第12話 ダレル君、手を繋ぐ

 ものすごく迫力のある美貌の女性が現れた。


 サンディとは雰囲気が全然違うけれど、この人がサンディの御母上で、今日は御母上のお見合い?


 俺が混乱のまま立ち上がると、御母上は「あら、エスコートして下さるの?」と妖艶に笑みを浮かべて俺に手を差し出した。


 綺麗な人だなあ······。


 若干ぼうっとしながら御母上の手を取り、俺の居た席にお座りいただく。


「ありがとう」


 御母上が着席すると、新しいお茶と遅れて椅子が持ち込まれる。


「ダレル君、紹介します。わたくしの母です」

「母のレベッカよ、よろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします。ダレル・セイモア、男爵家子息です」

「ええ、話は聞いていますわ。この子が拐われた際に尽力してくれたと。近々お礼に伺おうと思っていたところでしたが、こんなに早くお目にかかれるとはね」


 うふふとほほ笑む御母上の姿はとても艶やかだ。


 あ、そうだ、お見合いのこと!


「あの、先程のお話ですが」

「ええ、お見合いのことね? そうね、そんなに大げさなものでもないのだけれど。

 わたくし、この頃になって大分気持ちが落ち着いてきましてね。このまま実家に居るのもよくないかしら、と思っていたのよ。そんな時に、幼少の頃から知っている分家の伯爵家でも、奥様を亡くされて長くお一人で居る方がいらして。

 先日彼の方と久し振りにお話して、奥様を愛しているけれど、やはり家のためにも一人でいるのに限界があって······というような事情があちらもお有りでね。

 わたくしの方もアボット侯爵家の利益にもなるし、サンディの立場も安定するし、この方のところならもう一度お嫁に行こうかしら、と思ったというわけなの」


 わたくしなんてお嫁さんっていう歳でもないのだけどね、とコロコロとお笑いになるが、とにかく魅力が溢れ出している御母上のことは誰だって求めるだろうと思われる。大人の女性って素敵だな。


「わたくしも夫を忘れられませんし、彼の方のお気持ちも分かりますので、今日はそのあたりの意思確認をするところでしたの。

 サンディが息子さんとも学院で親しくしているというのも大きかったかしら?

 そんなところでご理解いただけた? ······殿下方もご満足なさって?」


 美女が怒ると迫力が増す。

 ミカエル殿下がバッジで盗聴してるのにも気付いていらした?

 そして、サンディが息子と親しくって······。


「え、息子さんって」

「それが僕だよ!」


 ようやく口を挟めた、とほっとする部長さん。彼が伯爵家のご子息なのも知らなかったな······。


「じゃあ本当にサンディのお見合いではなかったのですね」

「そうね。ダレル君が何故そんな勘違いをしてるのかなと思ったけれど、ミカエル殿下か誰かに唆されたのでしょう?」


 唆されたというか、誤情報で発破をかけてきたのはエーメリー嬢だけど、あれももしかしたらミカエル殿下の計略だったのかもしれない。

 うう、もう誰が真実を話していたのかは分からない······。


「さて、わたくしはそろそろ行くわ。スティーブンも行きましょう。サンディ、後はよろしくね。二人はもっと話した方がよろしいようよ」

「父も間もなく来ますからね。ご一緒させていただきます。

 ではダレル君、またね!」


 スティーブンさんというのか、部長さんって。

 そんな事を呆然と思っていると、サンディが途端にモジモジし出した。

 あ、俺さっき告白してたわ!



「えっと、サンディ」


 居住まいを正して俺はサンディに向き直った。


「お、おれおれおれは······」

「ストップ! ダレル君、私の番よ」


 サンディが笑い混じりに俺の言葉を遮った。

 あれ、これはあの時の俺のやらかしセリフ・・・・・・・では? と思うが、それは口に出さずに神妙に聞く。


「私ね、シンシア様の件であなたにインタビューしてからとても好感を持ったのよね。

 初めはシンシア様に恥かかせた男っていう思いもあったけれど、話してみたら全然印象が変わったの。

 だってダレル君たら、開けっ広げだし、すぐに人の言う事鵜呑みにしちゃう危なっかしさはあるけど、そのくせ行動力はやたらとあって、裏表がないから付き合うのにも気楽だし。そんな貴族男性、この国にいないわよ? 私が何を言っても連れ回しても怒らないし、······いざという時には助けてくれるしね。

