何故人殺しを愛するか?
僕はミステリーが好きだ。
ミステリーは多くの場合人が死ぬ。だがここで、ちょっと疑問に思ってほしい。何故人が死ぬ? どうして死ななければならない?
ミステリー、直訳的に見れば「神秘」「不思議」「怪奇」だ。人殺しである理由はない。実際に、人が死なないミステリーというのも存在する。だがこれは敢えて「人が死なない」と注釈が入ることからも分かるようにイレギュラーなものとして扱われる。何故か? 何故ミステリーは人が殺されるのか?
理由の一つに、ミステリーの始祖があると思われる。世界初のミステリーはエドガー・アラン・ポオの『モルグ街の殺人』だ。さぁ、出てきました。「殺人」です。
そう、世界初のミステリーがそもそも殺人なのだ。では何故か? 何故ポオは殺人をテーマにしたか?
そもそもポオは、ミステリー作家ではなく詩人だった。そして扱う作品のジャンルは多くの場合ホラーだった。ホラー。前提に人の死がある。
ミステリーは「まず第一に神秘的な現象が前提としてあるホラーの、『神秘的』の部分を排除したらどうなるか?」の実験でもあったわけだ。そしてこの実験が思いの外当たった。実験そのものが面白いと思われた。かくして世界の片隅で、ミステリーが産声を上げた。
さて、ここで話を戻そう。僕はミステリーが好きだ。では何故好きか?
そもそも僕はホラーが好きだった。幼い頃から今もずっと仲良くしている従兄弟のかーくんがホラー好きで、彼の家に遊びに行くと大抵怖い話にまつわるものを見た。『地獄先生ぬーべー』を一緒に見ていたのを覚えている。夜になると彼の家の近くにある空き地に謎の人影が出るとかで、かーくんと一緒に夜中の窓の外をじっと見つめていたこともある。中学生の頃は同じく彼の家の近くにある廃墟に冒険に行ったこともあった。全く関係ないが、彼の家の屋根に上って二人して怒られたこともある。
僕にとってかーくんとの思い出は特別だった。だから幼い頃はホラーをよく見ていた。今では一周回ってホラーを書くのは苦手になってしまったけれど(見るのは相変わらず好きで、YouTubeでは色々なものを見ているけれど)、僕の「好き」の根っこにはホラーはしっかり息づいていた。
さて、僕の作品に『二階の女』という話がある。
廃墟の二階。肝試しに行ったある男の目の前、窓の外に女の姿が現れる。それは何と、昔妊娠させた挙句に捨てた女の姿で……という話。
この話を書いたきっかけは、化学の授業で写真の原理について聞いたことだった。うろ覚えだが、ハロゲン化銀が感光すると変色して……とかいう話だったと思う。
僕はこの時、「窓の外に女が作れる」と思った。詳しい話はネタバレになるので伏せるが、僕はこの時「ホラーに理由をつける」行為を学んだ。図らずも、僕はミステリーの生誕と同じような嗜好のルートを辿っていたのである。
さてさて、再び話を元に戻そう。僕は何故ミステリーが好きか? 何故人殺しを愛するのか? 理由の一つに、元々ホラーが好きだったと話した。かーくんの影響で、怖い話が好きだった。
だがもう一つ理由がある。さっきの『二階の女』にも根幹がある話だ。
死んだらもう、話せない。
僕はそのことを、かーくんのホラーから学んだ。死んで幽霊になってしまうと、とても遠回しな表現でしか自己主張ができない。
死んだら無力なのだ。
例え妊娠させられた挙句捨てられたとしても、死んでしまったらもう文句が言えない。死を以て主張してもそんなのは一時的で、時間と共に消滅してしまう。
前にも少し話したが、ミステリーは死んだ人の声に耳を傾ける話だ。死んだ人が「何故死んだか?」「どんな想いだったか」に思いを馳せる物語だ。とても優しいと思う。声が小さい人に、いや小さくなった人に、小さくさせられた人に、耳を傾ける。あなたは何が言いたかったかを訊ねる。優しい。愛情に溢れていると思う。
先に言っておくと、僕はせっかちで声が小さい人には「もっと声張れ」とか言う人だ。稀に無視することさえある。そしてそれを、僕の欠点だと思っている。誰にでも自己主張をする権利はある。それを潰すことの何と傲慢か。
そう思っている。そう思っているからこそ、声が出せない人に寄り添う行為に、とても憧れを抱く。そうありたいと思う。そうできないことが多いけれど、そうしたい、声の弱い人のために働きたいと思う。現実では上手くできないことが多いけど、せめてフィクションの中では……そう、思っている。
また話を戻そう。何故、人殺しを愛するのか。
人殺しという行為そのものを愛しているわけではない。ただそれに付随する、「あなたの声をどうか聞かせて」に心惹かれる。滅してしまったあなたの声を、どうか、私に。そんな切な想いを、愛さずにはいられないのである。
ミステリーは優しい物語だ。そして僕は、優しくなりたい。
そう、願っている。
なにいろ 飯田太朗 @taroIda
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