第11話 フェロースの過去
「クソ、クソが」
剣を地面に落とし、金髪を両手でくしゃくしゃにしながら、泣いている一人の男がそこにはいた。
涙は流さない。うつむき、地面を見て、悔しそうに歯を食いしばっていた。
「アルガー、グラティアス、俺はお前らを幸せにすることは出来ないのか?」
心臓の傷は治っている。術式の効果のひとつだろう。
だが血相が悪い。
生命力に直結している血液は使い果たし、しばらくは戻ってこない。
彼は既に限界を迎えている。
七色に光り輝いていた剣も光を失って元の赤色に戻ってしまっている。
「いや、歩け。歩けフェロース。お前はアモルを救う英雄なのだろう?妹を救う兄なのだろう?」
フェロースは、今は無き帝国の伯爵家の子供だった。
父親は帝国軍の師団長、母親は巷で黄金姫と呼ばれるほどの美貌の持ち主だった。
フェロースは穏やかに何不自由なく幼少期を過ごした。
そんなフェロースに転機が訪れる。
フェロースが5歳になったころ、父親が妾を作った。
黒髪の綺麗な女性だった。
彼女は昔、家庭を持ったことがあるが、子供が生まれてすぐ夫が死んでしまったらしい。残されたのは彼女と死んだ夫との幼い子供だけ。遺産もなく、到底これでは生活していくことは出来ない。
そんな彼女を哀れんで、フェロースの父親は妾として彼女を迎え入れたのだ。
フェロースと妾の子供は歳が近かったこともあり、すぐに仲良くなった。
フェロースは生まれて初めて兄として慕われ嬉しかったのだろう。妾の子供を可愛がって、いつも一緒に遊んでいた。
フェロースに第二の転機が訪れたのは、彼が8歳になったころだ。
彼が8歳になったころ、フェロースの父親の妾が死に、妾の子供は孤児院に入れられることになった。
フェロースは必至に抗議し、妹を守ろうとした。
しかし当時帝国は覇権競争大戦の真っただ中で、伯爵家にも余裕がなくなりつつあった。
だから当然、8歳の子供の抗議など聞き入れられるはずもなく、妾の子供は孤児院に入れられることになった。
「待ってください父上!! そんなの、あまりにもひどすぎます!!」
母親譲りの黄金の髪をばたつかせながら、鋭い視線で父親を見上げる。
「分別を付けろフェロース。最早あの娘と我がフラーテル家に繋がりは無い」
「アモルは僕の妹です!!」
「違うな。血がつながっていない」
「ではもし僕と父上に血の繋がりが無ければ、父上は僕も『息子ではない』と言って捨てるのですか?そんなのひどすぎます!!」
「...フェロース」
パチン!
乾いた破裂音が鳴り響く。
「言っていい事と悪いことがあるんだぞ!!!」
フェロースの左頬はピンク色に染まりじわじわと熱を帯びていく。
痛みを感じながらもフェロースは、目を見開き唖然とした顔で父親を見つめた。
「父上...」
「...謝れ。 悪い事をしたら、謝れ!!」
「...僕は、妹は―」
パチン!
父親が二度目のビンタを放った。
フェロースは信じられないと言いたげな目で父親を覗き見る。微かに足が震えている。
「三度目は無い!!」
「ごめん...なさい父上」
この頃からフェロースは変化した。父親やフラーテル家そのものから一定の距離を置き、学校に居場所を作り勉学や訓練を積極的に行うようになった。
また少し前に、自分の授かった神のご加護を自覚するようになったが、それを周りには隠すようにした。
フェロースに三つ目の転機が訪れるのは彼が18歳になっていた時だ。
フラーテル家や父親と縁を切って、1歳のグラティアスと二人で生活を営んでいたフェロースに、一通の手紙が届く。
差し出し人は「イーグノースカール」だった。
「「 イーグノースカール、大魔法使いだ
端的に書こう。まずわしは、ぬしの妹であるアモル君を弟子にした。アモル君は帝国の研究所から逃げ出し私のもとへ来たという。私のもとへ来たときアモル君は、同じ孤児院にいたアルガー君の事が好きで、彼を帝国から助けたいと言っていた。だから私はアモル君を弟子にして、力を与えた。
要件はここからだ。今日、アモル君は「今夜帝国の研究所を襲撃する」と言ってわしのもとを離れた。その際わたしはぬしへの言伝のようなものを預かった。アモル君から直接的にぬしに伝えろとは言われていないけど、わしはぬしにこの事を伝えておこうと判断した。
「私はアルガーと結ばれ復讐を果たしたいけど、それと同時に誰か私を止めてもらいたいのかもしれない。誰かに歯止めの効かなくなった私を殺してほしいのかもしれない。なんてね」
アモル君からぬしの話を聞いていたわしは、アモル君の言う「誰か」にぬしも該当するのでは考えた。だからわしはこの言伝のようなものぬしに伝えた。
