第21話 凄いな。大地の恵みを凝縮したような味だ

「凛ちゃんもお食べ。美味しいよ」

 そう言ってお雪さんが、ひっつみ汁を注いでくれた。

 息を吹きかけながら、熱々の汁を一口すする。滋養に満ちた優しさが、身体に染み渡って行くようだ。鶏の味が濃い。成る程、これならば味噌仕立ての方が合うだろう。

「凄いな。大地の恵みを凝縮したような味だ……」

 味噌の香がしっかりと鶏の出汁を受け止め、根菜の風味を何倍にも膨らませているような気がする。今まで食べてきたどんな野菜よりも、味わいが濃いのではないだろうか。

「凛ちゃんが作ったのよ」

 確かに僕が……いや、お雪さんに助けてもらいながら僕が作った。けれども解った。ようやく理解した。美味しい料理というものは、料理人の腕だけではどうしようもないのだという事を。

 使われている素材を、そう、野菜や鶏を育ててくれた人の仕事こそが素晴らしいのだ。そしてこの美味しさを気前よく分け与えてくれる、自然の恵みこそが素晴らしいのではないだろうか……。

 素材の持ち味を損なわないよう、余すことなく引き出すために料理人は腕を振るうのだ。散々言われ尽くされている事ではある。しかし理解できていなかった。今日素晴らしい素材に触れ、初めて実感を持って理解できた気がする。

 いや、理解した気になっているだけで、そのじつまるで解っていないのかもしれない。料理を始めたばかりの僕が、奥底まで見通せているはずがないのだから。

「どうしたの? 難しい顔しちゃって」

「いや、何でも無いんだ……」

 難しく考えてしまうのは、僕の悪い癖だ。今は初めてのひっつみ汁を、皆が美味しいと褒めてくれたことを喜ぼうじゃないか。

 汁椀の中に、ひっつみを見つけて口に入れた。いや、ひっつみと言うよりも、だんごと呼んだ方が相応しい形……これはきっと僕が作った物だ。

 クニュクニュとした食感が心地よく、結構な食べ応えがある。なるほど、郷土料理として今日こんにちまで受け継がれているだけの事はある。

 ふと、幅広で薄いひっつみが椀に入っていることに気がついた。これはきっと、お雪さんが作った物だろう。どれ程の違いがあるのかと、食べ比べてみる。

「ふ、不甲斐ない……」

 突如として肩を落とす僕を見て、お雪さんが慌てていた。


 夕餉の片付けを終え、明日の祝言について教えてもらう。

 御白様とお雪さん、そして僕で茶の間の卓袱台ちゃぶだいを囲む。奥内様とぼっこちゃんは、昨日と同じく茶菓子の籠を漁っている。

「来賓の方々は、夕刻からいらっしゃいます」

「という事は、祝言は夜に挙げるのか」

「そうですよ。皆、昼は農作業がありますので。元より祝言とは、そうしたものですよ」

「そうなのか……」

「本来であれば、三日三晩の宴なのですが……」

「ちょっと待ってくれ。いま三日三晩と聞こえたが、聞き違いなのか?」

「いいえ。三日三晩で合っていますよ。一度に歓待できる方の数も限られますので、招待客を三日に分けて祝宴を行うのですよ」

「そ、それは豪儀ごうぎな事だ……」

「とは言え田植えも近い。急な話でもありますし、明日は来賓を絞って一晩の祝宴としています」

 一晩と聞いて胸を撫で下ろす。さすがに三日三晩の宴では、身がもつ気がしない。

 本来であれば、農閑期に祝言を挙げることが多いのだと言う。今回は急な事でもあり、都合の付かない招待客も多く、一晩の宴に絞る事も比較的容易だったのだそうだ。

「お雪。頼んでいた件、大丈夫ですか?」

「もちろん。花嫁は私とお涼で面倒を見るからご心配なく」

 着付けや色直しなど、お雪さん姉妹が面倒を見てくれるらしい。明日の朝餉の後、お雪さんの家に伺うことになった。

 受付や祝宴の準備などは、近所の妖達が手伝ってくれるそうだ。そして婚儀や祝宴の進行は、奥内様が取り仕切るのだそうだ。一抹の不安を覚えないでもないが、おそらく大丈夫だろう……何度も自分に言い聞かせた。

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