エピローグ

「びっくりしたよ。志水先生って、合気道の先生してるんだ」

 六月六日、まほう少女部の部室に久々に集まった五人は、先日の振り返りをしていた。

 高校が襲撃された後、五人は各自解散というかたちになり、莉愛は迎えに来た三累と一緒に帰った。それから中間試験が始まって部活がなかったので、学年が違う夏梅や小春には一週間ぶりに会うことになる。

「私にも合気道の心得はあったんだけどね。志水先生がものすごい顔で走ってきて。気づいたら終わってた」

 予告にあった通り、犯行グループは五月三十日の午後三時半に学校に来た。それから夏梅の予想通り、生徒玄関に行ってガラスを割るなどの暴行をしようとした。そう、しようとしたのだ。夏梅が職員室に向かう途中、たまたま廊下を歩いていた志水先生に会って、不審者がいることを伝えたらしい。それから志水先生はパンプスを脱いで手に持ちながら、大急ぎで生徒玄関に向かったのだそうだ。あとは三累の言った通りである。

「本当に来ちゃった、どうしようって思ってたら、後ろから靴が飛んできてびっくりしました。それで怯んだ犯人を投げ飛ばしちゃうんだもんなぁ」

「小春だって犯人捕まえてたじゃない。ねぇ、巷で噂の魔法少女さん」

「いやぁ、はは」

 当時フリルいっぱいの衣装を纏っていた小春も解決に手を貸していた。志水先生に投げられて怖気づいた犯人の一人が逃げ出したところを、小春は追って押さえたのだそうだ。それがちょうど正門を出てすぐだったので、小春は意図せず野次馬に囲まれることになった。

「ネットニュースにもなってたよ。〈令和の魔法少女、犯人を華麗に撃沈〉って。華麗かどうかはさておいて、よかったじゃん。魔法少女として認められて」

「やめてくださいよ。あの動画、声まで入ってて恥ずかしいんです」

 莉愛もその動画は見た。画像で見れば可愛いのに、動画だと隠れていた筋肉が見えて、圧倒的強者のような印象を抱く。それに犯人に対してかけていた言葉が少々物騒で、一種のエンタメとして消費されかねない声を発していた。

「そういえば昨日、正門でカメラ構えて小春ちゃんのこと出待ちしてる人いたな」

「もう、まだいるんですね。一昨日なんて、私の友達が声かけられて迷惑してたんですよ」

「諦めて取材に応じたら?」

「だめですよ。魔法少女は公になってはいけない存在なんです。ネットに晒されるなんてもってのほか。あぁ、本当にどうしよう」

「そういうものなんだね」

「魔法少女の暗黙の了解です。だから波賀野先輩、これからしばらく一緒に帰りましょう」

「裏門からね。でもごめん。私、まほう少女部には入れない」

「えぇ!どうして」

「大人になったからかな」

「波賀野先輩はまだ十六歳じゃないですか!大人じゃないですよ」

「あはは、こうはっきりと大人じゃないって言われると、まるで青臭いって意味に捉えられて複雑な気持ちになるなぁ。まぁ、大人じゃないのは確かなんだけど。気づきを得たって言った方が正しいかな?」

「なんですかそれ」

 顔をしかめる小春の横で、夏梅が本を閉じる。

「波賀野さんは悟ったんだよ。無知の知を」

「もっとわかりません。ソクラテス?」

「ソクラテスを知ってるなら、麻波さんにもわかるはずだよ。つまり、波賀野さんは今までの行いを恥じているんだよ」

「部活に入らないほど恥ずかしいことってなんですか?今の私なら恥ずかしさレベルで波賀野先輩に勝てると思うんですけど」

「それがわかったら小春ちゃんも大人だよ。この部活にいられなくなっちゃう」

「そんなことあるもんですか。波賀野先輩はまだ法律上子供なんですから、まほう少女部にいていいんです」

「そういうわけだよ、波賀野さん。入部取り消しはしないでほしい」

「いえ、もう決めたんです。まほう少女部には入りません。杉崎先生にも伝えました」

「どこに入るかはもう決めたんだっけ?」

 頬杖をつきながら衣良が言う。彼女や三累には既に入部しないことを伝えた。それでも莉愛を部室に招いたのは、おそらく三累が夏梅に頼んで、莉愛を説得させたかったためだろう。

「どの部活に入るかはまだ決めてない。でも志水先生が顧問をしてるテニス部に入ろうかなって思ってる。本当は合気道を習ってみたかったんだけど。ここ、武道系の部活はないみたいだから」

「テニスしながら合気道って、なかなかすごい組み合わせだね。極めたらどうなるんだろう」

「志水先生みたいに投げ技覚えたら披露するよ。そのときは三累に相手してもらうから」

「え、えぇ。任せて」

「ごめんね、三累。無理言って紹介してもらったのに、こんな形で辞退することになって」

「気にしないで。だけど莉愛も一応まほう少女の仲間だったんだから、たまには手伝ってよね」

「もちろん。私ができることなら、よろこんで」


 家に帰って寝る支度をしてから、莉愛は萌音に電話をかけた。前の高校を退学してからも何度かやり取りはしていたが、最近はテスト勉強に精を出すためこちらからの連絡は控えていた。

