死に満ちた世界の小さな光
いつも遊んでいる公園に変な女の子がいた。
この公園はたくさん子供が遊んでいるのに、離れたところで、ただその子は地面を小さなスコップで掘っているのだ。
毎日、毎日、飽きもせず……。
誰かが遊びに誘っても、「ごめん、私、忙しいの」と言って、黙々と穴を掘り続けるのだ。
やがて、彼女は他の子供たちから気味悪がられるようになっていた。
僕は友達と滑り台で滑ったりブランコに乗ったりして、遊びながら、密かに彼女の方をよく見ていた。
ある日、勇気を出して、話しかけてみた。
「ねぇ」
「なに? 遊びの誘いなら、私、断るよ」
「いや、違くて、その、いつも、なにやってるのかなって」
「穴を作ってるの」
「穴? どうして」
「ここに埋めるために決まっているじゃない」
「埋めるって何を?」
「この子を」
そう言って、彼女は背負っていたバッグから何か袋を取り出した。
その袋を開けると、夏のゴミ捨て場の臭いをさらに強烈にしたようなにおいがして、僕は反射的に鼻を抑えた。
「うっ、すごい臭いだけど、何が入ってるの?」
「……見て」
そう言って彼女は袋の中を見せてくる。
そこには、カラスの死体が入っていた。
「今朝、ここに来る途中で見つけたの」
「じゃあ、もしかして、あの穴は墓なのか?」
「うん」
「いつも、墓を作ってたの?」
「うん、だって、毎日のように、死んでいる子が見つかるんだもの」
「どうしてそんなことを、君がやらなくてもいいじゃないか」
「ううん、わたしがやらなくちゃいけないの、だって、誰もやらないんだもの、人間の墓は作るのにね」
と眉を下げて、伏し目になる彼女。
やっぱり不思議な女の子だ。
でも……
「ねぇ、僕もさ、お墓作るの、手伝っていい?」
「え……うん、いいよ」
と、彼女は大きな目を細めて笑った。
スコップを使う彼女に対して、僕は手を使って掘っていった。
ある程度彫った後、死体を埋めて、その上に、小さな木の棒を立てかけた。
「ありがとう」
と彼女は言うと、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「なんで礼を言うの、涙まで流して……」
「だって、手伝ってくれる人なんて、今までいなくて、すごくうれしくて」
「そっか、それじゃ、僕、これからも手伝うよ」
「いいの?」
「うん」
僕がそう言うと、彼女は泣きながらものぱぁっと花が咲くように顔をほころばせた。
その翌日。
今日も彼女が墓を作るのを手伝おうと公園に行くと、あの子は公園んの端っこで、ぽつんと突っ立っていた
「何してるの?」
「あのね、墓がね、どこにもないの」
彼女はワンワンと泣き出した。
確かに昨日、立てかけたはずの木の棒が、どこにもなかった。
「ああ、たぶん、風で飛ばされたか、誰かが蹴とばしちゃったんだろうね」
「そんな、せっかく作ったのに、ううう……」
「どうする? もうやめる?」
「……ううん、やめない」
彼女は副の袖で涙をぬぐうと、バッグから袋を取り出した。
袋を開けると、中からアリの死体を彼女は手に取った。
「アリの墓まで作るの?」
「うん、だってね、この子、たぶん、誰かに踏まれて、でもその踏んだ人はたぶん踏んだことにすら気づかないで、このアリは誰からもその死を気づかれないまま、放置されて……そんなの、あまりにもかわいそうだって思うの」
「そっか……うん、確かにそうだね、作らないとね、墓」
僕たちは昨日と同じように、穴を掘ってそこに埋めて、木の棒を立てかけた。
それからも毎日のように、彼女と墓を作り続ける日々を送る。
そういう生活をするようになり、この世界がこんなにも死で満ちていたことに気づいて、僕は驚いた。
彼女と墓を作るようになってから数か月がたった。
やり始めたばかりの時は、やりがいを感じていたけど、だんだん空しく感じるようになってきた。
こんなことをすることに、何の意味があるんだろうって思うようになってしまった。
彼女には、僕がそんな気持ちになっていることは、伝えていない。
今日も僕は、公園に向かった。
彼女はいつものように、公園の端にいた。
いつも通りの風景……
いや、一つだけ違うことがあった。
彼女と反対側の端にあるベンチに、ホームレスっぽいおじさんが寝転がっていた。
グーガーといびきをかいている。
僕は彼女の方へゆっくり向かって、あいさつした。
