第12話 タブルズ講和条約

西暦2026(令和8)年3月13日 日本国東京都 首相官邸


 この日、東京は久方ぶりの号外に湧いた。


「悪辣非道の行いを指導していた敵国ローディア、ついに屈服す」


 紙の新聞やテレビ番組、ネットニュース等で発せられたローディア帝国に対する斬首作戦の成功は、大々的に報じられた。そして東京のクリスタル・パレスでは、ジューコフ首相が詳細の報告を受け取っていた。


「そうですか。戦死者を一人も出さずに勝利しましたか。大変喜ばしい事です」


 技術的格差があったにせよ、実際は弓矢や槍の届く距離での戦闘も頻発していたという。油断すれば思わぬ報復を受ける可能性があった作戦を無事に完遂してくれた親衛猟兵旅団スペツナズには感謝しかない。


「ともあれ、これで弾薬や燃料が枯渇する前に終戦と相成る事が出来ました。敵国の軍指揮官であるガーディンは投降し、現在戦闘の完全な停止に協力してもらっています」


 ベルジア国境線に張り付いていた4個軍団24万人は壊滅し、海上戦力や航空戦力も半壊させたとはいえ、帝国国内には未だに5個軍団30万人とポルト・ブルクを拠点とする南洋艦隊残党、そして西部の基地に配備されていた300騎弱の飛竜騎が残されている。これらも敵となって襲ってくる前に手を打つ必要があった。


「これで戦闘は終息に向かうでしょう。さて外務大臣、講和会議ですが要求はまとまりましたか?」


 問いに、ザハロフ外相は応える。


「はい。まず我が国からは、ささやかな額の賠償金と、ポルト・ワイト近郊の土地の租借のみ。その上でベルジア・マーレ両国に対し、国境線の再画定による領土割譲と賠償をする様に促します。謝罪は皇帝の退位と裁判による処罰で代替するとしましょう」


 ザスロフはそこまで言い、話題を切り替える。


「次に、今後の安全保障及び外交方針ですが、防衛省及び保安省と共同で、イスディア皇国に対して積極的外交を仕掛けつつ、この世界における国際社会へ名乗りを上げていきましょう。そもそもローディア帝国が強硬的態度を以て武力でベルジア・マーレ両国との関係問題の解決に踏み切ったのも、我が国という未知の要素を軽んじたからこそ。これ以上日本近辺において紛争の火種が存在する状態にあるのは、レムリア連邦との貿易を考慮しても大変宜しくありません」


 帆走軍艦程度など、海軍の軍艦や保安省隷下の沿岸警備隊である水上警備団の警備船で対処できるが、航路保全にかかるコストは出来る限り下げたい。そういった平和を得るべく、軍事力を上手く、そして適切に扱う事が必要だった。


「さて…ここからが正念場、といったところです。軍人が奮戦した後は、我ら政治家が努力する番です」


・・・


 さて、終戦に向けた講和会議は順調に進んだ。ローディア国内ではすでに内戦が勃発しており、帝国首脳部は皇帝ロスディア5世の身柄を犠牲にしてまでも、日本との関係改善に急がなければならなかったからである。


 そうして話し合いと条約調印は、最初の戦闘が行われたタブルズにて行われ、ローディア帝国の国境は西に20キロメートルも後退する事となった。その地には鉱山が幾つかある上に工業地帯の建設に適した広大な土地があり、日本企業は挙って進出を決定。後にベルジア人から『ジャポニア工業市』と呼ばれる事となる工業都市が成立する事となる。


・・・


大暦2026年3月17日 レムリア連邦 首都エレーナ


 女帝の名を冠した計画都市エレーナの中央部にある外務省にて、数人の男達が会話をする。


「ニホン国はイスディア皇国より支援を受けていたローディア帝国を容易く下し、その力をロイテルの文屋を介して世界に喧伝し始めた。浅はかな者は恫喝だと見るだろうが、あれは抑止のための主張だろう」


 外務大臣のラザルは言い、マーレ王国より召還された外交官のツーサンは頷く。


「皇国はすでにこの動きを察知し、我が国に対して技術指導を中心とした軍事支援を求めてきた。主力艦の多くを他国へと売り、我が国より買い取った中古艦も改修やら他国への譲渡やらでやりくりしている…だが確かに、彼の国の存在は余りにも大きい」


「ええ。中央の神聖ミレーニア皇国に比肩する軍事力を持ち、技術水準において我が国を凌駕する科学技術大国…パワーバランスの是正は不可欠でしょう」


 この世界には、『七星』と称される大国と、『十二峰』と称される列強国がある。七星は経済・軍事・規模すべてに於いて大きな影響力を持つ国であり、それよりグレードは下がるものの、七星に迫る実力を持つ地域大国は十二峰と呼ばれる。


 ローディア帝国は確かに高い軍事力を持っていたが、技術水準は大きく遅れており、さらに支配領域もローディウス大陸の西半分のみと小さい。現に東方世界において七星と十二峰に数えられている国は、全てイスディア大陸に集中している。


「ともあれ、ミレーニアの軍拡は危惧すべき要素だ。我が軍の近代化を迅速に進めるためにも、イスディアは上手く扱わねばならぬな」


「ええ。軍務総省にも話を通しておきましょう…我らがレムリアに栄光あれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

日本防衛軍戦記 広瀬妟子 @hm80

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