「もしもし、久しぶり」

「お、莉愛じゃん、久しぶり。テスト終わったの?」

 萌音は変わらずあっけらかんとした口調で電話に出た。

「うん、無事終わった。やっぱり英語は苦手」

「まぁ、難しいよね。私で良ければ教えたのに」

「どうして萌音が?英語苦手じゃなかったっけ」

「いつ私が英語苦手って言った?それに私の彼氏、カナダ人だから。まぁ、ここ最近別れたんですけど」

「は?萌音の彼氏って留学生だったの?」

「そうだよ。言ってなかったっけ?」

「少なからずそうだとは思ってなかった。バイト先で知り合ったんだっけ?」

「そう。うちの職場、外国人客多くてさ。彼氏は日本語カタコトでしか喋れなかったんだけど、英語ならペラペラだから、救世主みたいな感じで働いてもらってたわけ」

「よく付き合えたね」

「莉愛、私のこと嘗めてない?私は莉愛と違ってコミュ強だから。彼氏とはジェスチャーでやり取りしてたの」

「それで次第に英語も喋れるようになったと」

「そういうこと。でも相手も日本語が喋れるようになってから雲行きが怪しくなってさ。それで別れた」

「何がいけなかったの?」

「相手いわく、身長が足りないんだってさ。三十センチ以上差があったから。うるせぇって言って別れた」

「身長差カップル、いいと思うんだけど」

「私みたいなちんちくりんは小学生かせいぜい中学二年生にしか見えないから、一緒に歩いてて恥ずかしいんだって。私と別れた後、すぐに新しい彼女ができてたけど、高身長のクールビューティーって感じだった。ならはじめから付き合うなよって話だよね」

「ひどいね」

「まぁ、私もそこそこ英語力ついたから、失うものは大きかったけど得たものも大きかった。今では納得してる。でも相手の日本語力がもっと低くなるように教えていたら、こんな変な別れ方せずに済んだのかなってたまに思うんだよね。多分、彼が他の人ともちゃんと喋れるようになってから今の彼女に出会ったんだろうからさ。結局のところ、私が彼に日本語を教えることで、遠回しに自分の首を絞めてたんだよ」

「でも最終的には別れてたんじゃない?相手が萌音に何も言わなくても、萌音が相手の駄目なところに気付いて振ってたんじゃないかな。今回はたまたま相手が先に言い出しただけで。とにかく、そんな男は萌音に相応しくないよ。別れて正解」

「ありがとう。莉愛ってたまにいいこと言うよね」

「たまに、は余計だよ」

「はは。でも莉愛が元気そうで良かった」

「私はいつも元気だよ」

「そうでもないよ。結構顔に出るタイプ」

「ううん、この前同じこと言われたんだよなぁ」

「莉愛はコツさえ掴めば考えてること丸わかりだから。それで、最近いいことでもあった?」

「いいこと、ね。詩絵里に会った」

「詩絵里?意外だなぁ。そっちとはまだ繋がってたんだ」

「萌音は詩絵里とあんまり話してないんだっけ?」

「うん。莉愛が転校してから、私に対してよそよそしくてさ。どんどん不健康になってる気がするし、心配してたんだよね」

「そうなんだ。多分、また健康になっていくと思う。たまに詩絵里のこと教えて」

「わかった。まぁ、何を話したか聞くのは野暮ったいからやめておくよ」

「ありがとう。萌音ってたまに空気読んでくれるよね」

「たまに、は余計だぞ」


 この後もお互い近況報告をし合った。萌音は元彼に復讐すると意気込んでいた。将来的には大学留学をするつもりだそうだ。そのために文系を選んで、今では英語に関してはテストで満点に近いらしい。莉愛も文系に進もうとしていることを話して、萌音に勉強を教えてもらう約束をした。

 スマホを充電器に繋げて置く。それから莉愛は本棚に手を伸ばして、シェイクスピアのジュリアスシーザーを取った。

 詩絵里に薦められて読んだ本だった。彼女の唯一の趣味。戯曲は母親が舞台経験のある人だったから読むようになったのだと言っていた。

「結局、私も愚者だったよ」

 本の表紙を撫でる。こうして歴史のことを知っても、役に立てることができなかった。経験から学んでしまった。もちろん経験でしか得られないものもあるとは思っていたが、あまりにも情けない失敗だった。それに詩絵里もだ。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶという言葉は彼女が教えてくれた。はじめから賢者になることはできないのだ。

 ふと、本棚の一角に収納していた写真立てに目が行く。中には詩絵里と一緒にカラオケに行ったときに撮った写真が入っていた。一番成功した写真だった。

 写真に写っている詩絵里が懐かしい。今も十分に綺麗だと思うが、当時の彼女にはあどけなさがあって、一度失ってしまうと二度と手に入らない儚さがあった。

 それが魔法にかけられた代償なら、私は魔女として甘んじて火あぶりにかけられるべきだ、と莉愛は思った。せめて、彼女の気持ちに答えなければいけない。

 そして莉愛はレターセットを出して机の上に置いた。

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まほう少女たち 斜玲亜犀 @raika_akahana

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