第2話

彼女と出会ったのはそのホテルで働き始めてから1年経った頃だった。学生時代長いこと付き合っていた元カノに浮気され病んでいた頃だった。


ホテルのキッチンは役割とポジションがあり、私はメインダイニング、アラカルト コース対応。要は花形のポジションに入った。

長さ4メートル程のステンレス製の台が厨房と、客席へと続く通路を隔てるように置かれておりその台に沿って天井から等間隔に、料理を保温する為の暖色の白熱灯が垂れていた。

ディッシュアップを略してデシャップ台 等と呼ばれる代物だ。

ヒートランプと呼ばれるその白熱球の光はステンレス製の台に反射しまるで太陽のような明るさと暖かさだった。私はそこに立って料理を出す事が幼少からの夢だったので、自分がとても誇らしく、かっこよく感じた。しかし、あまりにも眩しいのでヒートランプの前に立ったあとはそれ以外の場所が深い緑色に見え少しふらついた事をよく覚えている。


私の役割は、その台の向こう側にいるサービススタッフからオーダーを受け取り、作り、デシャップ台で盛り、サービスにパスする。言葉にすると簡単な仕事だが、ピーク時には10〜17件のオーダーが殆ど同じタイミングで入りそれを2人で捌く。環境的には平均湿度80%平均室温40度、刃物を扱い、炎の熱と火傷をものともしない男達が罵声罵倒を飛ばし合いながら仕事をこなしていた。書いて字のごとく戦場だった。そんな環境に四六時中居ればどんな屈強な男でも疲弊する。私も例に漏れず(そもそも屈強ではないが)肉体的にも精神的にも疲弊していた。

そんな時だった。デシャップ台の向こうから女性のホールスタッフが私に呼びかけた。

「料理、貰っていきます」

見覚えはあった。

入社してから最初の2週間はホテルマンとしてのあり方をトレーニングさせられた。勉強にはなったがあまりにも内容が幼稚だったので、こんな事も教えないと分からな連中をそもそも採用するなよ…と思っていた。

そう思っていながらも同年代の新しい出会いとこれから始まる新しい日々に少しだけ高揚していた。

そのトレーニングも1週間が終わろうとしていたある日、いつも通り出勤し、本来なら客が利用する豪華絢爛なミーティングルームに向かい担当者が来る時間までその日のトレーニング内容を予想していた。

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ストームグラス 夏目 @lilgenkak

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