第12話 喜劇か、それとも悲劇か

 「よう。アルガー」


 フェロースは平然と僕の前に顔を出した。

 またあの光景が脳をよぎる。


 「フェロースー!!!!!!殺してやらぁ!!!!!!!!」


 僕はフェロースの事をはっきりと知覚している。

 今、この瞬間にでもフェロースの息の根を止める事はできる。でもそれじゃあ癪に障る。死なんてあまりにも生易しい。


 「聞いてくれ。俺が何を思ってアモルを殺し、何を思ってお前を育てたのか」

 「黙れ!!!!!」


 僕を騙しておいて、アモルを殺しておいて、その言い訳を聞けというのか?

 ふざけるな!!


 「お前とアモルは帝国やそれを取り巻く世界全体に虐げられてきた。世界に対し復讐しようとする気持ちも理解できる」

 「違う!!!!!僕はアモルと一緒に居られればそれで良かった!!!!それを世界が邪魔するからやったんだ!!!!!」


 「だが、どちらにしても無関係な人々まで巻き込んだ。受けるべき罪を持っていない人間までお前たちは殺した」

 「僕らじゃない!!!!!悪いのは世界そのものだ!!!!!!!」


 「お前はそう思ったかもしれない。だが、アモルは違った。アモルはお前と結ばれたいと思いつつも、無関係な人々を虐殺し、罪を重ね続けたくなかったんだ」


 「フェーロースお前にィ!!!!!!!お前にアモルの何が分かる!!!!!!!!」


 グサ!!


 「うっぐ...アモルは、俺の妹だ。分かるに決まっているだろう。それにアモルの師匠を通してアモルから言伝も預かっていた。アモルは...自分を止めて欲しいと言っていたぞ...」


 「そんなわけ!!! なんで、そんな、僕には一言もそんなこと」


 「ぐはっ!! ...そりゃ、自分の好きな人に結ばれたくないと思われるような事言わないだろう... アモルが...お前の事を好きだったのは本当だ...はぁ、はぁ... だが、自分の暴走を誰かに止めてもらいたかった、というのも、本当、だろうよ...」


 「嘘だ!!!! 僕がアモルのことを一番わかっている!!!!」


 「...アル、ガー お前はアモルのミステリアスな笑顔に、惚れたんじゃ...ないのか? ...アモルのよく分からない所に、惚れたんじゃないのか?」


 「だからアモルに告白をした!!! アモルの事をもっと知りたかった!!!!!! そしてキスをして、お互いの全てを理解したんだ!!!!」


 「違うな...アルがぁ、お前はいまでもアモルに惚れているまま、だろう?」


 「...」


 「 ...俺がアモルを殺すとき、アモルから遺言を受け取った。アルガー、お前も覚えているだろう?」


 「...『私の大好きなアルガーを幸せにしてほしい』」


 「そうだアルガー。だから俺はお前を幸せにするために頑張ってきた」


 「僕の心の中はグチャグチャだ!!!! それもこれも、全部お前のせいだ!!!!!」


 「そうだな。その通りだ。俺が、悪い。でもな、なんでこうなっちゃったかなあって思う所もあるが、俺は今からでもお前を幸せに出来ると思っている」


 「お前に僕を幸せにすることはできない!!!!絶対にだ!!!!! 僕を幸せに出来るのはアモルしかいない!!!!」


 「思い出せ。アルガーと俺とグラで食卓を囲った幸せな日々を。もう一度三人で食卓を囲おう。アルガー」


 「あんなの偽りの幸せだ!!!!」


 「だがあの時確かにお前は笑っていたぞ」


 「アモル以外との幸せは全部ニセモノだ!!!! 分かんないようだからもう一度言うけどね、僕を幸せに出来るのはアモルしかいんだよ!!!!!!!!!」


 「そんなことを言ってしまっては、アモルの遺言にお前は背くことになるが、いいのか?」


 「でも、アモルしかっ―」


 「その執着は、お前に幸せになってほしい一心で望まぬ虐殺をしたアモルのその気持ちを裏切ることになるぞ」


 「そんなの、でも、僕にはアモルしかいなくて、それ以外じゃもう何もかもがグチャグチャで、気持ち悪くて、嫌で嫌でたまらなくて

... せんせい、ぼくはじゃあどうすればいいって、いうの」


 「俺たちがどうすれば幸せになれるかは、これからみんなで考えよう。だから...俺の首筋に当てているナイフを、少し、離してもらえないか」


 その時ハッとした。

 慌てて両手からナイフを離す。

 カランカランっとナイフが地面にぶつかる音がする。

 視線を下におろすと、赤黒く染まった血だらけの両手が見えた。

 誰の血だ?

