第24話 願わくば私達も、比翼連理と為らん事を

 祝宴の準備が整ったと告げられ、再び奥座敷へと向かった。

 座敷では来賓達が、朱塗の膳を前に歓談していた。御白様の傍らに座り間もなくすると。祝宴が始まる。長い挨拶でもあるのかと思ったが、何しろ仕切っているのが奥内様なのだ。持ち前の適当さで、挨拶もそこそこに乾杯となった。土間や庭に居る妖達にも祝酒いわいざけが振る舞われ、場は一気に盛り上がる。

 据えられた膳には、赤飯、吸物、茶碗蒸、和物、煮豆、炊合などの器が並んでいる。膳の脇の硯蓋すずりぶたには、鯛や花をかたどった色とりどりの落雁らくがんが盛られていた。

 料理に箸を伸ばそうとしたのだけれど、色打掛を汚してしまわないかと心配になり手が止まる。そうこうしているうちに来賓の妖が順繰りに挨拶に来て酌をするものだから、空腹のところへ酒ばかり飲む事になってしまった。

 訪れる妖の多くは祝いの言葉を述べ、酌をしながら世間話に興じる。しかし話の内容がまるで解らず、愛想笑いばかりを浮かべる事になってしまった。

 誰それを跡取りしようと思うだとか、隣組との反りが合わないだとか、田植えの手が足りそうにないだとか……改めて御白様は、皆から広く頼られているのだと知る。そんな方の妻になると思えば、元から無かった自信が更に砕けそうになってしまった。

 心持ちを察してか、御白様が優しく声をかけてくれる。

「辛くはないですか? 離で休んでいても良いのですよ?」

「僕の心配なんかより、御来賓の相手をするべきだな」

 微笑んで御白様が、来賓へと向き直る。

 声を掛けてくれる気遣いだけで、それだけで幸せだった。虚勢を張っていることも含めて、僕を優しく受け止めてくれる。この方に相応しい僕で在りたい、その思いは強くなるばかりだ。

 宴も酣えんもたけなわ。日付が変わる頃になって、ようやく膳が上げられた。茶が振る舞われ、祝宴はお開きとなる。

 御来賓の見送りに庭へ出てみれば、提灯片手に曲家を後にする妖の行列が、さながら百鬼夜行の如き趣だった。

 見送りから戻ってみれば、奥座敷に再び膳が用意されていた。此処からは祝言を手伝ってくれた妖達の、労をねぎらっての宴となる。言わば身内だけの宴なので、当然のように盛り上がる。膳が上げられたのは、東の空が白み始める頃だった。酔い潰れてしまった者も多く、そのまま座敷で雑魚寝する者まで居た。


 後を奥内様に任せて、御白様と僕は離へと移った。

 この離は元々、二人の寝屋ねやとして用意されたものだ。お雪さんに帯を解いてもらう約束だったが、彼女は座敷で酔い潰れている。幸運にも、あ~れぇ~をする機会は失われてしまったという訳だ。

 帯を解いて、寝巻にしている浴衣に着替える。ようやく緊張の糸がゆるみ、一息つくことが出来た。

「疲れたでしょう。お休みになっては如何です?」

 羽織と袴を脱ぎ、着流し姿となった御白様が微笑む。

「化粧を落とさねば、寝られたものではないな」

「では、湯浴みに参りますか」

 着替を整え、二人して裏の温泉へと向かう。

 彼は誰時かわたれどきの薄明かりの中、朱に染まり行く東の空を横目に二人並んで畦道あぜみちを歩く。

 祝言の間ずっと隣に居たというのに、御白様をとても遠くに感じていた。それが今、こんなにも間近に彼を感じる。後少し、もう少しだけ近くに……腕にすがり付こうかとも思ったが、どうしても勇気が湧いてこなかった。

「御白様。その……」

「どうしました? 手でもつなぎたくなりましたか?」

「だ、だから、思考を読むなと!」

 顔を赤くしてうちゅむく僕の手をとり、御白様は力強く握ってくれた。

 そして明けきらぬ黎明れいめいの空を見上げ、うたそらんずる。

「天に在っては願わくは比翼ひよくの鳥とり、地に在っては願わくは連理れんりの枝とらんと」

「それは確か、玄宗皇帝げんそうこうてい楊貴妃ようきひに愛を誓った詩だったか」

「さすが博識はくしきでいらっしゃる」

 比翼の鳥とは、片翼しか持たない想像上の鳥。雌雄しゆうが一体となり空を舞うという。連理の枝は、別々の木が絡み合い一体となった枝。固く結んで解けることがない。いずれも強く結ばれた夫婦の分かち難いきずなを表している。

「願わくば私達も、比翼連理ひよくれんりらん事を」

 かの傾国けいこくの美女と並べられては面映おもはゆい限りだが、夫より常方とこしえに共に在りたいと請われては喜びを禁じ得ない。

 恒久不変こうきゅうふへんの想い、そんな物が在り得るのかどうか僕はらない。けれどもこの刹那に宿る想いが、久遠くおんはてまで続けと願う。

何時如何いついかなる時も、君と共に在る事を誓おう」

 見上げて大きな手を握り返せば、涼やかな笑顔で応えてくれた。

 十六夜いざよいの月が、西の稜線りょうせんへと傾く。

 山間やまあいからようやくく顔を覗かせた旭日きょくじつが、行くみちを明るく照らし始めていた。

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