15 大団円は二階の窓で


 さて――。


 俺がタマを拾った、もとい俺がタマの下僕と化した六月半ばの朝、タマと出会うちょっと前の俺は、こんなふうに語りはじめたはずである。


 ――まずはじめに、はっきりと申し上げておきたい。三十過ぎのニート、三十過ぎの引きこもり男、三十過ぎのロリおた野郎などに、もしあなたが嫌悪感を抱かれるなら、今すぐこのブラウザを閉じていただきたい。他のタブが開いているなら、このタブだけ閉じてもよろしい。あるいは『戻る』のアイコンをクリックしてもらってもいい――。


 あれからまだ半年もたっていないのに、俺はもうニートでもなければ引きこもりでもなく、押しも押されぬ芸能プロダクションの若社長へと大成してしまった。

 であるから、あなたはもうこのブラウザを閉じる必要はないし、このタブだけ閉じて、やくたいもないSNSや、ろくでもない動画サイトに戻る必要もない。


 いやいや、お前は確かに自宅警備以外の生業を得たかもしれないが、依然として三十過ぎのロリおた野郎ではないか。それだけで嫌悪感を抱いてしまうから、やっぱりお前とは縁を切りたい――。

 あなたがあくまでそう言い張るなら、むしろ俺の方から、きれいさっぱり縁を切りたいと思う。

 ロリおたではない正常人が、こんな話をここまで読み進めるはずがない。あなたは嘘つきだ。だから俺の話は、もうここでおしまいにする。


 さようなら――。


 ――とはいえ、つつがなく人生を送るために表向きは壇蜜ファンを装っているものの、実は未だに、ハウスのCMに出ていた頃の安達祐実ちゃんといっしょに具の大きいカレーを食べてからお風呂で背中を流しっこする夢を週に一度は見てしまうとか、いや夢で背中を流しっこするのはマジに壇蜜だけど、猫なら幼猫成猫老猫問わずなんでも洗ってやりたいたちなので、そのうち猫を抱いた壇蜜や壇蜜に化けた猫の入浴シーンが始まるのではないかと期待しているうちに、ついついこんな長ったらしい無駄話を最後まで読み進めてしまったとか、広い世間には、様々な趣味嗜好の方々がいらっしゃるだろう。


 そうした奇特な読者のために、俺も最低限の礼節をわきまえ、あえて一般世間には明かされぬ、いくつかの秘められた真実を漏洩しておこうと思う。


 もし読者の中に、今年の秋口以降、旧江戸城および霞ヶ関の各庁舎や国会議事堂を見物した方がいらっしゃったら、ご覧になった光景の八割方が、マキシラマによる仮想現実だと思って間違いない。

 なにせの庭では、今も巨大異星児童たちがキャンプ生活を続けているし、やんちゃな小学生だけに、こっそり夜の探険に出かけて、国会議事堂を半壊させたりもする。かてて加えて都心の上空には、年中無休で超巨大宇宙船が浮いている。


 それらの事実を隠蔽するため、牧さんが設計した無数のマキシラマ・システムを都心一帯に配備構築したのは、希代の山師・西川義樹プロデューサーであった。

 無論、日本政府やロックチャイルド財閥による秘密裡の協力あってのことだが、やはり嘘八百を社会的現実へと無理強いする詐話力において、厚顔無恥な山師にかなう者はいなかったのである。


 ヨグさんちの息子は、ジッグラトの次にピラミッドやパルテノンやベルサイユやロンドン塔、さらに江戸城の後には紫禁城やクレムリン宮殿にも立ち寄る予定だったらしく、後に詳細を知った各国首脳陣や宗教的指導者は胸をなで下ろし、権力とは無縁な象徴外交による異星人独占対応に、いっさい文句をつけてこなかった。

 なにせ俺たちが真っ先に動かなかったら、世界中の観光名所周辺で、何千何万の市民がバラけたりつぶれたりしたかもしれないのである。

 もっともタロット大統領だけは、「うちの国だけ予定外かよ」と悔しがっていたらしいが、四百年前のアメリカには、まだホワイトハウスさえ建っていなかったのだから仕方がない。


 一般世間に対しては、当初の予定どおり、タマという外来宇宙生物や巨大異星児童関係のすべてが、厳重に秘匿されることになった。

 理由はただひとつ、国連が秘かに選りすぐった各分野の学者さんたちが、揃ってこんな結論に達したからである。


 ――昨今のSNSボケした衆愚社会は、長期的な展望を得るための知性や理性を喪失してしまっているので、人類総体としての集合意識がコペルニクス的転回に対応できず、解離性障害に陥りかねない――。


 したがって、ごく限られた上層部以外の人類が外宇宙文明の存在を知るのは、クトゥルー星の警察や保護者の方々が、家出した少年少女を迎えに来訪してからのことになる。

 MIB支部長が本社から受けた連絡によると、ヨグさんちの両親も御近所の方々も、あの後すぐにクトゥルー星を出発した――もとい出発しようとしはじめたのだが、なにせあちらの星の時間感覚における『すぐ』なので、地球時間における到着予定は、どんなに早くとも今世紀の末になるらしい。


 ともあれ、遠からず、超銀河団文明と地球文明の交流が始まるのは確かである。

 その超銀河団文明においては、同じ星の上に国境などという原始的な縄張りや、複数の支配体制によるドツキ合いなどは存在しない。下手すりゃ銀河団まるまるが、超特大の猫鍋のように、なんとなくごにょごにょと馴れ合って、の道を歩んでいる。

 大宇宙の均衡が、そんなおたくの同人サークルっぽいノリの上に保たれていることを、各国の偉物えらぶつだけでも肝に銘じておけば、これからの地球は、なんぼかマシな星になってゆくと俺は信じたい。

 まあ最悪でも、ヨグさんちの両親や御近所の方々と挨拶する前に、人類が滅亡することはあるまい。


 そしてタマ本人は、こないだ伊勢湾いっぱいの海産物をつつがなく食い倒し、帰りに伊勢シーパラダイスに寄ってセイウチをなでてカワウソと握手し、あとは年内いっぱい、暎子ちゃんやマトリョーナや新キャラのナディアちゃんといっしょに、映画[たまたまタマ]の撮影で大忙しの予定である。

 その合間に、内閣府の地下にあるで、上級国民の皮を被った鬼畜たちを躍り食いにするとか、タマ単独主演のライブ動画も、内閣調査室からオファーされている。


 と、ゆーわけで――。


 タマは、まだ俺んちの二階にいるのです。





                       【終】




〈長らくの御愛顧、ありがとうございました。 タマをはじめ全キャラがみっしりと並んでいる木造家屋の二階の窓に、作者の狸もいっしょに並んで、現実世界の安定と人類の精神的進化を祈りつつ、心より御礼申し上げます。〉


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たまたまタマ バニラダヌキ @vanilladanuki

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