本当の怪物は

 煙が空高く昇っていく。雲ひとつない青空に竜のごとく昇る煙。

 空を見上げる喪服の女性がそこにいた。


「終わったわ…」



『世田谷区で発生した松永大輔さん殺害における…』


 昨夜ニュースで見た出来事だ。これも雅樹が殺ったことだと檸檬れもんにはすぐわかった。だって…被害者の男性はあの時車を運転していた人物なのだから。


 檸檬れもんは空を眺め、全てが終わったことに清々しささえ覚えていた。


来夢らいむ。全て終わったわ」


 檸檬れもんは嬉しさから笑い出したいのを堪えるのが大変だった。


 そう、来夢らいむはもういない。この煙と共に空に昇っている。全てが終わったことを確認するかのように来夢らいむは旅立ったのだ。


 雅樹が全てやりとげてくれた。この後彼は、自ら命をたつだろう。檸檬れもんはそう確信していた。自分を一番許せない、と雅樹ならそう言うに違いない。そうゆう男なのだ。

 もうこの事を知っている人間は誰もいない。


―― 私は自由だ。


『おい、何とかしてくれ! 絶対に大丈夫だって、あんた言ったよな?』

『連絡してこない約束だったでしょ? お金は十分お渡ししたと思いますけど?』

『状況が変わったんだよ。もう俺しか残ってない。あんたのことを話して警察にっ!』


 あの事故の実行部隊の男。名前は松永何とかって言ってた。お金に困ってたクズ。今さら雅樹に命を狙われ、連絡を寄越して来るなんて、何てちっちゃい男なの?

 檸檬れもんはあの時、なだめるのに必死だったことを思い出していた。


 早く雅樹に行動してもらわなければならなかった。あのときと同じように雅樹の罪悪感に火をつければ、全てうまく進むと思った。

 警察が来たのは事実だったけれど、それは被害者が檸檬れもんに連絡していたからであって、来夢らいむの事故との関係性が疑われたものではなかったのだ。


 それでもあの言葉は、雅樹を焦らせるには効果的だった。早く殺らなければ捕まる。捕まれば復讐は完結しない。

 案の定、雅樹は行動を早めた。



 あの夜を思い出すと、檸檬れもんは心が震え喜びが躰の中から溢れてくる。選ばれたのは自分だと思え、最高な気分になる。雅樹の愛撫を一つ一つを鮮明に思い出すことが出きるし、思い出す度に躰が熱くなる。

 

 10年前、檸檬れもんは紹介された雅樹に夢中になった。だから奪いたいと必死だった。でもそれ以上に来夢らいむの悲しむ顔を檸檬れもんは見たかったのだ。

 だからあの日…、生まれたままの姿を雅樹に見せつけた。雅樹が断るかどうかは賭けに等しかったけれど、檸檬れもんは賭けに勝ったのだ。


―― 来夢らいむはいつだって私の欲しいものは手にいれてた。母や父の愛情も、学校でも注目の的であり私の好きな人は必ず来夢らいむのものになっていった。新しい服も何もかも、私は来夢らいむのおさがりばかり。だからちょっと懲らしめられればよかった。雅樹と結婚できなくなる程度で良かったのよ。あんなことになるなんて、計算違いだったわ。ま、結果オーライだけど。


 檸檬れもんは空を仰ぐ。


―― だからね。雅樹だけは奪ってやったのよ。だって、来夢らいむは本気で雅樹を愛していたでしょう? 結婚するまでエッチもしてあげないなんて、ひどい人っ。来夢らいむがしてあげれないことを、私は雅樹にすることが出きる。どんなことだって。どぉ? 来夢らいむには出来なかったでしょ?


 空が青く清々しい気分になる。


―― うらやましい?


「ふふ」


 思わず笑いが込み上げてくる。

 檸檬れもんは少し大きくなったお腹をさする。


「サヨナラ。来夢らいむ


 青空に煙が昇る。


 本物のMONSTERは……、ここにいる。




END

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MONSTER ~哀しい怪物~ 桔梗 浬 @hareruya0126

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