彼女の背中
羽の枚
第1話
ボールペンを分解しては元に戻す。繰り返して何度目だろうか。ちらりと時計を見る。が、先程確認した時間からまだ5分も経っていない。
暇だ。暇すぎる。
前の方からは、授業と関係のない会話が繰り広げられているのが聞こえてくる。何とも内容のない会話だ。とは思いつつ、先生の話にも耳を傾けず前の会話を盗み聞きしている私も大概だが。
授業にあまり身が入っていない今、代わりにいろんな音が耳に入ってくる。教室内の音は勿論のこと、空いた窓からも鳥の鳴き声が聞こえてきた。
前から聞こえてくる会話から鳥の鳴き声に意識を移す。
「どこからだろう?」
誰に問いかけるわけでもなく、小さな独り言を呟いた。つもりだった、が
「どこからだろうね」
耳元で発された声に思わず体が飛び跳ねた。
「ごめんごめん」
前の席に座っている彼女が笑って言った。いつの間にか彼女は私の机に肘をつき、私の顔の近くまで身を乗り出していたのだ。まさか、彼女に話しかけられるとは思ってもいなかった。急に話しかけられたことに加え、声の主が彼女だったことに驚きが隠せない。その上、彼女の顔がものすごく近い。この鼓動が彼女にバレないよう、すぐさま平常心を装う。それでも、彼女の言葉に何と返せばいいのか分からず、
「ははっ」
と何とも情けない笑顔を返してしまった。失敗した、と思ったが、彼女は私の情けない笑顔にまったく気にしていない様子で、
「佐世田さんも意外と授業に真面目じゃないんだね」
と言いながら、窓から外をのぞき込むような姿勢をとる。私の隠したい気持ちはいい意味で無視されたようだ。本当に気づいていないだけかもしれないが。彼女らしいや、とその光景に少し笑ってしまった。
1ヶ月前、2度目の席替えを経て、彼女と私は前後の席になった。それまでは全く関わりが無く、彼女を私の苦手な陽キャの一人として勝手に距離を置いていた。
席が前後になったからと言って苦手意識が無くなるわけでもない。むしろ、休み時間の度に彼女の周りには人が集まり鬱陶しく思っていたぐらいだ。しかし、陽キャを一括りにしてた私だ。恋におちたのも物凄く単純だった。
ある日、休み時間にトイレに行って戻ってきた時だった。相変わらず彼女の周りには人が集まっていたが、それだけではなかった。その日は私の席にまで人が座っていたのだ。声をかける勇気もない私は、教室の後ろの黒板に書かれた予定などを眺めながら、その人たちが退くまで時間を稼いだ。
結局、退いたのはチャイムが鳴る直前だった。私も急いで席に戻り、これだから陽キャは、と心の中で思いながら席に着いた。直後、彼女が後ろを振り返り、
「ごめんね」
と言いながらキャラメルを机に置いてきた。私がいつも昼休みに食べているものと一緒だった。たったこれだけのことで私は彼女を好きになってしまったのだ。咄嗟のことに何も言えないまま授業が始まってしまった。キャラメルのお礼を言うタイミングを逃した、と思ったがそのチャンスはすぐにはやって来た。一番前の席からプリントが配られてきたのだ。そして彼女からプリントを受けとる瞬間、
「キャラメル。ありがとう」
彼女だけに聞こえる大きさで言った。一瞬を突いて一方的に言ったつもりだったが、
「いつもうるさくしてごめんね」
と彼女からまた謝られた。この一瞬がなぜか嬉しくて、プリントが配られる度にお礼を言うようになった。その度に彼女も一言、
「どういたしまして」
と返してくれた。気がつけば、これが唯一と言っていい程、この教室内で毎日交わす言葉となっていた。それでもたった一言だ。嬉しいような寂しいような。そんなことを思いながら、私の視線に気づかない彼女は友達と楽しそうに喋っている。楽しそうな横顔に少し寂しくなり、手元に視線を移す。
好きなことに対する集中力は半端ないと自負する私は、これからも目の前のことに集中する。
彼女の背中 羽の枚 @hanomai_mebuki
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