「おはよう」
「うん、おはよう」
と暗い顔で彼女は挨拶する。
最近、彼女も元気がなさそうだった。
「墓、またなくなってるね」
と僕が言うと、彼女は小さくうなずいた。
どれだけ墓をつくっても、いつのまにか墓が壊されてしまっているのだ。
もう、どこに死体を埋めたのかすらも、わからない。
このことも、最近、僕が墓を作ることに意味を感じられなくなった理由のひとつだった。
「お墓、今日も作る?」
「うん、作る、今日はね、この子」
そう言って、彼女はバッグから袋を取り出し、そこからスズメの死体を取り出した。
「家の近くの道路でね、死んでいたの」
「タイヤの跡がある、たぶん自転車にはねられたんだろうね」
「うん……」
とつぶやいて、彼女は穴を掘るが、途中で突然ピタリとと手を止めてしまった。
「どうしたの?」
「ねぇ、もしかして、私がやっていることってさ、意味がないのかな」
「……なんで?」
「だって、毎日のように、死体が見つかって、今もこうして、世界のどこかで死んでいる子がいて、作っても作ってもきりがないし、それに、頑張って墓を作ってもいつの間にか、壊れてるし……最近ね、私、自分が何のためにやっているか、わからなくなってきちゃったの」
驚いた、彼女が僕と同じ気持ちだったなんて。
励ましたかったけど、なんていえばいいかわからず、うろたえていた時、唐突に後ろから知らない声が聞こえだした。
「意味なくなんてないさ」
声に振り返ると、そこにはさっきまでベンチで寝ていたおじさんがいた。
「君たちのことを、公園を通りがかるたびに見ていたんだ。いつも墓を作っていたよね……俺は君たちみたいな子がいるってことを知って、すごく嬉しかったんだ……」
そう言った後、おじさんはふらふらしだして、その場に崩れ落ちた。
僕はあわてて彼に声をかける。
「おじさん、大丈夫?」
「大丈夫じゃないな、はは、俺は、たぶんもう死ぬ……だから、できれば、俺が死ぬまで君たちには傍にいてほしいんだ」
「うん、いるよ、ここに」
彼女がそう言うと、僕も力強く首を縦に振った。
そんな僕たちを見て、おじさんは瞳からツーと涙を流し始めた。
「ありがとう……ほんとに……俺……幼いころに両親が他界して……それからずっと一人で……きっと俺は誰からも看取ってもらえないんだろうなって、思っていたから……」
「でも、私はそれくらいしか、できない。こうやって死ぬ人を見守ったり、墓を作ったりすることしかできない、すごく無力で、ちっぽけで……」
「それだけで十分さ……死ぬ前に君たちにどうしても言いたかったことがあるんだ……こんな残酷な世界で優しくしてくれる人がいる、それだけで誰かの救いになっているってことを、伝えたかったんだ……俺は、君たちに出会えて、本当に……よかった……」
おじさんは言い終えると、力尽きたようにまぶたを閉じた。
「おじさん?」
彼女が声をかけるが、反応がない。
僕も彼の様子を確認したけど、やはり息をしていなかった。
「おじさん、死んじゃったの?」
「うん……」
僕がうなずくと、彼女は泣きだした。僕も一緒に泣いた。
二人とも泣き止んだ後、僕たちは穴を掘って猫の死体をそこに埋めて、一本の長い棒を立てかけた。
彼女はもうひとつ穴を掘り始め、ここにおじさんの墓を作ろうと言い出したので、さすがにそれはまずいと思って僕は彼女を止めて、それから二人で近所の交番に向かった。
公園でホームレスのおじさんが死んだことを警察官に伝えると、いろいろ質問をたくさんされて、僕は必死にその時のことについて話した。
あとは私たちがなんとかしておくからもう帰っていいよ、と警察の人たちに言われたころには外がすっかり暗くなってしまった。
二人で交番を出て、隣り合って夜道を歩いていると、彼女が突然こう言いだした。
「私、これからも墓を作り続けようと思うの」
「そっか……」
「君も、手伝ってくれる?」
「もちろん」
「ありがとう!」
目の端に涙をためて、笑顔になる彼女。
不安でいっぱいだけど、僕はこの女の子とこれからも頑張ろうと思った。
それからも、僕たちはこの暗い道を、手をつないで歩いていった。
地獄の小さな光の集まり 桜森よなが @yoshinosomei
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