像など窺い知れない。
こんなのは……こんなのはまるで。
「恐竜じゃねーか!」
「ドラゴンじゃん!」
俺と、鈴木の、声が重なる。
いや、まぁ……どっちでも良いか。
どちらにせよ、現代には居るハズのない怪物。
「このサイズ、カテゴリー3? いや4はあるんじゃ……」
「オイ!? 大丈夫なのかよコレぇ?」
「ヤバいかも?」
にわかに慌てる俺と鈴木。
だが、映る少女の後ろ姿は堂々と、怪物相手に一歩も引かない。
「無茶だろ?」
「ルナたんヤバい!」
俺達の心配を他所に、少女は演算確定機であるロッドを構える。
ロッドの先から放たれたのは座標固定用の赤いレーザー。
無数の赤い光線が竜の体表を舐めていく。
ただし、この光に威力はない。
本当の奇蹟はここからなのだ。
「ギラ・デメテル」
決然とした、声。
少女はハッキリ『呪文』を唱えた。
そして……
爆発!
あまりの爆音に、スマホのスピーカーが耐えられない。
ガビガビと音が割れ、揺れる画面はノイズばかりだ。
「ど、どうなった?」
「落ち着けよ!」
鈴木を宥めたが、結末が気になるのは俺だって同じだ。
食い入るように画面を見つめた。
鈴木の付き合いで見始めたこの配信。
気が付けば、俺はすっかり虜になっていた。
見つめる画面。ノイズが次第に減っていく。
「映像来そうだぜ!」
「マジ?」
見たいような見たくないような。
祈るような気持ちで覗き込んだスマホ。
映ったのは、穴だらけになった竜の姿だった。
ちょうど、レーザーが示した場所だけがキレイに抉られていた。
竜の巨体がグラリと傾げる。
音声は、欠けたまま。
揺れる画面の衝撃が、倒れた竜の質量を教えてくれた。
「魔法スゲェ!」
「魔法ヤベェ!!」
語彙力なんて吹っ飛んだ。
喜んだのは俺達だけじゃない。
「スゲェェ」
「やったやった」
「うぉー」
「すげえええええええええええ」
喝采が配信画面を埋め尽くす。
流れる文字で画面が見えない。
慌ててコメント表示をオフにする。
スマホの小さい画面の中、ルナと呼ばれる少女は、配信が途切れる前と変わらぬ後ろ姿で堂々と立っていた。
音声はまだ戻らない。マイクが壊れたのだろうか?
無音の世界。
少女はカメラに背を向けたまま、ただ静かに佇んでいる。
「ルナたんスゲェ!」
鈴木みたいに叫ぶほどではないが、俺もホッとすると同時、畏敬の念まで抱いてしまう。
こんな少女が戦っているのだ。
いや、こんな少女だからこそ戦える。
視聴者が多いほど、分散コンピューティングで演算能力を集められる。
膨大な演算能力が生む奇跡の発露。
それが、『魔法』だ。
彼女は現代で、本当の魔法使いになったのだ。
「ルナたん?」
しかし、スマホの画面の中。
まだ少女は動かない。
ようやく音が戻り、スタッフの声こそポツポツと聞こえて来たが、いまだに少女の元気な声が聞こえてこない。
なにかあったのか?
撮影者が慌てて少女へと駆け寄った。
「ルナ! どうした!」
スタッフは、少女の肩を叩いて必死に呼びかける。
ソレでも動かない。
遂にはぷっつりと糸が切れた様に倒れてしまった!
「ルナたん!」
コレは魔法の副作用?
