第11話 ダレル君、邪魔しに行く

 ついにサンディの見合い日になってしまった。


 その前に会えばよかったのかもしれないが、何をどう話そうかとそればかり考えてしまい、結局騎士団への鍛錬に足を運ぶばかりで時が過ぎた。


 家族には何故かバレた。

 一番いいシャツを着たからだろうか?

 朝から落ち着かなく、顔が強張っていたからか?

 とにかく、三兄貴達からは「告白するなら誠実に!」とだけ言われて、肩や背中に力強い激励を受けた。

 母は可愛さ余って俺に香水を振りかけようとしたが、俺は匂いに敏感なので断固としてお断りさせていただいた。


「何かあればフォローはするし、親に出来ることがあればすぐに言うんだぞ」


 普段口数のあまり多くない父が、頼もしい言葉をくれた。家族の応援はとてもありがたかった。




     ◇     ◇     ◇




 辻馬車に揺られてアボット侯爵家までやって来た。

 

 事前にエーメリー嬢からは、今日の見合いがアボット侯爵家で行われると聞いていたのだ。それでこっそりとエーメリー嬢からサンディ付きのメイドに声をかけて、見合い時間の前にサンディに会えないか聞いてもらい、こうして会うことが叶ったのだ。


「どうしたの? ここに来るのは初めてね」


 アボット家の庭でサンディと会うことが出来た。

 サンディはマゼンタの美しい光沢のあるドレスを着て、にこにこと現れた。


 今日がお見合いだからって綺麗にしてるんだな、と思うとやり切れなかったが、とにかく見合い相手より先に会えたのだから良しとしよう。


「あ、あの、サンディ。きょ、今日は」

「どうして今日はそんなにしゃちほこばっているの? 動きがカクカクしてるわよ?」

「そ、そう? 素振りばっかりしてたからかな?」

「素振り! いいわねえ。護身術を習ったら、今度は本格的に剣を習うのもいいかしら? 素振りってどうやるの?」


 え、素振りのやり方?

 サンディは相変わらず変なところに好奇心が湧くんだな。


 少し気持ちがほぐれた俺は、顔のこわばりも取れて体も動くようになってきた。


「最近、あの時の縁で騎士団にも顔を出せるようになったんだ。そこで色々教わることが増えてね」

「へえ、いいわね! ちょっとやってみて!」

「え? あ、ああ、分かったよ」



 仕方がないから近くにあった箒で素振りを見せる。

 ブン、ブン、と振り下ろす度に息を吐くか声を出しながらやると、いい感じに腹筋を使って腕に力が行き渡るのだが、習慣で声を出しそうになって慌てて止めた。


「たん······あっごめん」

「『たん』って何?」

「あの、騎士団の素振り練習の時に、『鍛錬! 鍛錬!』と声に出してて、つい」

「その方がやりいいならそうしなよ? 私もやってみよう。鍛錬! 鍛錬! こう?」


 綺麗なドレスなのに大丈夫だろうか?


 もうヤケクソで俺も、「鍛錬! 鍛錬!」と叫びながら箒を振る。


「はあはあ、いい運動になるね! ダレル君、鍛錬! 鍛錬! 」


 少し汗が滲むサンディが可愛すぎるので、俺は目を閉じて素振りを続けた。


 平常心、平常心、今ここにいるのはエイベル殿下、騎士団の皆さん、首の太いゴリゴリの皆さん、ゴリゴリ、ゴリゴリ、サンディはいない······。


「鍛錬! 鍛錬! 鍛錬! ······好きだー! 好きだー!」

「えっ?」

「鍛錬! 鍛錬! 好きだー! 好きだー!!」

「ちょっとダレル君、声大きくなってるよ」


 サンディがいつの間にか素振りを止めて焦ったように声をかけてくるが、俺は無心状態になっていて、なかなか素振りが止められない。


「あれー、ダレル君だ? 久し振りだね!!」


 突然男性の声がして、ここが騎士団かと錯覚する。

 パッと目を開けると、アボット家の庭園。

 そして面白そうにこちらを見ているのは······。


「部長さん?!」


 サンディのお見合い相手って新聞活動サークルの部長さんなの?




     ◇     ◇     ◇




「疲れたでしょう、飲物を用意してもらうわね」


 サンディが気を遣って四阿にお茶セットを用意してくれる。が、これって明らかに俺が邪魔で、お見合いのセッティングだよなあ。


 綺麗に盛り付けられたお菓子も、いい匂いのハーブティも、気まずいばかり。


「あの、俺すみません。お二人のお邪魔して······」

「えっ? 邪魔なんて」


 サンディが少し恥ずかしそうに頬を染めているのが憎らしい。それを知ってか知らずか部長さんがあっさりと話を変えた。


「そういえば、あの後はお手柄だったんだってね。西国好戦派に深いところまで侵入されていたなんて大っぴらに言えないからって、記事にも何にも出来なかったけどさ、僕達も少しは役に立てたのかなって誇らしかったよ」

「その節は情報をありがとうございました」

「サンディは怖かっただろうからって、あまり聞いていないんだよね? でも凄かったんだよ、ダレル君の頑張りは!」


 嬉しそうに俺の武勇伝を話してくれるが、これって俺が二人のお見合いを邪魔しに来たって気付かれていないのだろうか。それとも、邪魔なんかで壊れない程の強い結び付きがあるから気にしないとか?


 汗を拭きながら、こっそり涙まで拭いてしまった。


「ダレル君はこの頃騎士団にも目を掛けられて鍛錬に行ってるんだって? サンディが寂しがってたよ。なかなか会えなくなったって」

「部長、そんなこと言わないで下さい!」


 ますます恥ずかしそうにするサンディ。眼の前でいちゃいちゃしないで欲しい。辛い、どうしよう。


「それで今日はどうしたの? 用事は終わったの?」

「ええと、サンディに会いたくて来たっていうか」

「そうなの? 以心伝心だね! じゃあサンディも話があるらしいから、聞いてあげて! ね?」


 え、この二人の婚約宣言を、この距離で聞かないといけないのかな。


「ダレル君、あのね······」


 もじもじしないでくれ、可愛いから! 

 あー、辛い! 耐えられない!


「サンディ、話は聞いているよ。······二人がお見合いして婚約するって。でも! 俺はその前にサンディに想いを伝えないとどうにもならないと気づいたんだ!」

「ええっと、ダレル君?」

「止めないで聞いてくれ! 部長さんすみません、俺はサンディが好きなんです! 二人の仲は裂けないと分かりましたが、前に進むためにこれだけは言わせて下さい! サンディ好きだー!」


 捲し立てるように思いをぶつけ、鍛錬のせいかカラカラの喉で声が裏返ってしまったが、言えた!

 部長さんにも申し訳なくて、頭を下げながら伝えると、何故か二人に大笑いされる。サンディは可愛らしく顔を真っ赤にしているけども。


 えっ、どうして笑うの? 


「あー、えーと、ダレル君、ごめん。何か僕が紛らわしいことを言ったのだろうか。

 うーんと、僕達は仲良しだけど、それは理由があるんだよ」

 

 部長さんが困ったように頬を掻いている。それを見てふと気が付いた。あのイヤーカフ、バッジ······もしかして。


「ミカエル殿下の仕業ですか?!」

「ごめん、なんか今日は着けて行けって言われたんだけど、こういう意味だったんだね」

「それじゃあ!」

「あー、今日お見合いはあるんだ。それは本当。だけどそれは僕ではなくて······」

「わたくしなのよ!」

「お母様!!」


 お母様?

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