第12話
季月と伊笹が胡月の屋敷に来てから、五日が過ぎた。
その間、胡月や桂月は二人をできる範囲でもてなしてくれた。季月は卯木の屋敷から持ってきた本を開き、復習をする。伊笹も傍らで彼の世話を焼く。侍女達に休むように言われたが、伊笹は「わたくしにとっては習慣のようなものですから」と譲らない。季月からも、「好きなようにさせてやってくれ」と言われたので周りは何も言わないようになった。
胡月は縁側でお茶を飲みながら、庭の前栽を眺めていた。今は春が過ぎようとしている。桂月が気がついて、近くにやってきた。
「……胡月殿、こちらでしたか」
「桂月様」
「嫌だな、僕は。あなたの跡を継ぐと言ったのですから。様付けはやめてください、義母上」
桂月はそう言いながら笑った。人懐っこい笑い方だ。胡月も笑いながら、そうですねと言う。
「……桂月、わかったわ。今までの話し方に戻すわね」
「ええ、それでいいんですよ」
「まさか、季月様が帰って来るとは思わなかったわ」
「ああ、兄上も。義母上を心配していたそうです、だから帰って来たのだと言っていました」
「そうなのね、私は。あなた達を引き取って今まで、育ててきたけど。それは正しかったのか。未だに考えてしまうのよ」
胡月はほうとため息をつく。お茶を一口含んだ。風が吹いて、ざわざわと木々が揺らされる音が聞こえる。
「そう、考えていたんですね。義母上は」
「ええ、馬鹿だと思うでしょう」
「……馬鹿だとは思いませんよ、けど、あなたが引き取ってくれなかったら。今の僕達はいなかったと思います」
桂月が真摯な口調で話す。胡月は、驚いて彼を見返した。まだ幼いと思っていた義息子が大人びた目線でこちらを見ていた。
「そうね、桂月。私が引き取っていなかったら、今のあなた達はなかったでしょうね。間違った事を言ったわ、忘れてちょうだい」
「分かりました、義母上」
桂月が頷くと、胡月は仄かに笑った。二人して、庭を眺めたのだった。
伊笹は季月の部屋を掃除する。はたきで埃を落とし、箒で掃き清めていく。塵取りで取り除いたら、桶に水を汲みに行った。雑巾を浸して、ぎゅっと絞る。力を入れて丁寧に床や調度品類を拭いていった。
「……精が出るな、伊笹」
「あら、季月様!」
「やあ、何か手伝おうか?」
「いえ、わたくし一人で大丈夫ですから」
「そんな事を言わずに、力仕事は任せてくれ」
伊笹は仕方ないと思いながら、考える。ひとまず、頼んでみる事にした。
「分かりました、今は雑巾がけをしていますから。こちらに桶があります」
「あ、本当だ。じゃあ、雑巾を取って来るよ」
「……はあ」
季月は喜々として、雑巾を取りに行く。複雑な心中で伊笹は見送った。
その後、本当に季月は雑巾を取って来た。伊笹に教えてもらいながら、水に浸して絞る。思いの外、水が冷たくて驚いた。それを押し隠しながら、固めに絞り床を見様見真似で拭いていく。伊笹は床の木目に沿いながら、拭いたらいいと言ってくれる。その通りにしたら、拭きやすい。成程と思いながら、黙々とこなしていった。
拭き掃除を終わらせたら、後片付けをする。季月は手伝いながら、意外ときついなと考えた。こんな事を毎日伊笹達はしているのだと気づく。尊敬の念を抱きつつ、彼女に次の手順を訊いた。
「伊笹、雑巾はどうしたらいい?」
「そうですね、侍女の方に渡してきたらいいかと」
「わかった」
頷いて季月は侍女に雑巾を渡しに行った。慌てて、侍女は受け取ったが。ちょっと、首を捻る。もしかして、俺って変な事をしているのか?
まあ、そうかもしれない。小さい頃でも雑巾がけなんてやった事がなかった。いかに、自身が恵まれているかを悟ったのだった。
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