 前を向く。

 せんせーの身長は高い。

 僕の目の高さには、せんせーの胸板がある。

 その上にはせんせーの首筋が目に入る。

 ごぽっごぽっと音を出しながら、勢いよく、赤い液体を噴き出している。

 体内を満たす赤い液体、血液だ。

 血液は魔力の源とされていて、同時に生命力そのものらしい。

 それが、せんせーのそれが、勢いよく噴き出している。

 ぎょっとした。

 さらに上を向くと、せんせーが目を細め優しく僕を見つめていた。


 「ナイフを離してくれて、ありがとうアルガー」


 優しくそう言いながら、せんせーはバタリと地面に倒れる。


 「せんせー、せんせぇ、これは、僕が...」


 僕は震える手を動かし、せんせーの首筋の傷を押さえつける。

 だめだ、どんなに押さえても手と首の皮の間から血噴き出ていく。


 「お前は悪くない。なにも悪くない。俺は絶対に死なないし、俺とお前とグラの三人また集まれたらそのときに、どうすれば幸せになれるのかって考えていこう」


 「せんせー、せんせぇ!!!!」


 「安心しろ。アルガー。俺はお前らの英雄だ。絶対にしなない」


 せんせーがいなくなったら、僕は...

 血、血だ。人間の生き血は人間を回復させられる。

 地面に落としたナイフで左手を切り落として、


 「せんせー!!!僕の血ィ、これ飲んで!!!! せんせー!!!」


 既にせんせーの瞳は僕の方を向いていなかった。


 なんで、僕の左手は瞬時に再生されているのに、せんせーは生き返らないんだ。不公平だ。


 ...思い返してみれば、せんせーとティア姉との生活は何一つ不満の無い、幸せな生活だった。もちろん、僕のアモルへの想いは本物だけど、それでもフェロースは僕に幸せをくれた。それは決して間違いではないし、偽りの幸せでもない。

 僕は罪を犯した。

 無関係の人を殺戮し、アモルの内に秘めた感情にも気づかず、そしてそれを正そうとしてくれた人にまで牙を剥いた。

 僕はなんでこんなにも馬鹿で愚かなんだ。

 僕は、駄目なんだ。

 愚かだから、正しさが何か分からない。

 愚かだから、真っ直ぐに前を歩けない。

 道を外れていってしまう。

 もう、立ち上がってはいけないんだ。

 立ち上がりたくない。

 もうこれ以上人を殺したくない。


 「アルガー様!!! 立ち止まって許されると御思いで???!!!」


 気づいたら共謀を約束した狂信的な科学者が跪く僕を見下す位置に仁王立ちしていた。

 目をガン開きにして、吸い込まれるような恐ろしさのある形相で僕の目をじっと凝視している。


 「アルガー様!!! 許されると御思いですか???!!! あれだけの事をして!!! 許されると御思いですか???!!! アルガー様!!! 許されると御思いですか???!!! 全人類の過半!!! 8億人を殺戮しておいてその様な事を御思いですか???!!! アルガー様!!! 現実を直視しましょう!!! アルガー様!!! 許されると御思いですか???!!! アルガー様!!! 許されると御思いですか???!!! アルガー様!!!  アルガー様!!! アルガー様!!! アルガー様!!! アルガー様!!! アルガー様!!! アルガー様!!! 本当に、許されると、御思い、なのでしょうか???!!! 本当ですか???!!!」

 「あっ...ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 駄目だ。

 清算をしなければ。

 罪に対する清算をしなければ。なにも無かったことにしなければ。

 デウスエクスマキナであらゆる罪に対する清算をして、アモルとフェロースとグラティアスと無関係な全ての人々を幸せにしなければ。

 しなければ、僕はおかしくなっちゃう。

 もう後には戻れない。

 僕をこっち側に戻してくれる人は殺してしまった。

 なら、あっち側へ突き進み続けなければいけない。

 あっち側へ走り切った先に希望が、デウスエクスマキナがあると信じて。




 アルガーがフェロースを殺してからしばらくして、アルガーは4体の不完全特異存在を手に入れた。それぞれ、風、大地、炎、水を大規模に操ることができる強力な道具だ。

 アルガーの戦力は第一次存亡大戦以上に高まり、人類は再び危機に瀕する。




 そして2年後。




 山脈と山脈の間の小さな平原。

 昔はのどかな農村だったと思われるそこでは、数千人の戦士がせわしなく動き回っていた。

 戦士たちの顔ぶりや装備は多種多様だ。それでも、みなトラブルなどを起こさずスムーズに準備を続けている。


 「特異存在は明日ここに到達しますわ。それまでに配置に着いて下さい。配置に着いてからはしっかりと食事を取り、すぐにでも睡眠を取ってください。明日を最終決戦にしましょう」


