幼なじみはギャルでツンデレで料理上手

神山れい

卵焼きマジうまい

「あれ、秀汰。パンとか珍しいじゃん」


 鞄からコンビニの袋を取り出すと、早速友人が食いついた。


「母さん、昨日から入院してんだよ」


 盲腸で。

 大きな病気じゃなくてよかった。一週間ほどで退院はできるようで、母さんには「家のことは忘れてゆっくり休んでよ」って言ってある。

 まぁ、母さんは家のことが心配みたいだけど。俺も父さんも料理はからっきしだから、栄養面をすごく気にしてる。


「しばらくはコンビニに頼るつもり」


 学校にも学食はないし、野菜が多めに入ったパンとか、そういう弁当とかを食べておけばいいだろう。

 俺は袋からパンを一つ取り出した。開けようとした、そのときだ。

 パンが俺の手からいなくなった。


「……おい、華音。何すんだよ」

「あんたに食べられるパンが可哀想だと思って」


 華音。こいつは俺の家の隣に住んでいる幼なじみだ。

 いつ見ても制服の着こなしがだらしない。もっとちゃんと着ろ。指定のネクタイはどうした。スカートも短くないか。

 それなのに、成績は学年トップとか反則だろ。


「いいから、返せよ」

「どうせ、それもパンでしょ。もーらいっ」

「おい!」


 コンビニの袋ごと取り上げられ、俺の昼飯がなくなった。

 おいおいどうするんだよ。次の授業、体育なんですけど。空腹で参加しろってか。倒れるわ。


「……こんなのより、こっち食べろし」


 目の前に出されたのは、可愛いのかよくわからない微妙なウサギのイラストの袋。

 なんだこれ。何が入ってるんだ。


「ん」

「……何だよこれ」

「ん!」


 幼い頃に見た有名なアニメ映画にあったやりとりを思い出した。確か、中身は──。


「もしかしてこれ、おはぎか?」

「はぁ!? んなわけないじゃん! どこからどう見てもお弁当じゃん! 馬鹿!」

「は? 弁当? なんで?」

「いいからそれ食べろし! これはあたしが食べるから!」


 強引に押しつけられ、華音は俺の昼飯を持ってどこかへ行ってしまった。


「秀汰、華音と幼なじみなんだっけ?」

「そう。何なんだよあいつ」


 昼飯を奪われた俺に唯一あるのは、華音に渡されたこの弁当のみ。

 ぐう、と腹の音が鳴る。せっかくだし食べるか、と袋から取り出すと、水色の二段弁当が出てきた。

 開けてみると、中には色とりどりのおかずが入っている。二段目にはふりかけご飯。


「すげー! めっちゃいいじゃん!」

「……そうだな」


 焦げ目のない綺麗な卵焼き。つやつやとしているきんぴらごぼう。うまそうな唐揚げ。久しぶりに見たタコさんウインナー。プリプリのミニトマト。


「いただきます」


 華音のおばさんが気にして作ってくれたのだろうか。で、それを華音が持ってきてくれたとか。

 たぶんそうだろうな。華音のおばさんと母さん、仲良いし。


「うま」


 華音、毎日こんなおいしいもん食べてるんだな。

 特にこの卵焼き。甘くなくてすごい俺好み。めっちゃ好きかも。


「……この卵焼きなら毎日入れてほしいわ」


 あっという間に完食。ごちそうさまでした。



 * * *



 今日の晩ご飯はどこの弁当を食べようかと悩んでいた。

 とりあえず、父さんが仕事から帰ってきてから考えるか、と思っていると、家の前に誰かが立っている。


「華音?」

「……よっ」


 恥ずかしそうに片手を上げる華音。


「どうしたんだ?」

「あー、あのさ。あれ、どうだった?」

「あれ?」

「あれって言ったらあれしかないでしょ!?」

「弁当のことか?」


 ぶんぶん、と音が出そうなくらい華音は首を縦に振る。何でそんなに必死なんだ。顔も赤いし。


「うまかったよ。おばさんに礼言っといて。華音もありがとな。弁当箱はまた洗っ」

「あれ、あたしが作ったの」

「……マジ?」

「マジ。……ママから、おばちゃん入院するって聞いたから」


 おばさんが作ったんじゃなかったのか。

 華音は真剣な顔で俺を見てるし、嘘をついているようにも見えない。本当にあの弁当を華音が。あの華音が。俺のために。


「ねぇ……何がおいしかった?」

「どれもうまかったけど……あー、でも卵焼き。俺、甘いの苦手でさ。あの卵焼き、めっちゃうまかった」


 母さんが作ってくれる卵焼きは父さんの好みに合わせて甘くなっている。俺はそれが苦手で、残すのも悪いからいつも友人に食べてもらっていた。


「本当!? うわー、めっちゃ嬉しいかも! おばあちゃんとママが作る卵焼きが好きで、あたしもいつか作れるようになりたかったんだよね!」

「うまかったよ。俺、今日の弁当の中で一番好きかも」


 弁当箱は洗って返す、と言うと、華音が手を差し出してきた。


「いいよ。洗う。あんたが洗うと洗い残しありそうだし」

「いや、俺を見くびりすぎだろ。毎日ちゃんと皿洗いはしてるしプロ並みだわ。明日返すよ」

「あのねぇ、それだと明日渡せないじゃん!」

「は?」

「……っ、だから! 明日も、お弁当、作ってあげるから」


 マジか。

 そう言われると、別に嫌じゃないし、何なら嬉しいし、俺も弁当箱を渡すしかない。

 俺が弁当箱を渡すと、華音は引ったくるようにして奪い取った。そのまま、自分の家に向かって歩いて行く。


「華音」

「……何よ」

「ありがとな。明日も、楽しみにしてるから。特に卵焼き。あれは毎日でも食べたい」

「あっ、あんた、何言ってんかわかってんの!?」


 空の弁当箱を抱きしめながら、華音は顔を真っ赤にして振り向いた。

 それで俺も気が付いた。

 プロポーズじゃん。


「ち、違う違う! そういう意味じゃない! でも、マジでうまかったっていうか」

「ふ、ふーん。じゃあそういうことにしておいてあげる」

「お、おう」

「……また明日ね。しゅーちゃん」


 そうやって呼ばれるのは何年ぶりってくらい久しぶりで、何だかむず痒くなった。

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