カーブミラーに映った何か
たたらば
よくある体験談
ふと体重計に乗ってみると体重が恐ろしいことになっていました。何かしら運動を増やさねばと私は考え、ウォーキングの習慣を身に着けようと思い立ったその日から歩いてみました。
私が住んでいる町は、夜は虫の声がうるさくて人の声など聞こえないような田舎。山間の高速道路から見下ろす町というようなイメージでしょうか。
午後9時ごろに家を出た私が歩く道のりは往復5kmと少し。スマートフォンのアプリで距離と時速を測りながら耳にはイヤホンをして音楽を流しながら足を動かし始めました。
歌を口ずさみながら歩く私は周りから見ればさぞ可笑しな姿だったでしょう。見る人は誰もいませんが。
片道一車線の細い道路の脇をとぼとぼと歩いていきます。
その向こうには田んぼ、そして山が見えます。街灯はほとんどなく月明りが道しるべです。夜空を眺めると星座がよく見えます。といっても私は北斗七星しかわかりません。
そして、田んぼの横を1kmも歩けばようやく住宅街に入ります。住宅街と言っても余っている土地の方が広いくらいです。空き地には車が並んでいてきっとドライブレコーダーだけが動いていることでしょう。
家屋の明かりは午後9時を過ぎると真っ暗な家が多くなり、虫の声だけがイヤホン越しに聞こえてきます。
すると小さな交差点に出ました。見慣れている景色のはずが夜になるだけで新鮮なように感じました。
交差点には街灯が1本だけ立っており、その柱の中頃に大きな円形のカーブミラーがついています。柱の途中にあるせいでカーブミラーにしては位置が低く、姿見に使えそうな高さでした。だいたいミラーの高さは180cmくらいでしょうか。
カーブミラーに目を向けてみると左側の道路が見えました。もちろん誰も映っていません。ただ真っすぐに道路が伸びています。
交差点に踏み入った私は真ん中まで歩いたところでもう一度カーブミラーに視線を上げました。
今度は歪んだ私が映っています。
そして、もう1人、真っ黒な誰かが映っていました。
私は驚いて振り返りましたが、誰もいません。心臓が早鐘のようにドクドクと鳴りだして、汗が一斉に吹きだしました。
そして、私は気が付きました。
振り返っても誰もいないのは当たり前でした。
なぜならカーブミラーに映った真っ黒な誰かは私とカーブミラーの間にいたのです。
あまりの恐怖に動転していた私は勘違いをしていました。
私は恐る恐る前に向き直りました。
誰もいませんでした。
私は安堵して、深呼吸をしました。
ただの見間違いだ。そうに違いない。そう決めつけて足早にその場を後にしました。
しかし、歩調を速めた私の後ろから足音がイヤホン越しに聞こえます。私と同じペースでぴったりとついてきているようでした。
視界の端に映るガードレールには影がはっきりと映っていました。
影はだんだんと私に追いついてきます。やがて私とぴったり重なると私を追い越していきました。
影は私の物でした。街灯に作られた自身の影が街灯に近づくにつれて重なろうとしていただけでした。
私は影が自分の物だったことに安心して振り返ってしまいました。
そして、見てしまった。
通り過ぎた街灯の真下に真っ黒い誰か、いや何かが立っていることに。
私は慌てて自宅へと帰りました。
それ以来、私はカーブミラーのある、あの交差点を渡っていません。
カーブミラーに映った何か たたらば @yuganda_kotuban
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