 防衛部の隊長と思われる女性が戦士一人一人に的確な指令を出している。

 綺麗な茶髪を三つ編みにしていて、優しいこげ茶の瞳を持っている女性だ。


 「レグとフィーもちゃんとご飯食べて」


 鮮やかな金髪と輝きに満ちた瞳が特徴の女性が決戦の準備をしていた二人を小突いてそう言う。


 「分かってるぜ!」


 短めの白髪を持つ少年のような人物がクルっと振り向きそう返す。


 「了解しました」


 クリーム色の髪を持つ女性が白髪の少年のような人物よりもゆっくり振り向き、そう言って頷く。




 次の日。


 「空間断絶結界魔法発動!!」


 グラティアスの鋭い号令の直後、無数の小さなクリスタルが空中に散らばり、それらすべてが光り輝く線で繋がり、巨大な魔法陣が展開される。


 異様な光景だ。

 昨日の熱気とは打って変わって、静かだ。

 誰ひとり太陽の下に姿を現さないで、廃墟の中に潜んでいる。そんな中、巨大な魔法陣だけが農村を阻むかのように空中に展開されている。


 「高次超大規模煙幕魔法発動!!」


 グラティアスがさらなる号令を下す。


 「座標指定お願いいたします!」


 「ごめんレグお願い!!」


 「俺かよ!! ...南南西、1000分の250地平線距離、高さ30!!」


 「フィー聞いてた?発動お願い」


 「はい!! 625回線で発動、いまです!!」


 パン!!


 農村からやや離れた所で小さな破裂音が鳴ると同時に、膨大な量の煙幕が辺りを包む。


 「このまま、高次超大規模煙幕二次展開魔法発動!!」


 「承知いたしました!! 625回線を魔法陣Bに繋ぎ直して発動です!! 今です!!」


 煙幕に一瞬ビリビリと電撃が走り回った。

 それと同時に煙幕の黒さ、そして量がさっきの比にならない程増え、辺りを真っ暗にした。


 「ここまではオッケーよ。...高次超大規模煙幕三次展開魔法、発動して!!」


 「用意は完了しています!! 今です!!」


 農村、更には農村の中の廃墟にまで黒く濃い煙幕が勢いよく立ち込める。煙幕は上にも膨れ上がっていき、雲の高さにまで至った。

 ここまで巨大で膨大な煙幕となると、強風や竜巻で全てを吹き飛ばすのはとても時間がかかる。


 「フィーカ!! 高次超大規模攪乱魔法発動!! 次いで高次超大規模攪乱二次展開魔法発動!! 最後に高次超大規模攪乱三次展開魔法発動!! お願い!!」


 「かしこまりました!!! みなさまポイント1、ポイント2、ポイント3での各マニュアル最終確認してください!! ―ではフィーカに息を合わせてください!! 発動まで、ごー、よん、さん、にい、いち、今です!!」


 ズゴゴゴゴゴゴゴ!!!!! ズガァン!!!!! ガガガガガァ――――――!!!!!!


 激しい風が吹き、力の向きが変わり、空気が震え、風と重力と衝撃波がグチャグチャに混じり合い渦になっていく。


 「成功です。これ程の威力があれば、知覚情報を完全に遮断できるとフィーカは考えます」


 「わかった。じゃあみんな、頑張ろ」


 とてつもない轟音とともに農村や廃墟など、辺りにあるありとあらゆる物がちりじりに砕け吹き飛んで漆黒の煙幕の海に飲み込まれていく。

 それはグラティアス達数千人も同じようだ。

 それぞれ覚悟を決めた目をして漆黒を睨み、武器と箒を持って渦に巻き込まれていった。


 そして、孤独な闘いが始まる。

 仲間の姿が全く見えない暗闇の中での孤独な、特異存在との闘いが。




 この広い煙幕の闇の中だと、そもそも敵を見つけるまでが難しい。それに、見つかった時には目と鼻の先に敵がいる。もし少しでも後れを取ったら、アルガーあるいはその眷属によって一瞬で殺される。


 「真っ暗過ぎてこのままなんもしないで戦争が終わると思ったけど、そうならなくてよかったぜ!!」


 短めの白髪を持つ少年のような人物は、両手で引き抜いた二本の剣を鮮やかに構え、箒の上に立ち上がった。

 不完全特異存在も姿を現す。

 赤い炎を纏う、首なしの生体兵器だ。


 パン!!

