傀儡

さっぴひれ

だって、そういう物語だから。

「君は七日後にこの世界の全てを理解した後、死ぬ」

 

 会社帰りに月の照る夜道を歩いていると、道端の少年が唐突に告げてくる。

 

「……俺は疲れてるんだ。変なごっこ遊びなら他所でやってくれ」

「僕は神だ。君たち人間が神様だと崇め奉る存在なんだよ」 

「……あのなあ、少年。俺は遊びに付き合ってやれるほど暇じゃないんだよ」

「君は七日後にこの世界の全てを理解した後に死ぬ。そういう運命を辿るんだ。そして、君はこれから七日間の間に起こる矛盾や、通常ならばあり得ない不可解な事象には違和感を感じることすらできない。つまり、それらを当たり前のことだと認識してしまうんだ。だって、そういう物語だから。……でも、七日後に君は全てに気がつくよ」

「何言ってるかさっぱりわからないぞ」

「僕はこれから七日間、毎朝君にメッセージを送る。……残念ながらそのメッセージ一つ一つにはなんの意味もないけど、七日目になったらそれらはようやく意味を持つ」

「ああ、そりゃどうも。ところで、もう帰っていいかい?」

「じゃあ最後に君に手紙を渡しておこう。いいかい? この手紙の封は、僕からの指示があったら切るんだ」

「……厨二病も拗らせると大変だな」

「そして君はそれを読み、全てを理解した後に死ぬ。だって、そういう物語だから。それじゃあね」

 少年はそう言うと、俺が瞬きをした瞬間に姿を消した。

「なんだったんだよ……」

 俺は理不尽に輝く太陽を睨め付け、会社に向かった。

 


 『この世界、顔が全て』


 

 朝起きると、そんなどうしようもないメッセージがスマホに送られていた。

 そういえば、これから毎日神様からメッセージが送られてくるんだっけ。

 俺は送られてきたメッセージに既読をつけ、お礼のスタンプを送ると急いでパンを口に詰め込む。

 そして、いってきますという言葉と共に玄関を飛び出す。

 だって、今日は転校初日だから。だから、遅刻なんてするわけにはいかないのだ。

 校門をくぐり、昇降口を抜け、教室に入る。

「この子が、新しい転校生です。みんな仲良くしてあげてね」

 担任の先生はそう言い、俺に席に座るように促した。

 俺は席に着くと、

「なあ、昨日の宿題やったか?」

 密かに片思いをしている山田さんに声をかける。

「やってるわけないでしょ。徹夜でゲーム三昧だよ」

「だよなあ」

 安心した俺はいい機会だと思い、告白することを決意した。

「好きです。付き合ってください」

「ごめんなさい。この世界、顔が全てだから」

  


 『こまったら草を食べる』


 

 朝起きると枕元にいる伝書鳩が一枚の紙を咥えていて、そこにはそう書いてあった。

 俺は伝書鳩にお礼としてパンクズをやると、鳩はそれを食べ終え元気に空へと羽ばたいていく。

 俺はそれを見届けると、急いで支度をして馬車に乗り込んだ。

 だって、今日は舞踏会の日だから。

 俺はこの日のためにずっとダンスを練習していたんだ。

 あの血の滲むような努力の日々を忘れることはないだろう。

 絶対に誰よりも上手く踊ってやるんだ……!

 馬車が会場に到着したらしく、馬が高らかに嘶く。

 が、外に出てみるとそこはただの草原だった。

 どうやら、馬はお腹が空いていたらしい。

「こまったな……。俺はどうすれば舞踏会に行けるんだ?」

 俺がそう馬に尋ねると

「こまったら草を食べれば落ち着くよ」

 そんな返答をされた。

  


 『はじめては君だ』

 


 朝起きると昨日隣に一緒に寝ていた女はいなくなっていて、代わりに置いてあった紙切れにはそう書いてあった。

 俺は食パンをカリカリに焼き、その上からチーズとベーコンをふんだんにのせる。

 そんな贅沢な朝食にかぶりつきながらテレビを見ていると、急に殺人衝動に駆られた。

 俺はこうしてはいられないと思い、台所からナイフを取り出して隣の部屋に住む若い女を訪ねた。

 インターホンをこれでもかと言うほどに連打して鳴らすが、残念なことに女は留守らしい。

 俺がどうしたものかと頭を悩ませていると、後ろからドサッと買い物袋を落とす音が聞こえ、泣き叫ぶ女の悲鳴が後に続く。

 俺は頬を緩ませ、泣いて震える女性に向かってつぶやいた。

「はじめては君だ」

 


 『小さい山』

 


 朝目が覚めると、病室の見慣れた白い天井と目が合う。

 そして、その天井は大きな口でそんな意味のわからないないメッセージを俺に伝えると、二度寝してしまった。

「今日も遊びにきたよ、おじいちゃん!」

 俺も二度寝をしようと思い瞳を瞼で覆うと、タイミングを見計らったかのように一人の子供が病室に入ってくる。

 この子供は一体誰なのかは知らないが、天涯孤独の俺に毎日会いに来てくれる優しい少年だ。

「おお、今日も来てくれたのか。……いつも構ってくれてありがとうなぁ。少年」

「うん! でもごめんね、おじいちゃん。僕もう飽きちゃったから」

 少年がそう言うと、さっきまで弱々しく小さい山を描いていた心電図は平らになった。

 


 『説明して』

 


 目が覚めると、私は赤い草原に寝っ転がっていた。そして、頭の中にはそんなメッセージが響く。

 手足は拘束され身動きを取ることはできず、黒い雨がそんな私を理不尽なほどに撫で回す。

 周りを見てみると、相変わらず目に光の灯っていない人が大勢。

 あぁ……今日も始まってしまった。

 今日殺されるのは一体誰なのだろうか?

