斜陽に咲いたスイートピー

釣鐘みち @雲猫

斜陽に咲いたスイートピー



─── 7月も半分ぐらい終わる頃、空き教室。


カズサ

「……はぁ、暇。」



─── キリ、空き教室に入ってくる。


キリ

「しつれーい…って、わあ。ざんねんざんねん…まぁえぇか。やっほー、君どちらさん?」


カズサ

「……」


キリ

「…あ、先に名乗るんが礼儀ってやつやっけ?私キリ、はい名乗ったで!君は?」


カズサ

「…どうでもいい、早くどっか行って欲しいんだけど。」


キリ

「えぇ…酷いなぁ?ええやん、仲良うしよや。他に人おらんとことかないやーん?」


カズサ

「…私いるし。普通先客がいたらどっか行くもんじゃないの。何?あんたの方が地位が上だから私がどっか行けって?」


キリ

「…そないなこと言うてへんねんけどなぁ。君こそ何や?私のこと嫌いか?そもそも話したことあったっけ?」


カズサ

「ないけど、どうでもいいでしょ。あんたみたいなやつはみんな嫌い。」


キリ

「うーん、私は結構仲良うなれそうやと思っとるけどね。」


カズサ

「…知らない。関わりたくない。」


キリ

「えー、私このままここでサボる気だったんやけど。えぇやん、ね?3限終わるまででええからちょっと付き合ぉてよ。」


カズサ

「はぁ……カズサ。」


キリ

「ん?…あ、名前?」


カズサ

「…3限の間だけだから。その後はどっかい行って。」


キリ

「ありがと、考えとく!」


カズサ

「はぁ?…まぁいいや、私4限には教室戻るし。」


キリ

「ま、私も戻るんやけどね。…んー、君は何が好きや?」


カズサ

「…何って、何?そういう話いる?」


キリ

「え。えー、何がええ?」


カズサ

「…知らない、私に聞かないでよ。」


キリ

「うーん。あ、好きなタイプとか?恋バナせぇへん?」


カズサ

「しない、するわけないでしょ。」


キリ

「えぇ…ほな好きな色!」


カズサ

「……オレンジ。」


キリ

「え、意外。もっと暗い色好きかと。」


カズサ

「…なんか悪い?」


キリ

「いや?そこは自由でしょ。」


カズサ

「…あんたは、そう考えてくれるんだ。」(呟く)


