【掌編】あなたが帰ってきた【1,000字以内】

石矢天

あなたが帰ってきた


 あなたが帰ってきた。

 私を置いて、海の向こうへと渡っていったあなたが帰ってきた。


 知らせを聞いて、私ははだしのままで家を飛び出した。

 まだ昼だというのに、クビキリギスがジーーッと鳴く音だけが聞こえた。


 あなたが帰ってきた家に、はだしのままで飛び込んだ。



 あなたは帰ってきた。

 小さな小さな木箱の中。


 人一倍大きな身体をしていたあなたが、こんなに小さくなっちゃって。

 小さくなる魔法でもかけられたのかしら。

 

 あなたが持って帰ってきた、赤い玉が並んだ白い布。

 無事を祈って託したその布は、すっかり赤茶色に染まっていた。


 赤い紙切れ一枚で、お国のためにと旅立ったあなた。


「せめて結婚してから……」と勧めるご家族に、「自分は必ず帰ってくるから」と広い胸をドンと叩いて笑っていた。


 もう、あなたの笑顔を見ることはできない。

 もう、あなたの笑い声を聞くこともできない。


 無言の帰還は名誉なことだ、と手を叩いている人がいた。


「おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 どうして。

 どうして祝われなくてはならないのか。

 どうして感謝を述べねばならないのか。


 私はそいつの頬を思いっきり叩いてやりたかった。


 でもこの国ではその人が正しい。

 この国では悲しんでいる私が間違い。


 悲しむことは許されない。


 誰も見ていない家のすみっこで、漏れでる声を押し殺して。

 涙は目から鼻へ、鼻からのどへと流し込む。


 私は小さくなったあなたをわけてもらった。


 真っ黒な肌が自慢だったあなたが、こんなに白くなっちゃって。

 色白になる魔法でもかけられたのかしら。


 私はあなたをそっと口元に近づける。

 もうどこがくちびるなのかも、わかりはしないけれど。




      【了】 (680文字)




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 全48話で完結します。

 どうぞよろしくお願い致します。

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【掌編】あなたが帰ってきた【1,000字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya

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