第23話 惚れ直して……いない……事もない……

 御白様の曲家の門には幔幕まんまくが張られ、高張提灯たかばりちょうちんが掲げられていた。

 誰が迎えに出ているのかと思えば、羽織袴姿はおりはかますがたの御白様が提灯を持ち、落ち着かない様子で門の前に立っていた。新郎自らのお出迎えとは、面映おもはゆい限りだ。

 着流姿きながしすがたとはまた違う御白様のおごそかかな雰囲気に、足を止めてしばし見惚れていた。御白様も白無垢姿しろむくすがたの僕に見惚れているようだった……などと思うのは、自惚うぬぼれれが過ぎるだろうか。

 曲家の門をくぐれば、薄暮はくぼの中で満開の彼岸桜ひがんざくらが出迎えてくれる。はらりはらりと花弁はなびらを落とす姿は、散り際の美しさを誇っているかのようだ。

 庭では来賓らいひんの方々が、記帳の列を作っていた。記帳台の向こうに立ち受付をしているのは川波さん達だ。彼らの後方には、持ち寄られた祝儀が山と積まれている。野菜や山の幸、そして一升瓶の酒が多いようだ。

 当然ではあるが、来賓の大半が妖だ。新婦の到着に、一斉に皆の目が僕へと向けられた。見慣れぬ妖達の姿にたじろいでしまうが、何とか堪えて皆の前を通り過ぎる。

 河童に天狗、雪女。やけに背の高いのは、噂に聞く山人やまびとだろうか。他にも人の姿が見えるが、おそらくは遠野の地に祀られる神々ではないかと思われる。

 奥座敷に通され、御白様とともに上座に座る。家の中はふすまが取り払われ広間の様になっていた。記帳を済ませた神や妖達が、上座から下座へずらりと向かい合わせに座っている。表座敷や茶の間にも来賓が並んで座っていた。

 オイルランプが照らし出す曲家の様子は、幽玄ゆうげんにして荘厳そうごん。否が応でも緊張感が高まってしまう。そんな厳粛げんしゅくな雰囲気の中、奥内様のとぼけた声で婚儀が始まった。

 振袖で着飾ったぼっこちゃんが、僕達の前に三方さんぽうを差し出す。三方の上には、大きさの異なる朱塗しゅぬりさかずき三口みくち重ねられていた。そして少女は徐ろに、提子ひさげから長柄銚子ながえちょうしに酒をぐ。提子と長柄銚子はそれぞれ、紅白の紙で折った雄蝶おちょう雌蝶めちょうで飾らていた。

 御白様が一番小さな盃を手に取ると、少女が長柄銚子から三回に分けて酒をいだ。三口で飲み干して盃は僕へ。がれた酒を三口で飲み干し、盃は再び御白様へ。三口で飲み干して盃を返す。

 今度は僕が次の盃を手にして三口。御白様が三口。僕が三口。

 最後に御白様が一番大きな盃を手にして三口。僕が三口。そして再び御白様が三口。

 こうして三献さんこんの儀は、恙無つつがなく終了した。来賓の盃にも酒が注がれ、固めの杯を交わして婚儀を終えた。


 祝宴の準備の間、色を直すためお雪さん達に付き添われてはなれへ向かう。

 立ち上がって土間を見れば、座敷に上がれぬ妖達が御白様の嫁ッコを一目みようとひしめき合っていた。開け放たれた縁側を見遣れば、庭も見物の妖達でごった返しているようだった。改めて、御白様の徳の高さに驚くばかりだ。

 土間に降りて台所を見れば、何人もの妖が膳の準備に慌ただしく働いていた。朱塗の膳が並び、次々と座敷へ運び込まれていく。宴の準備も大詰めの様だ。

 離に入ると綿帽子と白打掛を脱ぎ、角隠つのかくしを被せてもらった。掛下かけしたの着崩れを直してもらい、色打掛を羽織る。これで祝宴の準備が整うまで、一息つくことが出来る。

「緊張した?」

 お雪さんが悪戯っぽく笑う。

「これしきの事で、緊張などするものか」

「凛ちゃんってさ、そういう素直じゃない所が可愛いよね」

「か、可愛くなど! からかうのはやめてくれないか」

「はいはい。たまにはデレてくれたって良いんだからね」

「だから僕は、ツンデレなどでは……」

「しっかし、御白様かっこよかったよねぇ。惚れ直したんじゃないの?」

「馬鹿な。そもそも、惚れてなど……」

 悪態を吐きかけて、言葉を止める。

「どうかした?」

「惚れ直していない……事もない」

「いやーん、照れてる! なにこの子、可愛い!」

 そう言ってお雪さんが僕に飛びつく。

「や、やめてくれ。着崩れてしまう!」

「大丈夫。お姉さんがちゃんと直して、あ、げ、る」

 飾らない人だと思う。けな物言いで、どんどん僕の中に踏み込んでくる。最初は面食らったが、素直になれない僕を物ともせずに付き合ってくれるから助かっている。

「凛ちゃん、帯をほどく時、あ~れぇ~ってやりましょ! あ~れぇ~って!」

 前言撤回。未だに面食らったままだ。

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