彼と僕 ー溺れた悲しみにー ※BLです
福山典雅
彼と僕 ー溺れた悲しみにー
ああ、誰か二度と目覚めない量の睡眠薬を僕にくれないか。
駄目なら頭を叩き潰す斧でいい。
冬の海が見える駐車場。19歳の僕の吐息で車の窓が白く曇る。
「愛や恋程度で満足かい?」
僕の背中に彼はゆっくりと麻薬の様な口づけをした。
窓の外は静かに降り積もる雪。
僕は醜い豚みたいに自分を見失いそうになる。身体が背徳的な喜びに打ち震え、痙攣し、何度も、何度も堕ちてゆく。
全ての猥雑を知っている様な瞳。
僕らは深く深くキスをかわす。
彼のはだけたシャツの胸に顔を埋め、絶望的な幸福を探す。
ああ、僕は何をやっているのだろう。
ポロシャツみたいな女の子を何人抱いても得られない快感が、つま先から脳髄までを埋め尽くし、アイスキャンデーを舐める子供みたいに、僕は見下げ果てた欲望の虜になる。
お願いだから、本当の悦びで僕を満たさないで。
彼の煽情的な指先が身体に触れ、僕の指先は悩まし気に曇った窓を這う。
「君の嫌悪を凌辱したいんだ」
彼は力強く僕を抱きしめた。
まるで僕の心を激しく愛撫するみたいに。
恥ずかしげもない僕の声が漏れ、そのエクスタシーは彼に支配されそうになる。駄目なのに、もういいのに、僕の興奮は僕を越え、打ち震えるままにその胸にすがりつく。
罪は深みに堕ちてゆく。
何かを誤魔化す様に手あたり次第に男と寝る女の子達みたいに、
秘密を楽しみ近親相姦を繰り返す子達みたいに。
愛だとか恋だとか、そんなセイロンティみたいな幻想は遠くに消え去り、彼の匂いが僕の身体に沁み込み、幾重にも喜びが高鳴ってゆく。
ああ、貴方を感じる。
絡み合った身体にしたる汗さえも邪魔な様に、僕の肌の上を彼の肌が這う。もっと、もっと、そんな狂おしくも羅針盤を見失った様な愛おしさが溢れていた。
普通の恋人達が寝静まる深夜に、僕は野外に停められた車の中で、何もかも忘れ彼に犯され震えていた。
僕の大切なモノを殺すみたいに、
苦悶は快楽に、
羞恥は淫靡に、
ああ、僕を壊さないで。
抗えぬ想い、抗わぬ想い。
僕は行き場を失くしたピーターラビットみたいに佇んで、止めようのない感情を押し殺し、恍惚とした痺れに身を焦がす。絶望すらも凌駕して、渇望する誘惑に囁かれ、官能的な色香は引き裂かれ、叩きつける様に押し寄せる彼の波に狂おしくも身をよじる。
彼という青い海に溺れる、表層からは伺えない深い海溝の闇、その深みを知る様に。
僕はただ、溺れきった悲しみだけを抱いていた。
2年前に妹を失った僕はこの海辺で彼に出逢った。
彼は記憶を失くしているとぼんやり言った。
その憂えた横顔と端麗な指先が僕をほっとさせた。
春の海風が少し冷たいのに、彼の瞳はとても優しくて暖かかった。
穏やかに微笑みを交わし、そして暫く後に惹かれ合う様に僕らは静かにキスをした。
お互いがお互いを昔から知っているみたいだった。
僕は彼にすっかり魅了され、どうにか力になりたかった。
だから二人で記憶を取り戻す旅に出た。
そして知った。
彼が妹を殺した事を。
彼が連続殺人鬼である事を。
失くした記憶に混乱する彼に今僕は抱かれている。
終りの見えない快楽に身を震わせ、悶え喘ぎ悦び溺れている。
ノスタルジックな愛や恋なら良かったのに。
とびきり残酷な愛憎だけでもよかったのに。
汚らわしくて美しい屑みたいな優しさに包まれて。
許されざる想いを携え、何度も何度も愛おしくも激しく犯され続ける。
ああ、誰か僕を殺してくれ。
彼と僕 ー溺れた悲しみにー ※BLです 福山典雅 @matoifujino
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