キリ

「ん?堪忍かんにんな。聞き取れんかったわ。ちゅうか隣座ってええ?私ずっと突っ立ったままやった。」


カズサ

「…勝手にすれば。」


キリ

「……じぶん、反応ひやこいけどなんやかんや結構優しいよな?」


カズサ

「…ひや、ん?……ああ、冷たいってこと?」


キリ

「せやけど、わからへんかったかんじ?」


カズサ

「ちょっと混乱した。ひやこい?って言うの今まで聞いたことなかったし。」


キリ

「特に気にしたことなかったけど…方言てこっちの人伝わらんのか。わからんかったら言うて、直すのめんどいし。」


カズサ

「ん、……そっちは?」


キリ

「ん?私?何が?」


カズサ

「色の話…てか他に誰もいないでしょ。私だけ答えるとか不公平だし?」


キリ

「まぁさよか。…んー、よぉ好きそう言われるんはオレンジとか赤とか。」


カズサ

「…あんた、会話下手くそ?」


キリ

「え、君がそれ言う?」


カズサ

「は?質問に質問で返さないで。私ちゃんと返答はしてるし。」


キリ

「ごめんやん。んー、何色やろか。なんかこれ!って言うた色はないんやけど、オレンジも赤も嫌いやないで。」


カズサ

「…そ。まぁそれも、自由でしょ。」


キリ

「え、あー、うん。そっか。せやんな。」


カズサ

「…何?その反応。」


キリ

「いーや、気にせんとって!んーっと、ほんなら部活は?」


カズサ

「入ってない…あんたは?」


キリ

「私も入ってへんよ。面倒やし、…いろいろ。」


カズサ

「…部活入って青春しよー、とか言ってそうなのに。」


キリ

「いやいや、君ん中の私どんなイメージなん?」


カズサ

「陽キャ。」


キリ

「陽キャ…」


カズサ

「それ以外になんかある?」


キリ

「君、やっぱ結構酷いな?」


カズサ

「…いつでもここから出てっていいけど?」


キリ

「仲良うしよやって言うたんやけどなぁ…?」


カズサ

「知らない、私は関わりたくないって言ったし?」


キリ

「…って言いながらちょっと楽しそうやん?よかったよかった。」


カズサ

「は、……まぁ、なんもないよりは悪くないかもしんないけど。出て行くなら行くで別に困んないし。」


キリ

「またまた〜、行って欲しくないんやったらそう言えばええんやで?」


カズサ

「やっぱウザいから今すぐどっか行って。」


キリ

「酷いなぁ。」


カズサ

「あんただって酷いって言いながら声笑ってるよ?」


キリ

「んー、やっぱ私ら仲良うなれると思わん?」


カズサ

「さぁね、仲良しごっこに興味はないし。」


キリ

「ごっこやなくて、仲良しは?」


カズサ

「…私、あんたたち陽キャってそういう嘘つくの大好きな生き物なんだと思ってるんだけど?」


キリ

「うーん、まず君に私が陽キャやなくて、『キリ』って人間やってことをわかってもらった方がええかも。」


カズサ

「やれるんならやってみれば?」


キリ

「…わかった、私が!君の嫌いな『陽キャ』とは違うってわかるまでここ来たるから!絶対!」


カズサ

「はぁ?ちょっと、それはない。」


キリ

「いーや、もう決めた!頑張るから!」


カズサ

「そんなとこ頑張んないでいい!」


キリ

「あ、チャイム鳴ったや。んじゃ、またね〜。」


カズサ

「もう来ないでってば!」


キリ

「そう言いながら一緒に来るんや?」


カズサ

「方向同じなんだから仕方ないでしょ…!?じゃあね、もう来ないでよ。」


─── カズサ、早歩きで教室へ戻る。


キリ

「ありゃ、行ってもうた。」




─── 次の日、また次の日、と日を重ねたある日の昼休み、空き教室。


キリ

「やっとる〜?」


カズサ

「…居酒屋か。」


キリ

「おお…!」


カズサ

「おおじゃない…なんで来たの。なんで私がいるタイミングわかるわけ?」


キリ

「んー?私言うたやん、君が私と仲良うする気になるまで嫌でも来たる〜って。ほんでな、タイミングはただの勘。」


カズサ

「勘で毎回当てないでくれる?それ本当に勘?」


キリ

「え、じゃあやっぱ運命?」


カズサ

「そういうことじゃない。」


キリ

「…ふふ。」


カズサ

「何?」


キリ

「なーんも?」


カズサ

「はぁ……邪魔しないでよ。」


キリ

「なんかするん?」


─── 無言で本を開くカズサ。


カズサ

「……」


キリ

「…まぁええや。」


カズサ

「…あんたはなんかしないの?」


キリ

「え、あー…んー。うん。」


カズサ

「日本語喋ってくれる?」


キリ

「いやぁ、うん……」


カズサ

「…別に言いたくないこと無理に言おうとしなくていいよ。あんたにどうしてもきたいことなんてないし。」


キリ

「それはそれで悲しいで…!?」


カズサ

「……めんど。」


キリ

「ひどぉ…いや…さ、人に囲まれて生きてきたもんで。」


カズサ

「え、自慢?」


キリ

「全然自慢できへんよ。おかげでひとりんときなんしたらええんかわからんくなってもうてね。」


カズサ

「好きなこととか、ないの?」


キリ

「……わからん。」


カズサ

「ふーん……ねえ、あんた文字読むのに抵抗あるタイプ?」


キリ

「え?いや、そんなないけど…」