鈴木だけでなく、俺も息を飲む。
しかし、ルナたんは無事だった。
「ハァハァハァ、腰が……」
真っ青な顔。痙攣する体。
堂々とした後ろ姿はタダの虚勢であったらしい。
「落ち着いて、これ飲んで」
スタッフの差し出した水筒をひったくる様に奪うルナたん。ごくごくと凄い勢いで飲み干すと、ホッと息を吐く。
ようやく人心地ついたらしい。
しかし、冷静を取り戻したルナたんは一変。
愛嬌のある笑顔をかなぐり捨てていた。
「こんなの! 聞いてない! 死ぬでしょ! 無理! わたし、辞める!」
画面一杯。眉を吊り上げた少女の顔だけが映される。
顔を真っ赤に撮影者に文句を言っている。
……それは、そうだ。
こんな目にあうのなら、命が幾つあって足りないだろう。
魔法使いだなんだと持ち上げられても、命あっての物種だ。
「いやでも、凄い良い絵が取れたから」
「知るかぁ!」
水筒をぶん投げる。
プロデューサーの弁明も聞き入れない。
可愛いアイドルの仮面はすっかり剥がれていた。
「うぇ、ルナたん?」
これには鈴木もビックリ。
ってか、そりゃあね。
彼女の気持ちも解る。
アイドルの女の子にこんな冒険をさせるのが間違っている。
「もう、ルナ、ダンジョンなんて潜らない!」
絶叫する少女の声を最後に、配信はプツリと切れた。
スタッフが慌てて止めたのだろう。
「えぇ……ルナたん初日で引退?」
「かもなぁ」
いや、しかし、鈴木には悪いが見ている分には面白かった。
まだドキドキが止まらない。
「これが、ダンジョン」
そうだ、ダンジョン。
先ほどの場所はダンジョンなのだ。
時は西暦2036年
東京にはダンジョンが出現し、
配信者は魔法使いへと進化した。
斯くして、子供が憧れる職業が、YouTuberから魔法使いへと、変わる時代が訪れた。
「しかし凄かったなー、俺もダンジョン潜ろうかな。盾役ぐらいは出来るだろ」
その人気は凄まじく、鈴木まで寝ぼけた事を言い出す始末。
俺は夢見がちな親友に釘を刺しておく。
「死ぬぜ?」
「いや、そう? でも浅いトコならなんとか?」
呆れたもんだ。俺は肩を竦めた。
「なぁ? どうせなら、使い捨ての盾じゃなく、魔法使いにならないか?」
「はぁ? お前頭大丈夫かよ? アイドルって顔じゃねーだろ」
「おい」
まぁ、確かに俺らはイケメンじゃない。
配信しても人気なんざ出ないだろうし、視聴者が少なければ演算能力は集まらない。
だがな、逆を言えば、演算能力さえあれば良いんだろ?
俺はソレを用意出来る。
「なぁ、知ってるだろ? 俺が『王』だったのを」
「いや、そうだけど、それがなんだよ」
鈴木がワケがわからんと首を捻る。
しかし関係大ありだ。
俺は高校生でありながら王だった。
王ったって、ファンタジーの肩書きじゃない。
叡王。
将棋のタイトルだ。
俺は、つい最近までプロ棋士だった。
それもタイトルホルダーの!
現代の将棋は高性能PCありき。
人相手ではなく、PCを使って最善手を探すのだ。
タイトルを獲った時なんざ、スポンサーから何台もハイエンドPCを提供された。
引退した今は、それらをAIやマイニングで演算能力を必要とする個人に安価に貸し出している。
ただ、電気代は凄いし、専用に部屋まで借りているから利益なんざ殆どない。
引退して、すっかり持て余したハイエンドPC。
いっそ売っちまおうかと思ったが、面白い使い方が見つかった。
「俺のPCの演算能力は並じゃないぜ? 視聴者数千人分にはなるんじゃないか?」
「マジかよ……いや、でも良いのか?」
「良いんだよ」
高校生ながらタイトルホルダーだった俺は、こう見えてちょっとした有名人だ。
なのに、なんで引退したかって?
実のところ、俺は将棋にすっかり飽きてしまった。
なにせ、どうやっても機械の方が人間より強い。
勝つためにAIを使えば使うほど、ソレが解っちまった。
だが、ダンジョンには未知の冒険がある。
「行こうぜ鈴木、ダンジョンに」
「よぉし! いったるで!」
次の目標を見つけた気がした。
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