第25話
―――私が生まれた時には、その言い伝えはもう腐っていた。
獅音の名は、言い伝えと能力を巡る騒動の分裂後に生まれた名前に過ぎなかった。
そして私が生まれ育った獅音家は、異端だった。
今から200年ほど前の事、久音家は霊力の存在を隠しながら、「神に愛されている家」と呼ばれ、小さな村を事実上支配していた。
久音には5人の孫がいた。そのうちの一人、シキという女の子は霊力を強く継いでいて、どんな困り事もシキの力があればすぐさまなくなっていた。
村の人々は霊力の存在を知らないけれど、久音の中でも特に神に愛されているシキが何らかの力を使ってくれていると認識していた。
そうして、村の誰もがシキを敬い、愛していた。
この話は、そんなシキが後世の為に書いた手記の中に鮮明に綴られている。
やがてシキは齢15にして、村1番の大工が建てた祠のような場所で過ごすことになった。それは、シキの自由を奪い、監禁する為に作られたような建物と言っても過言ではなかった。扉は頑丈で、そして何重にも作られている。窓は祈りや願いを聞く為の小さな小さな小窓だけで、一日中暗闇の中だった。
村人たちは、シキにどこにも行って欲しくなくて、そして、誰にも危害を加えられないで欲しかった。村に川が流れているのも、豊作なのも、嵐に打ち勝てるのも、全てはシキのおかげだと思っていたから。
シキの食事は、村の豊作の割にはありえないほど質素なものであり、1日1食で、兄弟が持ってきてくれていた。
そんな生活に耐えかねたシキは、丑三つ時、何重にも施錠された扉を霊力で破壊し、外に出た。
気づかれぬよう獣道を走り、山を降り、村を抜けようとしたシキ。暗闇の中を無我夢中で走り、小石に躓いて思いっきり転んだ。そして上を見上げた時、霊でも動物でも怪物でもない、生きている人間の匂いのしない、人の形をしたなにかがいた。
「……こんな時間に女の子?何をしているのかしら」
其れは聞き慣れない口調で淡々とシキの体を軽々と持ち上げた。一瞬で、触れてはならないほどの禁忌だと理解した。
「ひっ……」
「大丈夫よ、近くの村まで届けてあげるわ」
「い、いやです、逃げてきたんです、村から」
「…………ああ、監禁されていたの?」
月明かりが照らして見えた其れ、その目は全てを見透かすような目をしていた。白い髪が綺麗だった。見たこともないよう服装で、まるで夜の神様だとシキは思った。
「あなた、何かしら……感じるのよね」
「……ち、力があるのです。霊が見えるという……」
シキは恐怖と安心感により、不思議な存在を受け入れ、そして自分の事を包み隠さず話してしまう。
「霊?ふぅん………で、あなたはどうしてこんなところにいて、どうなりたいのかしら」
月夜に照らされた白髪が靡いて、鋭い眼光だけが目に焼き付いた。
「霊が見えるせいで、村で監禁されていて…逃げてきたところなんです。でも本当は家族と離れたくないんです、自由が欲しい……ただそれだけなの!!!」
シキがそう叫ぶと、其れは優しい瞳でシキを見つめ、「叶えてあげましょう」と言った。
ただ、その表情には、笑顔も何も無かった。
朝焼けがやってきて2人で村に戻ると、村人たちは何事も無かったかのようにシキの実家に訪れ、祈願をしていた。
シキも慌てて、何も知らない顔をして、人々の話を聞いた。
大工が建てた場所は全て無かったことになり、村人たちの記憶からも消えた。そして村人の 監禁しよう、だなんて考え方も、全て消えた。
―――消された。
シキは、去り際にポケットに入っていた和紙に霊力で文字を書いて、其れに渡した。
「ここの文字なんて読めないわ」
「いえ……その力を使えば、読めると思います。あなた、呪われていますよね」
「…殺されたい?」
「違います、違います!!あなたの呪い、私なら必ず解けるんです。」
「……へぇ?」
「あなたの呪いは私たちが必ず解きます。私が解けなくても、後世を生きる子孫達がやってくれるでしょう。信じて待っていてください。必ずあなたを救います。」
そう、伝えた。
シキの手記は何頁か飛んでいる箇所もありつつここで終わっている。
そして、この言い伝えは今はもう、腐っているのだ。
それから百年、久音家にシキと同等の力を持つ娘が産まれた。名前はハナと言い、代々力を失いかけていた久音家はハナの誕生に喜び、泣いた。だが、ハナはシキのようには生きてくれなかった。
日々、力の研究とシキの研究に明け暮れ、村人のお願い事など聞かず、家族の言うことも聞かなかった。やがて久音家は、「お願いをしても叶えてくれなくなった」と囁かれてしまう。
焦った久音の大祖母はハナを物置に閉じ込めた。「もしも、私たちの言うことを聞かないというのなら、このまま一生外へは出さない」と。
監禁されたハナは、初めて研究以外に力を使った。そう、物置ごと壊して、久音家の建物ごと燃やしてやることにしたんだ。
「お前らは言い伝えを信じていないかも知らないけれど、私は…シキの願いを叶えてやりたいと思ってるんだよ。お前らにできなかったことを私はやり遂げたいだけ。二度と邪魔をするな」
そうして、ハナは久音家から出て、獅音を名乗るようになった。久音では腐っていた言い伝えも、ハナは忘れずに信じて、研究をやめなかった。そうして、久音家から良くない手段で分かれたのが獅音家だった。
足りない私が満ちるまで ミマル @mimaru0408
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