要件はこれで終わりだ。ちなみにだが、わしもわしの一番弟子もアモル君を殺すつもりはない。では良い一日を」」
この手紙を受け取った直後、アルガーとアモルによる殺戮がフェロースや民衆に知れ渡り、存亡大戦が本格的に始まった。
フェロースはこの時、妹を殺そうと決意した。
全ては一度助けられなかった妹を今度こそは救うために。そして何も生まない争いを彼の娘グラティアスに継がせない為にだ。
フェロースが21歳の時、彼はアモルを殺害しアルガーを封印した。
その後は現在に至るまでアルガーを元の人間に戻しアモルの遺言を果たすために特異存在に関する研究を続けていた。
フェロースが29歳の時、アルガーの魂から特異能力と過去の記憶を切り離すことに成功し、アルガーの魂に掛かった封印を解除することができた。
「グラ。こいつはアルガーだ。今日からお前の弟になる」
「あ、あるがーで、す」
「かわいいー。私の名前はグラティアス。ティア姉って呼んでねアル」
「二人とも仲良くやれそうか?」
「うんパパ」
「がんばり、ますせんせい」
グラティアスは明るい笑顔をアルガーに向け、それを見てアルガーは少しだけ安心感を持つのであった。
アルガーとグラティアスはすぐに仲良くなり、本当の姉妹のようになった。
それからさらに数年が経ち、グラティアスは学校に通い始める。
「学校にはやな奴しかいないの。自慢ばっかしてくる男の子とか、面倒な掃除を押し付けてくる男の子とか」
「ティア姉可哀そう」
「でもアルは優しいしアルの髪の毛は綺麗な赤色でふわふわしていてかわいいよ」
そう言いながらアルガーの髪をもふもふいじっている。
二人ともダラーとリラックスしている。
「ありがと、ティア姉。ずっと触ってていいよ」
「やった」
とある日の二人が寝静まった夜フェロースは一人でお酒を片手に独り言を呟いていた。
「なあアモル。俺はこれでいいのか? 封印によって、アルガーはお前の事をすっかり忘れてしまった。お前抜きに俺の娘と幸せそうに暮らしている。これはお前の望み通りなのか?」
フェロースが口を閉じると外の羽虫の耳障りな音が聞こえてくる。
ロウソクの火で照らされ、グラスの反射光が綺麗な淡い模様をテーブルに映し出している。
「アルガーの感じている幸せは全て偽りの物なんじゃないかって俺はどうしても思ってしまう。俺の娘はアルガーを一人の少年として好いているようだ。二人が結ばれるのはお前への裏切りに値するんじゃないのか?」
シャキン
腰につけている剣をスッと抜き、刀身をじっくりと見つめる。
「俺がお前を殺したのは本望だったのか?時が来たらアルガーに全てを教えるべきなのか?それとも殺してやるべきなのか?それが優しさなのか?」
シュン
抜いた剣を手慣れた動作で竿に戻す。
「...答えを教えてくれ。英雄とはなんなのか」
フェロースは正解のない物事に捕らわれ長い事思い悩む。
それから二年後、フェロースは自分の中の正解を導き出せないままアルガーを学校に通わせようとする。
こうして、この物語は始まった。
そして現在。
過ちを重ね、失敗を続け、全てを失いつつあるフェロースは、今もまだ思い悩み続ける。
葛藤と苦悩が頭の中を巡り続け、まとまらない思考とどす黒い自己嫌悪が彼の足取りを重くする。
「本当、泣きたくなるな」
しばらく砂利道を歩いて、平凡な街に行き着く。
列強が覇権競争大戦を繰り広げていた時代に造られたよくある平凡な黒レンガ街だ。
北の方から朝日が顔を出している。
街の人々は朝日を眩しがりながら、広場でテントの用意をしている。これから朝市が始まるのだろう。
世界を救った人類の英雄はツタツタと街の中を歩くが、誰も彼の正体に気づかない。
「あんた!どうしたんだい?目のクマがすごいじゃない!顔色だって悪いねえ!」
通りすがりのふくよかな女性がフェロースに話しかける。
「ああ、すみません」
「すみませんじゃないよ!その身なり、魔法使いでしょ?魔法の使い過ぎなんじゃないの?」
「そうかもしれません」
「そうかもしれませんじゃないよ!ちょっと待ってなさい!あそこの売店で血瓶買ってきますから!」
「いえ、それには及びません。お金は一応持っていますので」
「そーお?じゃあこれだけでも食べておきなさい?ウチの商品のクロスタータよ!」
女性はかごからおいしそうな焼き色のついたクロスタータを一切れ取り出し、フェロースの青白い手にしっかりと手渡す。
「いいんですか?では、有難くいただきます」
「いいって事よ!教会から殺戮人形捜索の報が来たりしてみんな気が立っているから、こんな時だからこそ助け合いよねえ!」
「そう...ですか。そう、ですね。助け合い、その通りですよね」