 貴族らしくないって気にしてるけど、ダレル君らしく居られる場所を見つければ、そんなのどうでもいいじゃない。現にダレル君の周りには沢山の人がダレル君を認めて集っているでしょう?」


 だから、とサンディが後を続ける。


「私はダレル君が好きよ」


 俺の目の前に天使がやって来た。




     ◇     ◇     ◇

 


 結局あの後に、レベッカ様と部長さんの御父上のお見合いは滞りなく進められ、お二人は結婚することになったようだ。

 それに伴いサンディと部長さんは兄妹になり、サンディはアクロイド伯爵令嬢となる。

 部長さんがスティーブン・アクロイドっていう名前だったことは、ここでようやく知った。部長さんで慣れてしまっているから違和感がすごいが。


 レベッカ様は、サンディのためもあって侯爵家から離れた方がいいと思われたようだ。また西国から変な輩が来ないとも限らないし、住む場所も名前も変われば、少しは安心かもしれないということか。


 部長さんの御父上も良い方のようで、サウール西国との国交が正常化したら、あちらにいらっしゃるサンディの御祖父上に挨拶に伺いたいと話しているそうだ。


 サンディの御祖父上は首長として長く西国をまとめておられたが、息子の御父上があとを継がないことも理解していたし、今の御時世に他国から蛮族と蔑称されるような古い価値観は捨てて、新しく生きていく道を息子に作ってもらいたがっていたようだ。


 サンディの御父上は自国の特産品を他国に販売する商人として活動されていた。それが西国に異文化をもたらし、自国の価値観を変えてしまうものと見做されて好戦派から反発があり、実は紛争前からサンディ達の周囲は不穏だったのだという。


 商人としてアルバーティンに入国した際に恋に落ち、レベッカ様と電撃的に結ばれた御父上。紛争が彼と妻子を引き離したが、サンディやレベッカ様と御祖父上との関係は今も良好のようで、この度のことも喜んでいただけたらしい。腕っぷしも相当強かったと聞くし、本当に出来た御方だ。


 



「ごめんね、ダレル君。皆を巻き込んだのは私なんだ。あの活躍の件では褒賞も何もないから、せめて君達をくっつけてあげようと思って······」


 ミカエル殿下が生徒会副会長の才媛ユーフェミア・オースティン公爵令嬢に引き摺られるようにして俺の元へやって来た。


「初めまして、セイモア様。お話はかねがね伺っておりましたが、この方また非人間なことをしたのでしょう? 婚約者としてお詫びいたします。何かこの方にしていただきたい事などございます?」

「この方じゃなくて名前を呼んでよ、ユーフェミア······」

「人に戻って謝るのが先ですわ! もう!」


 すっかりしょげているミカエル殿下など初めて見て驚きだが、とにかくユーフェミア様のお怒りを解かないことには収まらない。


「ええと、謝罪は受け入れますが、ミカエル殿下もおれ、いえ僕に良かれと思って動いて下さったのですから」

「それでも盗聴はよろしくありませんでしょう? レベッカ様がお気づきになったから良かったものの、全部盗み聞きされていたらセイモア様だってお嫌でしょう? だから慰謝料をもらいましょう」


 盗聴というとあれだが、それはあの事件の時もされたしなあ。慰謝料? うーん、特にそんなもの欲しくないけど······。

 あ、そうだ。


「ミカエル殿下、あの、質問なんですけど、一度壊れてしまったものを復元する魔術とかってあるのですか?」

「ん? あるよ! 何か直せばいいの?」

「······そんな事でよろしいのですか、セイモア様」

「ええ。それでしたら殿下にお願いしたいことがあって······」




     ◇     ◇     ◇




 今日は騎士科名物の隊列行進発表会だ。 


 個人技の剣術大会の方が有名で盛り上がるが、こちらの発表会は騎士としてどれだけ乱れずに足並みを揃えて美しく隊列を組めるかが見どころで、その寸分の狂いなく規則的に人々が団体で動いていく様の虜になる人も多いのだ。

 実際に騎士団に入団した場合、ひとたび司令官からの号令があれば一挙手一動足に至るまで指示通りに動くことを求められる。また行進というのは、集団の中において他者の動きを読んで適切に間合いを計って動くことにも繋がる。そのためこの隊列行進は規律を重視する騎士団では、団員の意識改革や協調性を高めることにも役立っているという。


