14 砂漠の空の猫花火


「いやあ、砂漠で食べる冷たいルイベは最高だよね!」

 それは確かに旨かろう。 

 

 三毛猫サイズのまま、数十センチの冷凍カラフトマスを尾鰭おびれの先までぽりぽり食い尽くそうとしているタマに、俺は言った。

「伊勢湾いっぱいの伊勢海老も最高だぞ」

 食欲こそが、タマの真髄なのである。


 クレガ中佐が、軍用双眼スコープを東の空に向けた。

「そろそろ、これで視認できるはずだ。[鋭剣ルイジェン]のモニター性能も、たぶんこのスコープと同程度のはず。人の肉眼では、視認する前に攻撃されてしまう。ちなみにマドモワゼル・タマの視力は、いかがなものかな?」


「猫又だから大丈夫です」

 即答する俺に、牧さんもうなずいて、

「視力はブッシュマンの十倍、動体視力は一般の猫の百倍あります」

 データ命の牧さんの研究結果に間違いはない。


「おいタマ、用意はいいか」

「ぽりぽりぽり」

「おい」

「伊勢湾いっぱいの真鯛もよろ」

「わかった」

「的矢牡蠣も追加で」

「OK」

「オマケにホンマグロも」

「下僕頭の名誉にかけて約束する」

「にゃんころりん!」


 朗らかに叫ぶや否や、三毛猫モードのタマは、その場でぴょんと跳ね上がり、にゃんころりんとでんぐりがえった。


「じゃ~~ん!」

 着地したタマの姿に、俺はちょっと意表を突かれた。

「ほほう……」


 どこまで妙な姿に化けるかと思ったら、俺が梅雨の終わりに堀割で出会ったときと同じ、ゴスロリ猫耳女児モードである。三毛猫モードと同じくらいベーシックなタマだ。


 まあ『逆・猫じゃ猫じゃ』ができれば、何モードでもいいわけだからな。初心に返って大勝負、そんな線もアリだろう――。


 そう俺が油断していると、

「じゃじゃ~~~ん!!」


 どば、と周囲の砂を巻き上げて、ゴスロリ女児の背中に、巨大な翼が広がった。


「おお……」

 有翼獅子モード以上に、しなやかで華やかな翼であった。

 三毛色の小羽根が、スノードームの雪片のように、きらきらと砂漠の風に舞う。

「おおおおお……」


 最後の見せ場で、ウケを惜しむタマではなかったのである。

 タマは、両のこぶしを招き猫状にキメながら、誇らしげに叫んだ。

「見なさい! これが空中迎撃でんぐりモード!」


 ネーミング・センスはイマイチだが、キャラクター・デザインは完璧である。そのまんまアキバのビルの壁面いっぱいに拡大プリントして、映画[たまたまタマ]の宣伝に使える。


 ゴスロリに猫耳だけなら、パクリ疑惑で炎上必至だろう。ゴスロリに天使の翼でも危ない。ゴスロリ+猫耳+二叉尻尾+翼の四点セットさえ、検索すれば先例が見つかるかもしれない。

 しかしタマには、誰が見ても完全にオリジナルなポイントがある。何に化けても基本は三毛柄なのだ。まったく同じ柄の三毛猫は、この世に存在しない。


「それではわたくし竜造寺タマ、これより護国の神風と化して特攻します!」

 タマは、びしっと敬礼して言った。

「でも晩御飯までには帰ってまいります!」

 元は野良でも今は家猫だから、まあ、こんなもんである。


「む、三分しかない。急がねば!」

 いや、ついさっき三時のおやつを食ったばかりだろう、などと猫にツッコんでもしかたがない。


 タマは、ばさりと翼をひと振りし、

「――しゅわっち!!」


 軽やかに舞い上がるタマに、俺はあわてて叫んだ。

「下にでんぐりがえすなよ! 全部、上に吹っ飛ばせ!」

「にゃんころりん!」


 ばっさばっさと羽ばたきながら、タマは瞬く間に青空に消え――いや、上空三十メートルほどで、東の方角を眺めながらホバリングに移った。

 ブッシュマンの十倍の視力があれば、一般人が二百倍の望遠鏡を使っても気づけないシマウマだって発見できる。


「――来たぞ」

 クレガ中佐が軍用スコープを覗きながら言った。

「巡航速度はマッハに近い」


 ほどなく俺にも、その編隊が視認できた。俺の視力は1ちょぼちょぼしかない。それほど速い蜂の群れが接近中なのである。


 その群れをモニター越しに無線操縦しているどこかの誰かが、いきなり前方に出現したゴスロリ猫耳三毛羽翼うよく娘を、どう判断したかはわからない。まあ、ふつうなら目一杯とっちらかるだろう。


 で、やっぱり目一杯とっちらかったらしく、編隊前列の十七機が、いきなりぱぱぱぱぱと機関砲を連射してきた。


 無数の砲弾の曳光が、タマが浮いている一点に向かって、凶刃の穂先のように収束する。


 しかしタマは微塵も臆せず、ひょい、と猫手っぽい拳を上に振るった。

「くいっとな!」


 ゴスロリ・モードのタマの声は高音寄りの女児声だから、地上まで明瞭に聞こえてくる。


 ぱぱぱぱぱの曳光束は、タマの寸前でたちまち上方に弧を描き、末広がりの噴出花火のように、花開きながら蒼空へと四散した。


 撃ってきた無人機編隊も、あっという間にタマに迫り、総計二十五の機体が焦ってタマを避け、隊列を崩して散開する。


「あ、そーれ、ほいっとな!」


 水平に散開した無人機たちは、それぞれてんでに上空にでんぐりがえされ、数瞬後には、なんでだか轟音と共に次々と爆発しはじめた。


「マドモワゼル・タマには、あんな破壊力も?」

 驚愕するクレガ中佐に、牧さんが白菜顔で、

「いや、機関砲の仕業ですよ。先にでんぐりがえって力尽きた無数の砲弾に、でんぐり途上の機体が自分から突っこんでるわけです。猫又の実力も知らないで、いきなりぶっ放すもんだから」


 富士崎さんが、嬉しいんだか恐いんだか、微妙な顔でつぶやいた。

「……ふつう知らんでしょう、猫又」


 砂漠の空のあっちこっちで、どでかい金平糖のような紅蓮の炎が、どどん、ぱぱん、と形崩れしながら花開く。


 上空から、タマの能天気な声が響いてきた。

「たっまやぁ~~~!!」

 すっかり隅田川花火大会のノリであった。


 花火の中には、四尺玉級に華麗な、色違いの大輪も混じっている。自爆特攻用の特殊爆薬でも詰まっていたのだろう。


「きれい……」

「ジャミール……」

 暎子ちゃんとナディアちゃんが瞳をうるうるさせて、いっしょにつぶやいた。


「おお、これは……」

 利蔵室長も感極まって、

「……日本列島を猫島にする前に、地球が猫の惑星になるかもしれない」


「いや、全宇宙が猫宇宙になるかもしれませんよ」

 俺は率直に言った。


 なんとなれば、あの超巨大宇宙船の上では、いつの間に広げたやら巨大なビーチ・パラソルの下で、異星児童たちが空を見上げ、口々に賞賛の声を上げているのだった。


「qあwせdかっけー!」

「wせdrftつええ!」

「drftgブサかわ!」

「ftgyちょべりぐ……」


 ゴキブリやカマドウマっぽいイキモノだって、ちゃんと芸ができれば、無邪気な子供には、カブトムシやクワガタ同様に珍重されるのである。

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