第22話 打掛に負けない別嬪さんにしてやっからよ!

 祝言の日の朝、お雪さんに連れられて彼女の家へとお邪魔した。

 玄関をくぐり、お雪さんが家の奥へと声を張る。

「お涼! 凛ちゃん連れてきたよ!」

 呼び声に応えて、家の奥から足音が響く。大股で歩み寄ってきた女性は、舐める様な視線で僕を見回した。お雪さんによく似ているが、随分と気の強そうな女性だ。

「こいつが御白様の嫁さんか。かーっ! 湿気しけつらしてんなぁ」

 喧嘩か? 喧嘩を売られているのか!?

「御白様の嫁の凜華だ。自己紹介もできんとは、妹君いもうとぎみは礼儀を知らんらしいな」

 お雪さんの妹相手に、思わず踏ん反り返って悪態をいてしまった。売り言葉に買い言葉とは言え、後悔したところでもう遅い。

「自己紹介だぁ? 俺は機女はためやらしてもらってるお涼ってんだ。夜露死苦よろしくな!」

「はた……め?」

「かーっ! んな事も知らねぇのかよ。はたる女だから機女ってんだ。おぼえときな! この辺で機女やってんのは俺くらいなもんだからよ。仲良くしといた方が良いぜぇ」

 そう言って得意気に笑う。

 どう言い返してやろうかと思案する僕の前に、お雪さんが割って入る。

「お涼。行儀よくしろって言ったよね?」

 笑顔のままでお雪さんが、凄味のある声を響かせる。

「んだよ、行儀よくしてんじゃねぇかよ!」

「ちょっといらっしゃい」

 言いながらお涼さんの耳を摘むと、お雪さんは玄関の外へと引っ張って行った。

「引っ張んなって! 痛い! 痛いって!」

「凛ちゃん、ちょっと待っててねぇ~」

 笑顔のままで、お雪さんが玄関の引き戸を閉める。

 独り残されどうしたものかと思う間もなく、すぐにお涼さんが戻ってきた。

 先程までの挑戦的な表情とは打って変わって、覇気無く俯いている。

「あの、お涼ッス。よろしくお願いするッス」

 な、何があった! お涼さん!!


 奥座敷に上がらせてもらい、衣桁いこう白打掛しろうちかけ色打掛いろうちかけを掛けた。

 まるで我が子でも見るかのように、お涼さんが愛おしげに二領にりょうの打掛を眺めている。

「良い仕事だ。綺麗に仕立ててもらいやがって……」

 聞けばこの打掛はいずれも、お涼さんが織った反物で作られているそうだ。

「この縫い取り、苦労したんだよなぁ」

 そう言ってそっと、お涼さんの指先が白打掛の柄をなぞる。

「お涼さんは腕が良いのだな。こんなに美しく織り上げるだなんて」

「俺の腕も良いんだけどよ、糸だよ。糸が良いんだ」

「糸?」

「見てみろよ、このつや。そんじょそこいらの絹糸けんしじゃこうはいかねぇぜ」

 まるで自らが光彩を放つかのような見事な艶。昨日初めて目にした時から、この美しさには目を奪われていた。

「さすがは御白様の御蚕様おかいこさまだ」

「御白様の?」

「なんだよ。嫁入り先の仕事を知らないのかよ。御白様の御蚕様は、この辺じゃテッペンよ。テッペン!」

「テッペン……なのか」

 田畑をやっていることは昨日知った。養蚕ようさんまでやっていたとは。しかもこの辺りでは一番の品質だという。まだまだあの家の事、知らない事は多いらしい。

「こんな仕事見せられちゃ、手は抜けないな。打掛に負けない別嬪さんにしてやっから、ドンと任せとけや!」

 お涼さんには、髪を結ってもらうことになっている。柄は悪いが、腕の良い職人のようだ。どうなることかと思ったが、安心して任せられそうだ。


 お昼を御馳走になり、夕方まで昼寝することになった。今夜は長丁場ながちょうばになるから、今のうちに寝ておいたほうが良いのだという。

 お涼さんと僕を奥座敷に寝かせ、お雪さんは何やら準備に忙しそうだった。手伝える事がないかと起きだそうとしたのだが、お涼さんに「どうせ役に立たないから、とっとと寝ちまえ」とたしなめられてとこいた。

 生家から嫁入りするのであれば、両親との別れを惜しんでいる頃ではないだろうか。輿入れ先が遠ければ、すでに向かっている頃かもしれない。それを昼寝までさせてもらえるとは、なんとも優雅な嫁入りではないだろうか。

 目醒めると、隣にお雪さんが眠っていた。寝ぼけたお雪さんにスンスンと頭の匂いを嗅がれて、慌てて飛び起きる。

 足袋たび長襦袢ながじゅばんを身に着け、二人に身支度を手伝ってもらう。

 お涼さんが僕の髪を文金高島田に結い上げるかたわららで、お雪さんが水化粧をしてくれる。顔から首筋、うなじ、手の甲と、刷毛はけで水に溶いた白粉おしろいを塗りつけていく。

 掛下を着て帯を締めてもらい、白打掛を羽織る。最後の仕上げにと、べにを差してもらった。

 綿帽子わたぼうしを被せてもらい、日暮れを待って家を出る。

 提灯ちょうちんを持ったお雪さんとお涼さんが先を歩き、足元を照らしてくれた。本来であれば両親や親族が続き、さらに箪笥たんす長持ながもちと嫁入り道具が続く花嫁行列になるのだそうだ。しかし僕は昨日から天涯孤独てんがいこどくの身。二人が付き添ってくれるだけでも、有り難い話なのだ。

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