 帯剣し、騎士科の隊服を着込み、ザッザッと足並みを揃えて進む姿は壮観だ。


「東に対象あり。最後は2000歩先で三の陣形を取って止まれ!」

「了解! 黒鷲隊に告ぐ! 全員東方向2000歩先、三の陣形で止まれ!」

「了解!!」


 ブォーッと先導隊の角笛が吹き鳴らされる。


 舞台で群舞を踊っている踊り子さんなどは、特にこの団体行動に目を奪われるものらしい。この日は鍛錬場を一般開放しているため、多くの父兄や観客が見学に来ていた。


「黒鷲隊、素敵な陣形よねえ」

「あの角笛の子、顔真っ赤にして吹いてて可愛いわ!」

「あら、私もそう思っていたのに!」


 アレックス、踊り子さん達に人気だな。

 あいつの少しはにかんでいる姿を見るのは新鮮だ。

 冷やかしてやりたいが、隊列行進中なのでそれも出来ない。


 指定の場所に我々黒鷲隊がビタリと止まり、大きな喝采を受ける。

 剣を掲げ、勇猛さを感じさせる掛け声で隊を鼓舞し、また剣を戻す。


 ここで俺達の出番は終わりだ。

 他の隊の行進が終了し、成績発表までの自由時間に、俺は心なしか急ぎ足で観客席に向かう。




「サンディ! 見に来てくれてありがとう! レベッカ様、部長さんも」


 アクロイド伯爵家の令嬢となったサンディが拍手で褒めてくれる。


「すごかったわ! まるで群舞のように美しいものなのね、行進って」

「ええ。ダレルさん、本当に素晴らしかったわ」

「高いところから見るとさぞ壮観でしょうね。ダレル君、お疲れ様でした」


 アクロイド家の皆さんから口々に賛辞をいただき、ちょっと気恥ずかしくなる。


「わたくし達、何か飲み物でもいただいてくるわ。ダレルさん、サンディをよろしくね」


 レベッカ様が部長さんを伴ってカフェテリアの方へ歩いて行かれる。

 それを見送りながら、俺はサンディを木陰の方に誘った。


「今日は天気が良かったから、あそこにずっと居るとやはり暑いわね。ダレル君は大丈夫だった? かっちりと騎士服を着ていると、首元に空気も通さないでしょう?」


 サンディは心配してくれるが、このくらいの天気ならまだ平気だ。真夏に完全装備だと服の下の防具やマントコートなどで死んでしまうかもしれない。


「サンディ、これ······」


 俺は胸ポケットに入れていたあるものを取り出し 、サンディへと渡す。手のひらくらいの小箱だ。


 サンディが不思議そうな顔で受け取り、中を見て瞳を滲ませる。マゼンタの瞳が水を湛えて、唇はぎゅっと閉じられる。失敗したかな?


「これ、あの時の万年筆? 部屋に置いてあったはずなのにどうして······」

「君のメイドに頼んで貸してもらった。あれは御父上の形見だったのだろう? 壊してしまった時には気を遣わせて悪かった。ミカエル殿下が力を貸してくれて、復元する事が出来たんだ」


 サンディと初めて会った時に、ぶつかって壊してしまった万年筆。御父上からいただいたそれを、サンディはいつも大切に使っていたと部長さんに聞いたのだ。

 ずっと気がかりだったものを、人の手を借りてだが直せて良かった。


 俺がほっとしていると、サンディがドンとぶつかって来た。


「うおっ!」

「隠れてやるなんてダレル君っぽくない! でも嬉しかった! ありがとう!!」


 腹への衝撃はなかなかのものだったが、サンディは俺の胸で涙を隠すように埋まっている。


 ······よく考えたら、これは抱き合っているのか?


 途端に体が固くなり、手汗が出て来てしまって、こんな濡れた手をサンディに触れさせる訳にはいかないと思うと、さらに体が固くなり······の連鎖が起きたが、何とか手を拭いてサンディの頭を撫でた。


「ふふふ、子供みたいね、私」

「大切なものを取り戻せたんだ、子供じゃないよ」


 良い雰囲気、と思ったところで空砲が鳴る。

 行進の演技が全て終わったのだ。


「さあ、結果を見に行きましょう! 婚約者さん」

「あ、おっと、おい!」


 サンディが俺の手を引き、走り出そうとする。

 急いで急いでと言うが、サンディの足では早くなんか動けないんだ。


 俺は愛しい婚約者と手を繋ぎながら、人々が騒めく会場へゆっくり足を向けた。




〈終わり〉

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ざまぁのその後に――『聞き上手令嬢』の意味をはき違えていた俺の顛末 来住野つかさ @kishino_tsukasa

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