ダイヤモンドになりたい君たちへ

石澪 怜

ダイヤモンドになりたい君たちへ

 私はダイヤモンド。約十五億年前からこの暗い暗い地中にいる。なぜだか私は、この世界について、いろいろなことを知っていた。

 さて、このようなことを語るだけでは退屈してしまうだろう。なので、そんな私の生い立ちについて、君たちに説明しようと思う。


 私は約十五億年前、この地球、いや、地中に生まれた。それも、今よりもずっとずっと深い、マントルに近い場所だった。私は何億年もその高温高圧の厳しい条件下で生き延びなければならなかった。

 すべてのものに起源オリジンがあるように、私にも元々の姿がある。今は光に当たればキラキラと輝くようになったと思うが、生まれたての頃はそうではなかった。ダイヤモンドは石炭でできている。昔の私も、あの黒い石炭だったのだ。どうやら、周りの石炭たちは人間の手によってどんどん掘り出され、炎で燃やされ、燃料としてこき使われているらしい。彼らはダイヤモンドになりたいという念願が叶うわけもなく、酸素と化合して散ってしまったのだ。


 まだ、私の周りには石炭がある。せめて、彼らは、ダイヤモンドになるという念願を捨てないでほしい。今後、数千、数万、数億年の未来が彼らには残されている。その未来へ突き進み、輝いてほしいのだ。


 思えば、かなりの時が流れたものだ。人間界では、二十世紀も終わりに差しかかってきたと言う。そんなある日のこと。

《ドカーン!!》

 どこからか爆発音が聞こえる。

《ドカーン!!》

 地中が大きく揺れる。

《ドカーン!!》

 その音は、次第に大きくなってゆく。

《ドカーン!!》

 音とともに、地中の揺れもさらに激しさを増す。

 周りの石炭たちが爆破採掘されているのか。彼らは、先立ったものたちのように、その命を散らすのか。そう考えていた次の瞬間。

《ドカーン!!》

 地中は大地震ほどに激しく揺れた。岩は崩れ、光が差し込んできた。知識としてしか知らなかった〝光〟というものを初めて目の当たりにした。まぶしすぎる光で周りが見えない。

 光に慣れ、気づいた時、どこからか声が聞こえてきた。

「かなり大粒ですね。一体何カラットあるのでしょうか」

「十カラットだそうだな。俺もこんな大粒ダイヤモンド、見たことないぞ」

「ひええ! 十カラット!? 本当に、いくらになるのか想像もつかないですよ!」

「だなあ。しかも、カラーはF、クラリティはVVS2。本当に非の打ち所がない。きっと、並大抵の価格ではないだろうな」

「こんなダイヤモンドが見られるなんて、僕たち、本当に運がいいですね!」

「だなあ。こんなダイヤモンド、もう二度とお目にかかれないかもしれないからな。目に焼き付けておくんだぞ」

 カラット? カラー? クラリティ?

 本当に何を言っているのかわからない。一体、この人たちは誰なのか。全くもって理解不能だ。すると、何か温かいものが私を包み込んだ。人間の手だ。

《キィーン!!》

 鋭い高音が聞こえる。それと同時に、私は下で超高速回転する円盤に身体を押し付けられる。

《ガリガリガリ!!》

 歯軋はぎしりのような音を立てながら、私の身体からだは削られてゆく。何をする気だ、人間!? この十五億年の身体を傷つけて、何をする気だ!? 削られるたびに、摩擦熱が全身を襲う。だが、全身をかれるようなあのマントルの熱気に比べればまだましな方だろうか。そうこうしているうちに、円盤の超高速回転はピタリと止まった。

 周りの人間たちは感心したような目でこちらを見つめている。なんだか気まずい。どうやら、私の体は二十面体に整えられたらしい。

 しばらくして、私は別の場所に移ることとなった。私はフランスの名だたる資産家に五七一万四五二三フラン(約一億二八〇〇万円)で購入された。そして、彼の豪邸の大広間にあるガラスケースに展示された。家の者や客人が来るたびに、私は熱い視線を注がれる。やはり気まずい。


 ある朧月おぼろづきの夜、家の者も寝静まった後、黒のローブに身を包んだ男が家に忍び込んで来た。彼は私の前に立ちはだかった。そして、黒のローブの中から細長い金属製のパイプのようなものを取り出した。すると、男はそのパイプでガラスケースを一突き。

《ビキッ!!》

 ガラスケースにひびが入る。男はもう一突き。

《ビキッ!!》

 ガラスケースのひびは大きくなる。此奴こやつ、まさか私を盗む気か? ……それにしても大胆な方法を取るものだ。

《ビキッ!!》

 男はまたガラスを一突き。もうすぐ崩れてしまいそうなほど、ガラスはひび割れていた。そして、男はまた一突き!

《ガシャン!!》

 ガラスケースは大きな音を立て、粉々に崩れ落ちた。もはや、私をまもる物など何もない。一体、この先私はどうなるのか。だが、今までのほとんどの時間を地中で過ごしていた私にとっては、劇的なスリルもまた一興いつきよう。男よ、盗むならさっさと盗め。そんな気持ちさえ湧いていた。しかし、その後の男の行動は、全く私の予想に反するものだった。男が持っているパイプには何やら金具がついていた。引鉄ひきがねだ。

「……あいつめ。悪徳商法で俺の有金をだまし取ったあの狼め。このダイヤモンドが無くなれば、お前の名誉も過去のもの。昔年せきねんの恨み、晴らしてやる!!」

 男はそう言い放ち、引鉄を引いた。

 瞬間、眼前は真っ赤に染まる。あのパイプのような物は火炎放射器だったのか。なぜだ、なぜ私が灼かれなくてはならぬのだ!? 私があの資産家の悪徳商法に手を貸したとでも言うのか!?

 そんな思いも虚しく、私の体はじわじわと消えてゆく。まずい。この空間には酸素がある。私も元はといえば炭素だ。炭素が酸素と化合したら二酸化炭素になってしまうではないか!

 気がついた時には身体の半分以上が消えていた。

 なぜだ! 私は炭素として生まれ、地中で長い歳月をかけてダイヤモンドになっただけではないか。なのに、なぜこのような運命を辿らねばならぬのだ。私は全くの無関係ではないか! なのに、なぜだ! なぜだ!

 だが、いくら叫べども、所詮しよせんダイヤモンド。私の声が人間の元へ届くわけがあるまい。

 最期を前に、走馬灯そうまとうのようなものが巡る。だが、そこに映し出されたものは、地中の記憶ばかり。十五億年も生きてきて、これっぽっちの記憶しかないのだ。確かに、私は人の目をくほどの美しさを持ち合わせているのかもしれない。だが、実際はそれだけの実に空虚な物だったのだ。

 もし、来世があるのなら、私は人間になりたい。もちろん、人間の命は私よりもずっと短いのは重々承知だ。だが、人間であったら、どれだけ充実した時間を過ごせただろうか。それを思うたびに、今まで経験してきた何もかもが空虚に思えてくる。

 さあ、命の刻限は間近に迫っている。間もなく私は消えてなくなるだろう。もう覚悟を決めるしかないのだ。悔いも未練も捨て、私は旅立つのだ。


 ダイヤモンドに浴びせられた炎は、容赦なくその身体を奪ってゆく。遂に炎は、ダイヤモンドを完全に消し去ってしまった。こうして、約十五億年の命は、わずか三分のうちに幻と化してしまったのであった。

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