カズサ

「…じゃあこれ、貸してあげる。写真が多いから見るだけでも暇つぶしにはなるでしょ。」


キリ

「これ君見とる途中やないの?」


カズサ

「…何周もした後、だけど。」


キリ

「へぇ…すごいな、めっちゃ好きやん。」


カズサ

「……」


キリ

「え、そこで黙るん?」


カズサ

「…終わったら、感想教えて。あんたが思ったそのままの感想。嘘ついたらもう二度とあんたと会話しないから。」


キリ

「…私、結構嘘つくん上手いで?」


カズサ

「……まぁ、待ってるから。じゃ。」


キリ

「え?ちょっ、またね!」



─── 日を重ねる。お互い無言の日もある。


カズサ

「……」


─── 黙々とページをめくったり、ぼうっと何かを眺めたり。


キリ

「……」


─── 日を重ねる。会話をする日もある。


カズサ

「…ねえ、あんたって友達いるよね?」


キリ

「なーに言うてんの、私ら友達やろ?」


カズサ

「あんたが何言ってんの?」


キリ

「ねえ、ちょけて言うたけど結構傷ついた!」


カズサ

「はいはい…ねぇ、ずっと誰かと話してると疲れない?」


キリ

「しんどいで?やからここ来てるんやし。」


カズサ

「ふーん…あ、チャイム鳴った。」


キリ

「おっと。じゃ、またね。」


カズサ

「ん、またね…」


キリ

「!うん、またね!!」


カズサ

「うるさ。」



─── 日を重ねる。一学期ももうすぐ終わる。


キリ

「ねえ、今ええ?」


カズサ

「ん?」


キリ

「感想の話させてや。はい、本。おおきに」


カズサ

「ん、どうぞ?」


キリ

「なんていうか、綺麗やな〜って。眩しいくらい。…夜の海ってあんな感じなんやね、昼間の海すら見たことないんやけどさ。」


カズサ

「…夏休み、見に行く?」


キリ

「……もっと、はよ出会えてたらなぁ。」(呟く)


カズサ

「ん?ごめん、聞こえなかったんだけど…」


キリ

「ね、聞いてや?」


カズサ

「…何?」


キリ

『…私は、君と話すの好いとったで。』


カズサ

「急に何…?」


キリ

「なんか、楽やった。」


カズサ

「…まぁ、私も結構楽だけど。」


キリ

「そっ、かぁ。よかった…」


カズサ

「いや、ほんとに何?」


キリ

『…カズサ!じゃあね。』


カズサ

「え?ああ、うん…またね?」



カズサ(M)

「次の日、あんたは来なかった。廊下を通ったとき、休みだって誰かが言ってたのが聞こえた。」


カズサ(M)

「でも、あんたは次の日も来なかった。その次の日も、ずっと。」




─── 始業式から数日、6限まで終わっても、キリは来ない。


カズサ

「……来ない、な。いや、別に約束とかしてるわけじゃないけど、でも…」


カズサ(M)

「……ちょっと、だけ。」


─── 人が多く、騒がしい廊下。キリを探す。


カズサ(M)

「…うるさい。普段気にしないようにしてるけど、やっぱうるさい……」


モブ

「…てかさ、キリ?あいつやっと転校したね〜。」


カズサ

「…は、?」


モブ

「うざかったよね、ほんっといなくなって清々した!なんかさー、ほら、誰にでもヘラヘラしてる感じ?アホそうな顔してるくせに点数いいしさぁ、先生に媚びてなんかしてたとか?」


カズサ

「…ねえ。」


モブ

「ん?…どしたのー?珍しいね。」


カズサ(M)

「あー、嫌いだ。そのこっちを下に見てるみたいな態度も、薄っぺらい笑顔も、ヘラヘラした喋り方も…」


カズサ

「あんた、あいつの何知ってんの?」


カズサ(M)

「自分よりすごい奴みーんな貶さないと生きらんないとこも、全部嫌い、大っ嫌い。」


モブ

「は?いや何、急に。あ、こういうの聞くと黙ってらんないタイプ?アンタってそんないい子キャラだったんだ?」


カズサ

「いい子?はは、そう見えるんだね。」


─── カズサ、モブの胸元を掴んで顔をぐっと近づける。


カズサ

「…あいつは、キリは、あんたよりよっっぽど賢くて優しくて、努力もしてるよ。そうやってピーピー喚くだけのあんたらクソ陽キャとは『違う』から。……じゃあね、またがあればそのときは殴っちゃうかも。」


─── 呆然としているモブから手を離して、空き教室に戻る。


カズサ(M)

「あーあ、目立たないようにやってきたのに。なんか目立つあんたに影響されたかな。」





─── 冬、放課後。斜陽しゃようが差し込む空き教室。


カズサ

「…明日、卒業式だよ。」


カズサ

「…あんたのせいで、ひとりで時間潰すの少し下手になったかも。」


カズサ

「…ほんと自分勝手だよね。そういうとこはクソ陽キャどもと同じで嫌い。」


カズサ

「…あんたのこと悪く言ってた奴にさ、何を知ってるんだって私怒ったけどさ。私も、あんたのことそんなに知らないって気づいちゃった。」


カズサ

「『運命』って言ったの、あんたでしょ。」


カズサ

「…面倒だしうざいし、なんていうか眩しいし。でも、あんたと過ごすの、嫌いじゃないよ。」


カズサ

『……またね、キリ。』


─── ぽつりと言葉にして、空き教室を後にした。

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