第13話

 季月が胡月の屋敷に帰って来てから、半月が過ぎた。


 季月は伊笹と仲を少しずつ、深めている。と言っても、まだ清い仲だが。話をしたり、一緒に出かけたりとしていた。勉学も出来る範囲でやっている。


「今日も精が出ますね」


「あ、伊笹か」


 勉学のために、まつりごとについての書物を読んでいた。そうしたら、伊笹が声を掛けてくる。


「何を読んでおられたんですか?」


「いや、昔の漢文で書かれた大陸の書物だよ。政の考えについて、為になると思ってな」


「まあ、そうなんですか。なかなかに難しそうな書物ですね」


 伊笹が唸りながら言うと、季月は苦笑いした。


「そうかな、なら。また、伊笹にも貸そうか?」


「いえ、いいです。わたくしは間に合っていますので」


 伊笹に言ってみたが、速攻で拒まれた。季月はくすりと笑いながら、冗談だよと言う。


「……んもう、からかっていらしたんですか?」


「違うよ、半分は本気だったんだが」


「本気であったとしても、冗談が過ぎますよ」


 伊笹は頬を膨らませながら、言った。季月は今度こそ声を出して笑う。


「ははっ、悪かったって!」


「分かりました、では。わたくしは行きますので!」


 つんとそっぽを向いて、伊笹は行ってしまった。季月はからかい過ぎたかなと肩を竦める。伊笹もなかなかに見かけによらず、気が強い。あまり、怒らせても良くないと思うのだった。


 季月が伊笹とそう過ごしている中、桂月は胡月と共に自身の結婚相手を相談していた。


 胡月は桂月に任せると言っていたが。それでも、自身の一生に関わる事だ。桂月は慎重に決めようと思っていた。


「義母上、どうしましょうか?」


「そうねえ、あなたが良いと思う方で良いのではないの?」


「なかなかに上手くいかないんですよ、だから訊いているんです」


 桂月は眉を八の字に下げた。手には釣書が握られている。秘かに桂月の異母妹である女王陛下から送られてきた物だ。ちなみに、かつての先王の久霧陛下の正妃であった方の御子に当たる。年齢はまだ、十七歳と若いが。なかなかに優秀で聡明な方であった。性格も穏やかで温厚だ。


「……ふむ、なら。年の近い姫にしますかね」


「そうね、桂月は今年で十八歳だったかしら。同い年のかたがいいかしらね」


「では、参議殿の姫にします。源参議殿の姫なら、僕と同い年だと聞きましたから」


 桂月はそう言いながら、源参議から来た釣書を手に取る。それには、妙齢の明るそうな女人が描かれていた。彼が言うと、胡月も頷く。こうして、桂月の婚約者は決まった。


 数日後、桂月は正装をして源参議の屋敷に向かった。


 季月や胡月、伊笹は三人で見送る。桂月は馬に乗って出立した。


「……大丈夫でしょうか」


「大丈夫ですよ、桂月様なら」


「なら、いいんだが」


 季月と伊笹が言い合っているのを微笑ましげに胡月は眺めていた。幼い頃はあんなに、甘えたであったが。成長したなと思う。季月も今年で二十歳を越したのだ。もう、成人したのだから。後は伊笹と無事に結婚して孫が生まれるのを心待ちにしても良い。そう考えながら、一人で静かに屋敷に入るのだった。


 季月は伊笹と心配しながら、桂月の帰りを待った。胡月はまあ、大丈夫だろうと言っていたが。けど、それでもなかなかに不安になる。仕方ないのでまた、二人で部屋の掃除をした。夕刻になって、桂月が帰ったと侍女が知らせてくる。季月は待ってましたとばかりに玄関口に向かう。伊笹も後を追いかけた。


「あ、兄上。只今、戻りました」


「桂月、縁談は上手くいったのか?」


「え、もう訊いていらしたんですか。いや、姫に挨拶に伺っただけですよ」


 桂月が朗らかに言う。季月は何だとばかりに肩を落とした。


「何だよ、挨拶に行ってきただけか。心配して損した」


「ははっ、兄上。ご心配を掛けたのは謝りますが、姫への感じは良かったですよ」


「そうか、ならいいんだ」


 季月が言うと、桂月は真面目な表情になる。


「大丈夫ですよ、胡月殿の跡を僕は継ぐと決めましたから」


「頼んだ、桂月」


「ええ」


 二人して頷き合った。伊笹はそれを遠くから、見守るのだった。

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水は天上に昇りて 入江 涼子 @irie05

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