 パン!!

 ジャキン!!!


 剣と炎がぶつかり、反発する光と音が微かに響く。しかし、なにもかもがグチャグチャに混じり合うこの混沌の渦の中では、燃え上がる炎の赤色も、響き渡る鉄の音も、一瞬にしてかき消されてしまう。


 この混沌を造りだしたのは、人間の視覚、聴覚、嗅覚、気配を遮断し、アルガーによる仲間の殺戮を阻止するためだ。

しかし、あらゆる知覚の遮断はグラティアス達も例外ではない。極端な環境、極度の孤独は彼女らを物理的、精神的に蝕んでいく。

 それでも。


 「勝負、あったな」


 グラティアス達は負けるわけにはいかないのだ。


 不完全特異存在アルファ撃破。

 レグルスは両手で、炎に焦がされた双剣を掲げていた。




 同じ頃、クリーム色の髪を持つ女性も暗闇の中、別の不完全特異存在と対峙していた。


 「イーグノースカール様、フィーカに力をお貸し下さい!!」


 手に持つロッドの先っぽには歯車仕掛けの魔法陣が付いている。


 「アイスフリージング!! デストロイファイア!! ストーンキャノン!! エクスプロージョン!! ウィンドスラッシュ!! グラヴィティ!!」


 ロッドの無数の歯車が高速で回転していき、瞬時に様々な魔法陣が形成、発動していった。不完全特異存在に反撃の隙を与えないように、徹底的に追い込んでいく。


 「とどめです。ブラッドエングレイヴ!!」


 パッ!!

 ズカズカズカズカァン!!


 「はぁ、はぁ、ブラッドエングレイヴ。空気中に蒸発させたフィーカの血液を起点に、対象の体表全域を鋭く刻み込む魔法。フィーカの必殺技です」


 不完全特異存在の動きが止まる。全身には深く切り込まれた傷が無数に作られていた。


 「って、もう絶命していましたか」


 その言葉から少し遅れ、無数の傷口から、身体にそれまで含まれていた全ての血液と組織液が滲み出ていき、グジュグジュの肉塊に成り果て、暗黒の渦に巻き込まれ消えていった。


 不完全特異存在ベータ撃破。




 「アミ、聞こえる?」


 「ええ、聞こえるわ」


 グラティアスとアミークスだけは、離れ離れにならずに嵐の中を真っ直ぐ突き進んでいた。アミークスの風の加護によるものだ。


 「もう目の前にアルガーがいる。なんとなく分かるの」


 「緊張してる?」


 「うん。でも、大丈夫。この戦いは私だけの戦いじゃないから。私には仲間がいるから、必ず遂げられるよ」


 「信じるわ」


 と、その時。


 「グラ上見て!! 首無し人形が―」


 ゴロゴロゴロゴロ!!!!


 耳をつんざく轟音とともに紫色の閃光が走る。

 不完全特異存在が二人の頭上から姿を現した。


 「アミ伏せて!!」

 「分かったわ!!」


 不完全特異存在を知覚した瞬間。グラティアスは懐から瞬時に「衝撃の短剣」を引き抜き、そのまま、目にもとまらぬ速さで不完全特異存在の心臓めがけ投射した。


 パン!!


 乾いた音と共に紫色の閃光が消え、一瞬の隙が生まれる。


 「そりゃ!!」


 ドンッ!!


 そのチャンスを逃さないようにアミークスは、針の穴を通すような神懸ったタイミングで、不完全特異存在を殴り飛ばした。

 今までの鍛錬と風の加護によって強化されたアミークスの拳には確かな手ごたえがあった。更に大きな隙が生まれた。

 だが、不完全特異存在はすぐに体勢を立て直し、紫色の閃光を走らせ、二人を電撃で貫こうとしていた。


 「グラお願いね!!」

 「うん。レジスト!!」


 グラティアスも敵と同じ雷の魔法を発動させる。

 すると、互いの雷が互いを誘導し、紫色の閃光は一筋の線に収束していった。

 しかし仮にも敵は人間の持つ力を超越した存在兵器。グラティアスの放つ雷は相手の雷にどんどん押し負けていく。

 このままでは、不完全特異存在に殺される。


 そんな時、動いたのはアミークスだった。


 ゴゴゴゴゴゴゴ!!!!