「それでは皆さん。今日も張り切っていきましょう!」

 二足歩行の大きな豚がそう言うと、次の瞬間には私の隣に寝ている少女の肩を叩き、

「おめでとうございます。本日はあなたです」

 そう告げていた。

 少女は小さくはいと呟くと、諦めたように光の灯っていない瞳をそっと瞼で隠す。

 ……私たちは、なぜこんな目に遭うのか。少なくとも、私には心当たりは何もない。

 説明くらいして欲しい。そしたら、きっと受け入れられるから。

 


 『のっぺらぼうが真実』

 


 朝、俺が気持ちよく寝ているとインターホンが鳴り、玄関先で見知らぬ男にそんなメッセージを伝えられた。

 いつもと同様、俺はそんな意味のわからないメッセージを適当に聞き流し、帰っていく男の背中を見届ける。

 そのままいくらかボーッとしていると、夜になっていた。

 俺はドアを閉め、晩御飯の支度を始める。

 今日は、彼女が家に遊びにくるのだ。無意識のうちに、俺はスキップをして料理を作っていいた。

 そんな時、家中にインターホンの音が響く。

 俺は彼女が来たのだと思い、満面の笑みで扉を開けると、そこにはのっぺらぼうが立っていた。

 どうやら彼女ではないらしい。人違いだった。

 ……ただ、髪型といい服装といい、のっぺらぼうであること以外は彼女にそっくりだ。

 俺はドアを閉めようとするが、そしたらのっぺらぼうは倒れ込み、俺の腰に抱きついてきた。

 ……なんなんだ? こいつは。

 泣いているようにも見えるが、のっぺらぼうの涙はどこからも溢れていない。だって、顔のパーツがないから。

 俺が腰に泣きついてくるのっぺらぼうをどうしたものかと考えていると、

「おまたせー」

 のっぺらぼうの後ろから彼女がやってきた。

 ただ、その彼女は俺よりも二回りほど大きく、力士みたいな体型をしていた。

 前回会った時はこんな容姿ではなかったのだが。

 ……だが、顔は彼女だ。顔だけは彼女だ。

 俺はのっぺらぼうを振り払い、迷うことなく彼女を家に入れた。

 のっぺらぼうは存在しない目で俺のことを睨みつけるが、俺はそれを無視して玄関の鍵を閉めた。

 


 『中を見ろ』

 


 目が覚めると、俺の手にはそう書いてある紙切れが握られていた。

 ……そういえば、神様から何か手紙をもらっていたんだっけ。

 俺は寝ぼけ眼で手紙の封を切り、中のメッセージに目を通す。

 するとそこには、今まで神様が送ってくれたメッセージが並べられ、全て書かれていた。

 

 俺はそれを見て絶望した。

 

 だって、恐ろしく残酷なことが書いてあったから。

 神様が毎朝送ってくれていたメッセージそれぞれの頭文字を取り、順番に読むと、どうしようもない程に残酷な真実が書いてあったから。

 今まで、いくつも不可解なことがあった。

 まず第一に、毎日俺の人生は変わっていたし、その中で通常の人間ならばありえないような体験をいくつもしている。

 気味の悪い世界に存在していたこともあったし、死んだことだってあった。

 けれども、俺はその違和感に気づくことすらできなかった。

 ……いや、もしかしたら今俺がこの事実に気づいているこの世界も、何かおかしいのかもしれない。

 ただ、俺はこの世界がおかしくっても気づくことはできないのだろう。

 だって、俺は物語の中の登場人物にすぎないから。創られた人間に過ぎないから

 俺と言う人間に自我と言うものは存在せず、行動も、感情も、思考も、全てただただ文字に書かれているだけ。

 この事実に気づいたのだって、俺を書く誰かがそう文字に起こしているから。

 本当に俺は存在しているのだろうか?

 俺と言う人間は、本当に生きているのだろうか?

 いくら思考を巡らせても、物語の中に存在しているという揺るがない事実がある限り、俺にはそれを知る由はない。

 感情だって、思い出だって、生い立ちだって、何から何まで操られている。

 俺はまるで傀儡だ。

 今俺がこの事実に気づけたのは、なぜか。

 俺なりの答えを提示すると、それは

 


 『だって、そういう物語だから』

 


 俺がこのつまらない事実に気付いた後に死ぬという、そういう物語だから。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

傀儡 さっぴひれ @sapphire3693yomyom

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