フェロース目から涙が零れ落ちる。
手で涙を止めようとしても、ぽろぽろとあふれ出ていく。
「そうよぉ!助け合いよ!」
「助け合い。 ...俺は一人で何をやっていたんだ!! そうだ、みんなで、みんなで協力して正解を模索していけばよかったんだ。なんで俺はこんな簡単なことにも...畜生」
「あんたも大変ねぇ」
「本当、ありがとうございました。クロスタータ、物凄くおいしいです」
「当たり前よ!ウチのクロスタータは教会のお偉いさんにも卸しているんだから!」
「では、ここらへんで失礼します。ようやく、俺も今しなければいけないことが分かりました」
「じゃあね!いい一日を!」
「いい一日を!」
時を同じくしてコンシアスシティ。
かつて魔術師連合の本拠地として栄えた魔法都市「コンシアスシティ」は今や朽ち廃墟となり、大魔法使いイーグノースカールと前代魔術師連合の墓地に成り果てた。
たった一人の少女がコンシアスシティの最下層に降り立つ。
最下層にはひび割れたクリーム色の柱が円周状に立っていて、その中心には巨大な魔法陣が描かれていた。勿論、魔法陣はとっくに機能を失っている。最下層ながら、天井から降り注ぐ光はちゃんと届いている。
少女はクリーム色の柱や地面を優しく撫で、地面に横になり、小さく口を開く。
「師匠様。今日、アルガー様の封印が解かれてしまわれました。何故、師匠様はアモル様を止めなかったのですか。師匠様が直接アルガー様を救う事も出来たでしょうに。 ...フィーカには師匠様の真意が分かりません」
少女は墓守である。大魔法使いイーグノースカールが死んでから長い事、都市や墓の管理と大魔法使いの真意探求をしている。これからも少女は大魔法使いの真意を探り続けるのだろう。
時を同じくして名も無き街。
街の建物は木造だったり日干しレンガだったりしている。覇権競争大戦時代よりもずっと昔からある古い街のようだ。
街のすぐ近くに巨大な墓地がある事から、存亡大戦で一度廃墟となった後にまた復興してできた街なのだと思われる。
そんな名も無き街のとある宿の一室のベッドに、少女のような人物がダイブする。
「はぁー今日も疲れたわー!」
足をバタバタさせロングの明るい茶髪をパサパサとはためかせながら枕に顔を埋める。
「っと、でもそろそろ他の街に移動した方がいいか?」
スクっと立ち上がり、仕事に使った武器や道具の手入れを始める。
「いや、殺戮人形が復活したらしいし、当分は大丈夫か?ええっと、今俺がいる所が...」
机に置いていた地図を広げ、目をグルグルと滑らせる。
「ここで、聖地がここにあるから、で影帝国の推定拠点がこことこことここと...」
こいつを一言で言うなら浮浪者。
二言で言うなら逃亡中の浮浪者。
三言で言うなら影帝国から逃亡中の浮浪者。
人攫いのスペシャリストである影帝国から追われる身で、しかも単身で逃げ延びているというのだから、尋常じゃない。
そして影帝国に追われているだけあってろくでもない過去も持っている。
ろくでもない奴だ。きっとこれからもろくでもない事をし続けながら生きていくのだろう。
時を同じくして、世界の中心でユースティティアが笑う。
ー準備が整ったー
彼らによる洗浄が始まろうとしていた。
アルガーが虐殺を始めた今現在、世界政府は防衛部を設立し、これまで存在しなかった世界政府正規軍の構築を開始した。
賢人会は世界政府の大部分を傀儡化させ、傀儡組織とともにギガスで亡命を始めた。
教会連合は組織の大幅縮小を決定しつつ、世界政府とも連携を取り、民衆の避難や意思統一に力を注いだ。
秘密結社ユースティティアはこの状況を見て静かに笑った。
影帝国はアルガーから隠れようとし、全ての転覆活動を停止した。
アミークスは教頭先生と共にグラティアスの救出に向かった。
フェロースはアルガーを追い、街で箒を購入した。
フィーカは死んだ大魔法使いの真意を探り続けていた。
レグルスは知らせを聞き、予定を変えた。
狂信的な科学者はアルガーを手に入れようと策略を練っていた。
狂信的な科学者はアルガーの殺戮の手助けをしていた。
狂信的な科学者は世界の深淵への探求を続けていた。
狂信的な科学者は世界の中心へと赴いた。
アルガーは虐殺を続けた。
二度もアモルを奪った世界そのものに対する復讐のため、そしてデウスエクスマキナを達成するために。
そして存亡大戦が始まってから二日後、ようやくフェロースとアルガーは再開を果たす。
次回 デウスエクスマキナ第12話 喜劇か、それとも悲劇か
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