レジェンド・オブ・レスラー
大隅 スミヲ
レジェンド・オブ・レスラー
そこは、地方にある小さな市民体育館だった。
毎年、夏になると巡業という名前の地方遠征が行われる。
大きな会場で行うメインシリーズの興行も好きだが、やはり地方巡業というのが俺は好きだった。いつもより近い場所に観客たちがいる。俺たちは観客がいるからこそ頑張れるのだ。
会場内の照明が落ちた。地方の体育館であるため、照明が落ちてもある程度の明るさはある。まあ、いいだろう。そう思いながら、俺は扉の向こうから漏れ聞こえてくる観客たちの声を聞いていた。
300人で超満員。俺たちのことを見るためにそれだけの観客が来てくれている。それだけでも胸が熱くなる。最高のパフォーマンスを見せてやろう。そう思いながら、俺は自分の出番を待っていた。
「今宵もあの男がやってくる。昭和、平成、令和の三時代を駆け抜ける伝説のレスラー。ミスター・
リングアナウンサーである山田の呼び込みで、会場内の照明が消え、大きすぎるくらいの音量で入場曲が流れる。
扉を開けると、観客たちから割れんばかりの拍手と歓声が送られる。老若男女。じいさんも、ばあさんもいれば、若い母親に抱っこされた赤ん坊までもがいる。
大勢の客たちが、俺の名前を叫ぶように呼ぶ。
そう、これだ。これだよ。これがあるから、俺は辞めずにここまで来たんだ。
今年で60歳。還暦でもいいじゃないか。
誰かが俺につけたあだ名は『
そんな柄じゃないことは自分でもわかっている。
だけれども、そのあだ名に恥じぬような戦いを俺はリング上で見せるのだ。
両耳に手を当てて、観客たちに歓声をもっと寄越せとパフォーマンスを繰り広げる。
それがウケて、観客たちは一層大きな声を上げる。
声を出す観客も、声を受け止める俺も、お互いのヴォルテージが上がっていく。
そうだ、これがプロの世界だ。そうだ、これがプロレスだ。
俺は観客たちを盛り上げながら、リングインを果たした。
対戦相手となるのは、勢いのある若手レスラーだった。イケメンレスラーということで、バラエティ番組などに引っ張りダコのレスラーで、若い女性客のほとんどがこの男を見にやってきていた。
引き締まった体で、腹筋はシックスパック。それが今どきのレスラーだった。俺のようにあんこ型と呼ばれる筋肉の上に贅肉をたっぷりと乗せた体型ではない。昭和のレスラーたちはそれが当たり前だった。相撲出身のレスラーも多かったし、ボディビルダーも細身というよりはムキムキのマッチョがその代名詞のようなものであった。しかし、時代は変わった。いまでは細身で体脂肪を限界まで削ったような引き締まった体をしたレスラーが多い。格闘技も齧っていて、打撃技や寝技も上手い。昔のように突進していって、相手を弾き飛ばして、最後は片エビ固めやキャメルクラッチでフィニッシュということは少なくなり、何か自分の持っている大技を繰り出して試合を決めるというパターンの方が多くなっていた。
大技は見た目が派手な分、やる方もやられる方も危険を伴うことが多い。特にコーナーポストに上って、トップロープから飛んだりする技は飛ぶ方にも技術がいるし、受け止める方も技術がいるのだ。受け止める方の技術というと、八百長じゃないかというやつが今でもたまにいるが、プロレスはエンターテインメントなのだ。そこを勘違いしないでもらいたい。もしも、相手が飛んで来た時に避けたりしてみろ。それこそ大惨事になりかねない。飛ぶ方は、相手がいることを想定して飛んできているし、受ける方もどうやって相手が飛んでくるか、それをどうやって受け止めるかを計算してやっているのだ。
相手の技を受けるからこそ成り立つのがプロレスだ。
受けの美学。
誰が言い始めたのかは知らないが、まさにその言葉が当てはまるスポーツだ。
令和の時代にデビューした人気絶頂のイケメンレスラーと昭和の頃からプロレス界にいる生き字引のようなロートルレスラー。
そのふたりがリングの上で戦うっていうんだから、客が盛り上がらないわけがない。
もちろん、俺は悪役だ。相手が正道のプロレスをする人気者であれば、俺は邪道を貫く悪役レスラーなのだ。だから、きょうもレフリーが見ていないところでイケメンレスラーの顔に凶器攻撃を仕掛ける。もちろん、それはレフリーには見えていないが、観客たちには丸見えなのだ。
ザ・エンターテインメント。
いかに客を楽しませるか。これは興行なのだ。
楽しかった。
終わった後に、そのひと言をいってほしい。
俺がレフリーと揉めていると、イケメンレスラーがトップロープに上る姿が見えた。
そうか。もう、時間か。
「終わらすぞ」
俺はレフリーにだけ聞こえるような小声で伝えた。
レフリーは無言で頷く。
力いっぱいレフリーのことを突き飛ばすと、レフリーは転がるようにしてリングの端へと飛んでいく。
そこへイケメンレスラーがトップロープから飛んでくる。
お前は体操選手か?
そう問いたくなるような空中二回転半捻りを入れたドロップキック。
俺は、そのドロップキックを胸の贅肉と筋肉で受け止めて、派手に後ろに倒れ込む。
そこへイケメンレスラーが覆いかぶさってきて、レフリーがカウントを数える。
3カウント。
ゴングが打ち鳴らされ、試合は終了した。
俺は転がるようにしてリングを下りると、敗者として花道から引き揚げていく。
そんな俺に大勢の観客たちが群がってくる。観客たちは俺にねぎらいの言葉を伝えてくるのだ。
だから、やめられない。だから、俺は60歳を越えてもレスラーとしてリングに立ち続けるのだ。
レジェンド・オブ・レスラー 大隅 スミヲ @smee
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