 雷にも負けないくらい音を立てながら、竜巻をも凌駕する暴風が不完全特異存在をグラティアスから引き剥がした。

 グラティアスが不完全特異存在の雷をレジストしている隙に、周囲のありったけの空気を風の加護で一点に凝縮させ、溜めに溜めたのち、瞬間的に全力放出させたのだ。


 不完全特異存在は一直線に吹っ飛んでいく。


 そしてそれをアミークスが追おうとする。


 さらにグラティアスがアミークスを引き留めようとして。


 「アミ待っ―」

 「私があの首無し人形を追うのが最善だわ。グラティアス」

 「...ありがと、アミークス。ちゃんと存亡大戦は終わらせるよ」


 そうして二人はアルガーを前に二手に別れた。


 アミークスはすぐ不完全特異存在の後を追う。全速力で一直線に飛び、追いついたら、その勢いのまま不完全特異存在を風の加護で吹き飛ばす。

 これを何回も繰り返す。

 一瞬でもタイミングを狂わせ不完全特異存在を吹き飛ばし損ねたら、アミークスは紫色の閃光に貫かれショック死してしまう。もうリカバリーしてくれる親友もいない。不完全特異存在を殺しきるほどの力と余裕も彼女は持っていない。


 だから彼女は、ただ不完全特異存在を正確に真っ直ぐに吹き飛ばす事だけに全神経を集中させる。


 ・・・


 程なくして、アミークスは不完全特異存在とともに、衝撃の入り乱れる嵐と煙幕から脱出し、青空の下に降り立った。


 不完全特異存在ガンマ無力化。

 アミークス戦線離脱。




 アミークスが闇の戦場から脱した頃、グラティアスは遂にアルガーに再会した。

 特異存在の封印が開始する。




 急に視界が真っ暗になった。でも、絶対にこの先にデウスエクスマキナの手がかりがあるはずなんだ。絶対、絶対に。だから、みんな僕の邪魔をしないで。


 ビュン!!


 真っ黒な霧の中から何かが近づいてくる音がする。敵か。僕の言っている事を理解できない哀れな人間か。胸が痛いけど、知覚したからには僕はコイツを殺さ―


 「アル!!!」


 『アルガー、これからもグラティアスとは仲良くしてやってくれな』

 ふと、せんせーの遺言が頭をよぎる。


 グッサァー...


 極太の漆黒の剣が心臓に突き刺さる。

 剣に続いて女性の顔が黒い霧の中から出てくる。

 そうか、グラティアス、君が僕を止めたのか。君が僕を止めてくれたのか。


 「あり、がとうティア姉、それと、ごめんな、さい」


 なあアモル。

 フェロースが君を殺しに来た時、君もこういう気持ちだったんだね。

 全部、空回りになっちゃったな。

 涙があふれてくる。

 胸が締め付けられるように痛くて、苦しい。

 

 僕が殺したみんな、僕が傷つけたみんな、ごめんなさい。

 もし僕の封印がなにかの間違えで解かれる事があっても、もう絶対虐殺はしない。何かに執着することもしない。ありもしない希望にすがろうともしない。そう、心に誓うよ。




 特異存在封印完了。




 不完全特異存在デルタ撃破。


 全高次魔法解除。


 特異存在完全封印完了。


 死傷者の確認完了。


 全不完全特異存在の殺害完了。


 最終決戦終了。


 第二次存亡大戦終結。




 消えた狂信的な科学者、デウスエクスマキナの謎、再びアルガーを狙う賢人会、新たなる不完全特異存在を秘密裏に生産し続ける影帝国。新たなる英雄に降りかかってくる問題は山積みだ。

 しかし、それでも今は大戦の終結を彼女の仲間たちみんなで祝って、笑顔で酒を飲んだ。

 アルガーは封印によって閉ざされた世界の中で、アモルとフェロースと今まで殺してきた人々に対する贖罪を行い始めた。


 こうして、物語は終わりを迎える。



 グラティアスはどのようにしてアルガーを封印したのか。

 どのようにして仲間を集め協力者を募ったのか。

 レグルスとウェネフィーカとは何者なのか。

 教会連合や影帝国、賢人会はどのような手を打ったのか。

 それら全てはこれから始まる物語 「デウスエクスマキナ前日譚後編」 に続く。

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殺戮人形の苦悩 ~デウスエクスマキナ前日譚~ ヨッキー @yokki-is-cool

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