第20話 完成!凛ちゃん特製ひっつみ汁!

 夕餉の時間となり、皆が居間に集まって囲炉裏を囲む。

 御白様、奥内様、そしていつの間に帰ってきたのか、気づけばぼっこちゃんも居間に座っていた。川波さんは、自分の家で夕餉をるらしい。

「凛ちゃんの手料理とか、楽しみ過ぎるだろ!」

 奥内様がやけに上機嫌だ。期待に応える事ができれば良いのだが……。

 お雪さんに教えられるがまま、鶏出汁の中に具材を入れていく。まずは煮えにくい根菜から。玉葱たまねぎ牛蒡ごぼう馬鈴薯じゃがいもを入れる。ひと煮立ちしたところへ手羽を加え、火勢を弱めた。馬鈴薯に八割方火が通った頃合いで、残りの鶏肉と椎茸を入れていく。

「具材に特に決まりはないから、季節の野菜や魚でいいのよ。もちろん今日みたいに肉でも良いの。味付けだって、味噌でも醤油でもお好みで。ひっつみ入ってれば、どんな汁でもひっつみ汁だから」

 休ませておいた生地をお雪さんが手にし、お手本を見せてくれる。

 生地の表面をつまんで引き出すと、薄く伸びてプツリと切れた。そのままお雪さんは、伸びた生地を鍋へと入れる。続けて二枚、三枚と、薄く伸ばしたひっつみを鍋へと入れた。

「遠野では、『手で引きちぎる』事を『ひっつむ』って言うのね。生地をひっつんで汁に入れるから、ひっつみ汁って言うのよ」

 鍋の中で火の通ったひっつみは、まるで肉厚の雲呑わんたんのような面持ちだ。

「さぁ、やってみましょうか」

 生地の塊を手渡される。

 見様見真似みようみまねでやってみたのだが巧く伸ばすことが出来ず、短く引き千切れてしまった。

「の、伸びないのだが……」

「気にしない、気にしない。そのまま鍋に入れちゃって」

 意外とこつの要る仕事ではないだろうか。二度、三度と繰り返してみるが、伸びたかと思えば饂飩うどんのように細長くなったり、再び短く引き千切れたりで、お雪さんのように巧く伸ばすことが出来なかった。

「これでは、ひっつみと呼ぶには……」

「そういう時は、だんご汁作ったってうそぶけば良いのよ」

 そう言って笑いながら、お雪さんが汁に味噌を溶いていく。

「凛ちゃん、それくらいでいいよ。仕上げに野蒜の青いとこ」

 生地を濡れ布巾に戻し、吸口にと用意しておいた野蒜を鍋に散らした。

「完成! 凛ちゃん特製ひっつみ汁!」

「おぉ~」

 お雪さんの完成宣言に、一同から歓声が上がる。

 木杓子で汁椀にいで、皆に手渡す。先んじて掻き込んだ屋内様が叫び声を上げた。

「うめぇ! 凛ちゃん、うめぇよ!」

「そ、そうか。それは良かった」

 褒められて悪い気はしないが、今ひとつ実感が湧かなかった。

「おかわりちょーだい!」

 屋内様が汁椀を差し出す。

 その時、隣に座るぼっこちゃんが僕の袖を引いた。何事かと思って少女を見遣る。

「おいしい……」

 そう言って空になった汁椀を差し出した。

「もう食べちゃったの!? おかわりかな?」

 ぼっこちゃんがコクリと頷く。

 慌ただしく二人の汁を注ぎ終わると、御白様もそっと椀を差し出した。

「私にも頂けますか?」

 御代わりしてくれたという事は、美味しいと思ってくれているのだろうか。いや、もしかすると、もの凄くお腹が空いているだけという可能性も……。

「ど、どうだろうか、味の方は。御白様の好みに合えば良いのだが……」

 不安気な僕を気遣ってか、優しく微笑みを返してくれた。

「もちろん美味しいですよ」

「本当? 本当に?」

「えぇ、本当ですとも。初めての料理だったのでしょう? 頑張りましたね」

 ねぎらいの言葉をかけられ、思わず涙がにじんだ。

 そうか、僕は頑張っていたのか……。

 ひっつみ汁を作るだけなのに、とても長い一日だったように感じる。見るもの総てが目新しく、何も知らない自分を不甲斐なく思いもした。それでも何とか役に立てるよう、慣れない料理に正面から取り組んだ。

「今日一日、ずっと頑張ってたもんねぇ。凛ちゃんは偉いよ」

 そう言ってお雪さんが、僕の頭を抱き寄せて撫でてくれる。

「お雪、それは私の役目では……」

 御白様が慌てる姿が珍しく、思わず吹き出してしまった。

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